第十三話 フルメクタ
青白い雷が、洞窟の暗がりを横切った。
狙ったのは、女性から離れた方の脚。
光が膝の辺りで弾け、魔物の身体が傾いた。
踏み直そうとした足も動かず、鉄剣の先が地面を擦る。
その隙に、セルファが女性との間へ入った。
「もう一発だ、ヤマハ」
「うん!」
右手を向け直し、魔物は唸りながら鉄剣を引き上げた。横へ向けた分厚い刃が、胴体を隠す。
どこを狙えばいい?
迷ったところで、セルファが刀を構えた。
「俺の刀へ撃て」
「……え?」
「そのまま受ける。早く」
あの細い刃へ?セルファは動かなかった。
私が狙えるように、刀をこちらへ向けている。
魔物の鉄剣が持ち上がる。
考えている時間はなかった。
「《フルメン》!」
青白い雷が刀身にぶつかった。
激しい音が弾け、岩壁まで明るく染まる。
「……え?」
雷はセルファの身体へ流れなかった。
刀に触れた光が、そのまま刃の上を這っていく。セルファは腰を落とし、雷を纏った刀を構えた。
「――《フルメクタ》」
一歩、踏み込む。
鉄剣が振り下ろされるより早く、刃が魔物の脚を斬り抜けた。傷口から青白い光が走り、巨体を駆け上がる。
咆哮が洞窟に響いた。
魔物は片膝を地面へついた。鉄剣が岩へぶつかり、欠片が飛ぶ。
「……かっこよ」
思わず漏れた。
私の雷だったよね。
それを刀で受けて、自分の技にした。
しかも、名前までついてる。
「ヤマハ」
セルファの声で、顔を上げた。
「あの女を頼む」
倒れた女性が、拘束されたまま身を縮めていた。
そうだ。見惚れてる場合じゃない。
「分かった!」
セルファの後ろを通り、女性へ駆け寄る。
背後で低い唸り声がした。振り返ると、魔物が鉄剣を地面へ突き立て、立ち上がろうとしていた。
「セルファ、まだ――」
「ああ」
短い返事。
次の瞬間には、セルファが懐へ入っていた。
魔物が柄から片手を離し、セルファへ伸ばす。その腕を避けて、刀が喉元を横切った。
魔物の動きが止まる。
鉄剣が手から滑り落ちた。続いて巨体が傾き、地面へ叩きつけられる。
足元まで震えた。
唸り声も、それで消えた。
セルファが倒れた身体を確かめる間に、私は女性のそばへしゃがみ込んだ。
◇
「大丈夫?」
近くで見ると、思ったより傷が多かった。
乱れた髪に、土や埃で汚れた服。腕や脚には擦り傷があり、頬には乾いた血がついている。
声をかけると、閉じかけていた瞼が持ち上がった。
「……あなた……」
かすれた声だった。
視線が私の肩越しへ動き、倒れた魔物を見つける。
「もう大丈夫。あいつ、倒したから」
女性の身体から力が抜けた。
「よかっ……た……」
「今、外すからね」
肩を支えて、後ろへ回る。
手首は太い縄で縛られていた。固く締まった結び目へ指を入れ、少しずつ緩めていく。
ようやく外れると、手首に赤い跡が残っていた。
問題は、足だった。
「……鎖かあ」
足首の金具から、近くの岩へ鎖が伸びている。引いてみても、びくともしない。
鍵も見当たらなかった。
「セルファ、これ――」
呼びかけてから、鎖へ目を戻す。
昨日、色々試した。雷を横へ走らせたり、出す場所を変えたり。
小さくすることもできた。
これも、切れるんじゃないだろうか。
「鎖を切れたら、動けるよね」
女性が私の手を見る。
「……魔法で?」
「うん。足から離れたところなら」
鎖を辿り、身体から距離のある一か所へ指を向けた。
鎖だけ。細く、必要なところへ。
「少し光るから、目を閉じてて」
女性が頷いたのを確かめ、魔力を集める。
小さな雷が弾けた。
女性の肩が跳ねた。私も手を引き、鎖を見る。
黒い跡がついている。でも、切れてはいなかった。
「……足、大丈夫?」
「はい。でも……」
不安そうな目が、私へ向けられる。
うん。自信満々には言えない。
後ろから足音が近づいた。
「代われ」
セルファだった。刀は、もう鞘へ戻っている。
「もう少しでいけそうなんだけど」
「怖がってるぞ」
女性を見る。確かに、身を縮めていた。
「……ごめん」
指を下ろした。
でも、もう一度鎖へ目を向ける。
「こういうのも、できるようになりたい」
敵に撃つだけじゃなくて。
今、必要なところへ使えるようになりたい。
セルファは鎖の焦げ跡を見てから、隣へしゃがんだ。
「狙うなら、ここだ」
輪の一か所を指す。よく見ると、金属を繋いだ継ぎ目があった。
「輪全体へ当てるんじゃない。その一点へ絞れ」
「……ここね」
頷いてから、女性を見る。
「もう一回、やってもいい?」
女性は鎖とセルファを見比べた。
「……お願いします」
今度は、切りたい場所をよく見る。
細く。さっきよりも狭い範囲へ。
指先から走った青白い光が、継ぎ目で弾けた。
金属が小さな音を立てる。輪に隙間ができ、鎖の端が地面へ落ちた。
「おっ」
外れた。
セルファが鎖を引き、切れたところを確かめる。
「いいな」
「できた?」
「ああ」
足首の金具は残っている。でも、もう岩には繋がれていない。
女性も足を動かし、落ちた鎖を見た。
「ありがとうございます……」
「ううん」
ちょっと、嬉しい。
昨日は面白くて、色んなことを試していた。最後には草地を焼いて怒られたけど。
今日は、人を助けるのに使えた。
差し出した私の手へ、女性の手が重なる。
「立てそう?」
「……やってみます」
支えながら身体を起こした。
立ち上がったところで膝が折れ、慌てて肩を抱く。
「わっ……大丈夫?」
「すみません」
「謝らなくていいって。座ろ」
ゆっくり地面へ戻した。
私一人で町まで支えて歩くのは、厳しそうだった。
◇
セルファが倒した魔物のところへ戻った。
身につけていた鉄板を確かめ、傷や牙へ目を向ける。
「何してるの?」
「調べてる」
「あ、調査か」
助けることで頭がいっぱいになっていた。
新しく見つかった道に、大きな足跡。この辺りにはいない魔物。
そもそも、それを調べに来たんだった。
「分かる?」
「いや。見たことがない」
「セルファって、長く旅してそうだけど、魔物の名前とかあんまり知らないの?」
「よく出る奴くらいは分かる。全部覚えるほど、興味はない」
「そういうもん?」
「名前が分からなくても、牙や爪は見えるだろ」
倒れた魔物を見る。
あの腕と鉄剣が危ないことは、私にも分かった。
「でも、こいつは何なのか調べるんだよね」
「ああ。ここにいる理由もな」
セルファが顔を上げた。
魔物が出てきた先には、まだ通路が続いている。灯りはなく、どこまで続くのかも分からなかった。
「……奥、行く?」
セルファは暗がりを見つめ、それから首を振った。
「今日は戻る」
「調査は?」
「こいつを先に町へ連れて帰る。ギルドへの報告も必要だ」
「そっか」
「続きは、そのあとだ」
女性を見ると、縄は外れたけれど、顔色は悪い。自分で立つことも難しいのに、ここで待たせてはおけない。
「じゃ、帰ろ」
セルファが女性の前で背を向け、しゃがんだ。
「乗れ」
「え……」
「歩けないだろ」
女性が困ったように私を見る。
「乗っときな。遠慮してる場合じゃないって」
「でも……」
「大丈夫。セルファ、無駄に体力あるから」
「無駄ではない」
「聞こえてた?」
「真横にいるからな」
それもそうか。
身体を支え、背中へ乗るのを手伝う。セルファは、特に苦しそうな様子もなく立ち上がった。
「そういえば、名前聞いてなかった」
横から顔を覗くと、女性が少しだけ顔を上げた。
「……エマです」
「エマね。私はヤマハ」
それから、セルファを指す。
「こっちはセルファ」
「知っています」
「え?」
「何度も、呼ばれていたので……」
「ああ」
戦ってる間、普通に呼んでた。
「じゃあ、紹介いらなかったじゃん」
「お前の名前は知らないだろ」
「……確かに」
自分まで名乗らず終わるところだった。
エマが、ほんの少し笑った。
◇
来た道を戻り始めた。
セルファがエマを背負い、私はその隣を歩く。湿った通路には、雷で焦げた臭いが残っていた。
まだ何も分かっていない。
エマがどうしてここにいたのか。あの魔物が、どこから来たのか。
でも、今は外へ出る方が先だ。
セルファの腰へ目を向ける。
そこには、さっき雷を纏っていた刀が収まっている。
「ねえ。私の雷を刀で受けたやつ」
「《フルメクタ》か」
「そう。それ、どうやってるの?」
「受けた魔力を刀へ通してる」
「当たっても平気なの?」
「扱い方を間違えなければな」
歩調を変えずに答えた。
雷が当たった瞬間も、腕はぶれなかった。どうなるか分かっていたみたいに、迷わず刃を構えていた。
「……前にも、やったことあるの?」
少し間があった。
「似たようなことはな」
「へえ」
長く旅をしているなら、魔法使いと戦ったこともあるんだろう。
そう思ってから、相談所で聞いた話を思い出した。
雷を使えたのは、昔話の雷戰だけだったはずだ。
似たようなこと。
炎とか、ほかの魔法でもできるんだろうか。
セルファを見ると、前を向いたままだった。
「私の雷、ちゃんと役に立った?」
「ああ」
「なくても倒せたんじゃない?」
「助ける相手がいた。早く動きを止められた方がいい」
エマの足元へ目を向ける。
確かに、長く戦っていたら、その間もあそこで動けなかった。
「……そっか」
また、刀を見る。
「私もできる?」
「何をだ」
「雷を剣に乗せるやつ」
「剣を使えないだろ」
「あ」
そもそも持ってない。
じゃあ、杖なら。
手の中の柄へ目を落とす。
「やめろよ」
「まだ何もしてないじゃん」
「何か考えてただろ」
「……ちょっとだけ」
「外へ出るまで待て」
背中から、小さな笑い声がした。
エマが口元を押さえている。
「あ、笑った」
「すみません」
「いいよ。セルファ、面白いでしょ」
「お前だ」
「なんで?」
エマが、今度は少し大きく笑った。
その声が岩壁に響いて、消える。
さっきまで怯えていた顔が、少し和らいでいた。それを見て、私も肩の力が抜けた。
歩きながら、右手を開く。
魔物の脚を止めて、セルファの刀へ雷を渡した。鎖も切れた。
同じ雷なのに、使い方が違う。
まだ、できることがありそうだった。
◇
洞窟を出ると、外の光が眩しかった。
目を細め、眼鏡を直す。木々の間から差す光は、少し傾き始めていた。
風が通り、ローブの裾が揺れる。洞窟で冷えた腕にも、日が当たった。
宝箱はなかった。
楽しいだけの場所でもなかった。
でも、セルファの背中にはエマがいる。私の指先には、鎖を切った感覚が残っていた。
「冒険してるね、私」
「今さらか」
「今、実感したの」
セルファは短く返して、ソルネアへ続く道を進む。
私も隣へ並んだ。
エマがどうして捕まっていたのか。洞窟の奥に、何があるのか。
聞きたいことは残っている。
まずは、町まで帰ろう。




