第十七話 二本の刀
昼食を終え、宿へ戻る途中で、次の行き先の話になった。
エマちゃんの傷が落ち着くまでは、ソルネアにいる。そのあとは、また東へ向かうつもりだった。
急ぐ理由はないし、気になる町があれば寄ってみたい。私としては、それくらいの旅で十分だ。
「海へ向かう途中で、ほかに寄りたい場所はありますか?」
隣を歩くエマちゃんが尋ねる。
「いっぱいあるよ。大きい町も見たいし、遺跡とかも気になる。あと服屋。こっちの服、まだ全然見られてないんだよね。洞穴は、しばらくいいけど」
「具体的には、どちらへ?」
「それは分かんない」
「……行きたい場所は、あるんですよね?」
「知らない場所に行きたいんだから、まだ名前知らなくてもよくない?」
エマちゃんは少し考えてから、頷いた。
「なるほど。行ってから見つけるんですね」
「そうそう。エマちゃんは?」
「私も、まだ見たことのない場所へ行きたいです。山の向こうにしか生えない薬草もありますし、土地が変われば、同じ植物でも育ち方が違うことがあるので」
「目的、しっかりしてるなあ」
私の服屋より、ずっと旅っぽい。
仲間になって、まだ半日も経っていない。それでも、さっきより話しやすくなった気がした。エマちゃんも、植物の話をする時には自然と言葉が増える。
「セルファさんは?」
彼女が、前を歩くセルファへ顔を向けた。
「行きたい場所はありますか?」
「ああ。少しレイゼルへ寄りたい」
セルファは歩調を緩め、腰の刀へ手を置いた。
「これを返して、自分の刀を取りに行く」
「あ、借りてたやつ」
洞穴で聞いた時には驚いた。
出会った時からずっと差していて、魔物と戦う時も、私に魔法を教える時も、そこにあった。借り物だと知らなければ、疑いもしなかったと思う。
「自分の二本も、そこにあるの?」
「ああ。預けてある。ここまで来たなら近いしな。ついでに寄ろうと思っていた」
「なんで預けてたの?」
セルファは腰の刀へ目を落とした。
「目立つからだ」
「今のと、そんなに違う?」
鞘に収まった刀を見る。これだって細身で、少し反っている。私の知っている日本刀に、近い形をしていた。
「形も細工も違う。長さの違う二本を揃えて持っていれば、分かる奴には分かる」
「セルファだって?」
「ああ」
「有名人じゃん」
「昔、少しな」
また昔。
セルファが言う「昔」が、どれくらい前なのか分からない。年齢も結局、教えてくれなかった。
刀を見ただけで持ち主まで分かるなんて、相当知られていたんじゃないだろうか。
「だから預けて、別の刀を借りてたんだ」
「ああ。静かに歩きたい時もある」
通りの向こうでは、店先に並んだ鍋を商人が磨いていた。セルファはそちらへ目を向け、また前へ歩き始める。
理由は分かった。
でも、今度は別のことが気になる。
「取りに行ったら、また目立つんじゃない? 静かに歩きたかったんでしょ」
「そうだな」
「いいの?」
セルファが、私とエマちゃんを順に見た。
「守る相手が増えたからな」
思わず、隣のエマちゃんと顔を見合わせた。
それから、二人でセルファを見る。
「……何だ」
「いや。そういうこと、普通に言うんだなって」
「お前たちが前に出ない分、俺が出る。それだけだ」
もう話は終わったというように、前へ向き直る。
私は少し歩幅を広げて、その横へ並んだ。
「今の一本でも、あの四本腕のやつ倒してたじゃん」
「ああ」
「二本になったら、もっとすごい?」
「見れば分かる」
「うわ、楽しみ」
セルファは答えなかった。
それでも、腰の刀に添えていた手を離す前に、少しだけ口元が緩んだ気がした。
近くまで来たから、ついでに取りに行く。
きっと、それも本当なんだろう。
「その二本、どれくらい使ってたの?」
「長い」
「だから、どれくらい?」
「今のよりは長い」
「それは分かるんだけど」
エマちゃんが隣で笑った。
「レイゼルは、北西の町ですよね?」
「ああ」
「知ってるの?」
彼女は頷いた。
「名前だけなら。商人や職人が多く集まる町だと聞いたことがあります。道具を買うなら、あそこで探せと勧められたこともありますよ」
商人と職人が集まる町。
それなら、私にも聞いておきたいことがある。
「服屋もある?」
「あると思います」
「行こ」
「急に決まったな」
振り返ったセルファへ、指を三本立ててみせる。
「セルファは刀でしょ。エマちゃんは道具とか、知らない町を見たい。私は服。全員、目的あるじゃん。しかも海まで数年かかるなら、ちょっと寄り道したって変わんないでしょ」
「お前のちょっとは、長そうだな」
「店の数によりますー」
エマちゃんも、楽しそうに頷いた。
「私は賛成です。レイゼルには行ったことがありませんから」
「じゃあ決まりね」
東へ行く前に、少し寄り道。
三人になって最初の目的地は、レイゼルになった。
そこで、もう一つ聞いておく。
「何日くらいかかる?」
「歩けば数日だ」
「……また歩くの?」
「馬車なら、もっと早い」
「あるんじゃん!」
あまりに普通に言われて、声が大きくなった。
王都からソルネアまで、三日間歩いた。
足が痛いとか疲れたとか言いながら、途中で野宿もした。旅ってこういうものかと、ようやく慣れてきたところだったのに。
「なんで今まで乗らなかったの? 歩いて見るのも楽しかったけど、足が痛い日はあったじゃん。そういう時だけ乗るとか、あってもよかったんじゃない?」
「馬車は、お前が疲れたところに都合よく来るわけじゃないぞ」
「まあ、そうなんだけど」
「今度は行き先も決まった。エマの傷が落ち着いたら、乗合馬車を探す」
「最初からそう言ってよ」
エマちゃんが口元を押さえていた。笑ってる。
「エマちゃんも、馬車でいいよね?」
「はい。できれば窓の近くに座りたいです」
「外、見たいもんね」
「珍しい植物があれば、場所を記録できますので」
「降りて調べに行くのはなしね」
返事の前に、少し間があった。
「……はい」
「今、考えたでしょ」
「見つけてから、相談しようかと」
「もう相談する気じゃん」
◇
それから数日、私たちはソルネアに滞在した。
エマちゃんは傷の様子を見てもらいながら、宿で本を整理していた。
私はセルファと町の外で魔法を練習し、戻ると彼女に薬草の見分け方を教わった。
花の数だけでなく、葉の形や裏側を見るものもあるらしい。
覚えることは多かったけれど、聞けば実物や本を並べて教えてくれる。
私が見分けられると、自分のことみたいに喜んでくれた。
一緒に歩いても傷が痛まなくなった頃、レイゼル行きの馬車に三人分の席を取った。
そして、出発の朝。
乗合馬車の前で、私は一つ問題に気づいた。
エマちゃんの鞄が、でかい。
本人は細身で、腰より下まで伸びた黒髪も綺麗に整えられている。
白を基調にした長い上着には金色の細かな模様が入り、その下には黒い服とタイツ。
短いブーツには、金具のついたベルトが巻かれていた。
落ち着いた色だけど、地味ではない。
髪の脇につけた小さな飾りも、よく似合っている。
腰の革鞄には細い瓶や採取用の道具が収まっていて、旅をする研究者として、かなり様になっていた。
その足元に、持ち主の膝近くまである鞄が置かれている。
「……エマちゃん。それ、全部持ってくの?」
「はい! 着替えと本と、調査に使う道具です。採ったものを入れる容器も必要ですし、薬も途中で足りなくなると困りますから」
「なるほど。で、本は何冊?」
「……何冊でしょう」
そっちは即答じゃないんだ。
エマちゃんが両手で取っ手を掴み、持ち上げる。
鞄は少し浮いたものの、荷台の高さには届かなかった。
ゆっくり地面へ戻すと、肩から黒い髪が滑り落ちる。
「手伝おっか?」
「もう一度だけ」
取っ手を握り直し、今度は膝を曲げた。白い上着の裾が、地面につきそうになる。
「いや、それ絶対重いって」
「本が……少し多いので」
「少し?」
鞄を見る。
私の荷物を横に置いたら、こっちがおまけに見えそうだ。
「減らせなかったの?」
「途中で必要になりそうで。植物だけの本でも、花が詳しいものと、根や茎が詳しいものがあるんです。一冊あれば全部分かる、というわけではなくて」
「だから全部持ってきた?」
「……どれも、必要になる可能性が」
これは減らせないやつだ。
エマちゃんはもう一度鞄を浮かせてから、静かに下ろした。その横へ、セルファが来る。
「貸せ」
取っ手を掴み、片手で持ち上げた。そのまま荷台へ載せると、御者がほかの荷物と一緒に縄で留め始めた。
「……ありがとうございます」
「ああ」
エマちゃんが、少しだけ肩を落とす。
「自分の荷物くらいは運ぼうと思ったんですが」
「そこで頑張って、また傷が痛くなったら困るじゃん。重いのは手伝うからさ。その代わり、分かんない植物があったら教えてよ。私、まだ葉っぱだけだと全然分かんないし」
エマちゃんは腕に残った包帯を見てから、顔を上げた。
「はい。それなら、お任せください」
今度は、少し嬉しそうに笑った。
馬車へ乗り込んだ彼女が、乱れた髪を整える。その仕草だけ見れば、さっき鞄と格闘していた人とは思えない。
綺麗なお姉さんなのに、本は一冊も置いていけないらしい。
なんか、一気に親近感が湧いた。
私とエマちゃんが並んで座り、向かいにはセルファが腰を下ろした。手元に置く小さな鞄を足元へ寄せると、隣の席にも別の乗客が乗り込んでくる。
座り直した拍子に、エマちゃんと肘が触れた。
「狭いね」
「すみません」
二人で少しずつずれて、座る位置を決める。私は膝の上の杖を斜めに持ち直し、先が隣の人へ向かないようにした。
やがて御者の声がして、馬車が動き始めた。
車輪が石畳の段差を越え、身体が跳ねる。
「おおっ……!」
エマちゃんも窓枠を掴んだ。膝に置いた手帳がずれ、慌てて反対の手で押さえている。
向かいのセルファだけは、ほとんど姿勢を崩していなかった。
「結構揺れるじゃん」
「町を出れば、少しマシになる」
「信じるよ?」
次の段差で、また身体が跳ねた。
これはこれで、歩くのとは違う大変さがありそうだ。
馬車は車輪の音を響かせながら、通りを進んでいく。エマちゃんが窓から入る風で揺れた髪を耳へかけ、手帳を開いた。
「もう何か書いてんの?」
「出発した時間を。到着した時にも書いておけば、移動にどれくらいかかったか分かりますから。途中で休んだ場所も、残しておくと次に通る時に便利ですよ」
「ちゃんとしてるなあ。私、着いた頃には何時に出たか忘れてそう」
「あとで聞いてくだされば、お教えします」
「よろしくお願いします」
細かなことをきちんと記録するのに、鞄の重さは持ち上げてから考える。
まだ会ったばかりだから、知らないところがたくさんある。旅をしていれば、こういうところも少しずつ分かっていくんだろう。
「エマちゃん」
「はい?」
「三人で旅するの、どんな感じ?」
彼女が手帳から顔を上げた。
町の門が近づいている。その向こうには朝の街道が伸び、低い丘が続いていた。
少し考えてから、エマちゃんが笑う。
「楽しみです。一人で歩いている時も、見つけたものの話をしたくなることがありましたから。お二人が聞いてくださるなら、嬉しいです」
「聞く聞く。難しいところは、簡単にしてもらえると助かる」
「気をつけますね」
「途中で忘れるなよ」
セルファが言う。
「私が?」
「二人ともだ」
エマちゃんと顔を見合わせた。
確かに、植物の話が始まったら長そうだし、私も魔法の話なら同じことになるかもしれない。
窓の外へ目を戻す。
この先に、まだ見たことのないレイゼルがある。商人や職人が集まる町なら、店もいっぱいあるだろう。
そして、セルファが預けていた二本の刀も。
「セルファ。自分の刀、久しぶりなんでしょ?」
「ああ」
「楽しみ?」
「別に」
即答だった。
そのくせ、腰に差した刀の位置を確かめるように、手を添えている。
「私は楽しみ。二本で戦うところも見たいし。ちゃんと見せてよ」
「触るなら、鞘に入ったままだ」
「まだ触るって言ってないじゃん」
「言いそうだからな」
隣でエマちゃんが笑った。
馬車がソルネアの門を抜ける。石畳を踏んでいた車輪の音が変わり、揺れも少し柔らかくなった。
振り返ると、町がゆっくり遠ざかっていく。
二人で入った町を、三人で出ていく。
エマちゃんは手帳に何かを書き足し、セルファは街道の先を見ていた。私はもう一度座り直して、窓から入る風に顔を向ける。
レイゼルに着いたら、まず何を見よう。
刀を返す店には、一緒に行きたい。その途中に服屋があったら、ちょっと覗くくらいはいいだろうか。
考えているうちに、ソルネアの門は見えなくなった。




