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第十一話 横にも走る

「そういえば、この町の名前、何だっけ?」


町へ続く道を歩きながら聞く。


赤茶色の屋根は、もうすぐそこだった。荷馬車や人の姿も増え、畑の向こうから話し声が聞こえてくる。


「ソルネアだ」

「あ、そうだった」


出発した時に聞いた。三日歩いているうちに、頭の中がご飯とベッドになっていたらしい。


「ルノルシアとは全然違うね」

「王都と比べればな。ここもルノルシア王国だぞ」

「……え?」


セルファを見る。


「まだ同じ国なの?」

「ああ」


三日歩いて、二回も外で寝た。

結構遠くまで来たつもりだったのに。


「広っ」


海まで数年もかかるわけだ。


町の入口へ近づくと、何かを焼く匂いが流れてきた。

肉っぽい。

意識が一瞬で持っていかれる。


ご飯にお風呂、それからベッド。甘いものも欲しいし、服屋も見たい。


「セルファ」

「何だ」

「着いたらご飯ね」

「宿が先だ」

「ご飯」

「宿だ」

「三日歩いたんだけど?」

「だから荷物を置くんだろ」


正論なのが腹立つ。


「セルファは慣れてるからいいじゃん」

「慣れてれば疲れないと思ってるのか?」

「……疲れてんの?」

「疲れてる」

「嘘じゃん」

「何で嘘になる」

「顔が疲れてない」

「お前が顔に出すぎなんだ」


は?


「昨日から、ずっと疲れた顔してるぞ」

「してないし」

「してる」

「疲れてても盛れてるんですー」

「知らん」

「知っとけ」

「なぜだ」


荷物を置いた方が楽なのは分かる。ただ、宿って言われると、ご飯って言いたくなるだけだ。


我ながらめんどくさい。


町の中へ入ると、道の両側に家や小さな店が並んでいた。建物の隙間からは畑が見え、開いた店先から声と匂いが流れてくる。


あの店、何売ってるんだろ。向こうには服も掛かっている。


「ねえ」

「今度は何だ」

「やっぱご飯――」

「宿だ」

「まだ言い終わってないじゃん」

「言うだろ」

「言うけど」


ちょっと分かられてきてる。


◇


結局、先に宿を取った。


部屋へ鞄を置くと、肩が嘘みたいに軽くなる。目の前には、ちゃんとしたベッド。


飛び込みたい。

でも、先にご飯。


近くの店で、焼いた肉と野菜にパン、それから名前の分からないスープを食べた。


座って待っているだけで、温かい料理が来る。

これが、すごくいい。


「人が作ってくれるご飯っていいね」

「昨日までお前が作ってただろ」

「だからだよ」


食べ終わる頃には、少し元気が戻っていた。


店を出ると、まだ日は高い。通りを眺めながら歩いていて、ふと思い出す。


「セルファ、何しにここ来たの?」


私はついてきただけだけど、セルファには用事があるはずだ。


「前に調査の依頼を受けててな」

「何の?」

「ダンジョンだ」


足が止まった。


「……ダンジョン?」

「ああ」

「あるの?」

「あるから調べるんだろ」


そうなんだけど。

魔法に魔物。今度は、ダンジョン。


「ファンタジーじゃん……」

「何だ、急に」

「こっちの話」


洞窟みたいなところなのか、遺跡なのか。宝箱とかあるんだろうか。


「何調べるの?」

「中の様子だ。少し前から魔物が増えてるらしい」

「それで?」

「奥まで確認してくれと言われてる」


最初から危なそうな仕事だった。その依頼を受けている人が、今、隣にいる。


「セルファって、すごい人なんじゃないの?」

「そこそこだ」

「その返しする人、だいたいそこそこじゃなくない?」

「知らん」


刀を振るところは何度も見た。あれを普通だと言われても困る。

横顔を見つめてから、もう一つ聞く。


「私も行っていい?」


セルファがこちらを見た。


「ダンジョン」

「駄目だ」

「早くない?」

「危険だからな」

「魔物、倒せるようになったじゃん」

「一昨日、初めて倒したばかりだろ」

「あの時の私と一緒にしないでよ」

「大して変わらん」

「変わったし。レベルで言ったら三くらい上がってる」

「何の話だ」

「こっちの話」


《フルメン》は前より当たる。外したら下がることも覚えた。


少しは違う。たぶん。


「何時に出るの?」

「連れて行くとは言ってない」

「何時?」

「……明日の朝だ」

「りょーかい」

「お前な」


セルファがため息をついた。


宿へ戻るのかと思ったら、途中で足を止める。


「行くなら、もう少しまともに戦えるようになれ」

「それ、行っていいってこと?」

「条件を満たせたらだ」


駄目から、一歩進んだ。


「何すればいいの?」

「狭い場所で、何匹も相手にするかもしれない。今とは違う撃ち方も覚えておけ」

「雷しか使えないけど」

「雷でいい。使い方を変える」


そんなこともできるらしい。


「セルファは?」

「何がだ」

「魔法。使ってるとこ見たことない」


戦う時は、いつも刀だった。エルフって、魔法が得意なイメージなんだけど。


「使えないの?」

「使える」

「何?」

「炎だ」

「え、見たい」

「今ここで出してどうする」


通りには人が歩いていた。

それはそう。


「じゃあ、なんでいつも刀なの?」

「そっちの方が得意だからな」

「得意ってレベルかなあ……」


セルファは答えず、歩き出した。


「どこ行くの?」

「町の外だ」

「今から?」

「行きたいんだろ、ダンジョン」


それは行きたい。

慌てて隣へ並ぶ。


「今日中にできるようになる?」

「やってみろ」

「できそう?」

「ああ。お前ならできる」


返事が早かった。

なんで、そんな普通に言い切れるんだろう。


「……言ったね?」

「ああ」

「できなかったら、セルファのせいだからね」

「覚えるのはお前だろ」

「プレッシャーかけた責任」

「知らん」


でも、ちょっとやる気は出た。


「期待してる?」

「ああ。だから教える」


言葉に詰まった。

今の、普通にカッコよくない?


「ポイント高」

「何がだ」

「こっちの話」

「そうか」


そこは聞いてよ。


◇


宿で杖を取ってから、町外れへ向かった。


建物が途切れると、背の低い草地が広がっていた。セルファは周りを確かめ、街道とは反対側に立つ、葉の落ちた木を指す。


「あれを狙え」

「どうやって?」

「一点へ飛ばすんじゃなく、横へ雷を走らせろ」

「横へ?」

「ああ。幹を横切るようにだ」


杖を構え、木を見る。


今までは、狙ったところへ当てるつもりで撃っていた。今度は、幹を横切る線を思い浮かべる。


横へ、長く。


「……ほいっ!」


青白い光が、目の前の地面を走った。

大きな音と一緒に土が跳ね、吹き飛んだ草がローブの裾へ当たる。


「うわっ」


木には当たっていない。その手前に、黒い筋ができていた。


「……初めてだし」

「何も言ってない」

「顔が言ってる」

「杖の先が下がってる。木を狙うんだろ」


先端を上げ直す。


二度目は細すぎた。三度目は、横へ伸びる途中で光が途切れた。


思った通りの形にするの、難しい。


何度か試しているうちに、少しずつ感覚が分かってきた。ただ飛ばすのとは違う。光を伸ばしたい方向へ、魔力も広げていく感じだった。


でも、杖の先まで気にしていると、そっちに意識を取られる。


いったん下ろし、空いた手を木へ向けた。


これなら、どうだろう。

指先を横へ動かすと、青白い雷が走り、幹を横切った。


「おっ」


焦げ跡が、横一線に残っている。


できた。

今度は下から上へ。雷も、幹に沿って縦へ走った。


右から左、左から右と、向きを変えてみる。


大きく動かしたら、思ったより広がった。小さくするつもりだと、今度はほとんど火花だった。


「……これ、結構自由じゃん」


上手くできなくても、面白い。

木の手前へ目を向け、何もない場所で光が弾けるところを想像した。


「ほい」


指の先、少し離れた空間で雷が弾けた。


「おお!」


次はもう少し遠く。

何も起きない。


「……あれ?」

「届く距離も確かめておけ」


少し近くへ戻すと、青白い火花が散った。


できることと、できないことがあるらしい。でも、手元から真っすぐ飛ばすだけじゃない。


二本なら?途中で曲げたら?

上から出すつもりなら、どうなる?


試すたび、次にやりたいことが出てくる。


「器用だな」


セルファが言った。


「でしょ?」


振り返りかけて、先に手を下ろした。


相手の後ろも見ろって、怒られたばかりだ。雷を出すつもりの手を向けたまま喋るのは、まずそう。


もう一度、木へ向き直る。


「横に走るやつ、名前つけよ」

「好きにしろ」

「またそれ?」


幹を横切った、青白い線を思い浮かべる。

口に出すなら、こんな感じ。


「《トリルス》」


返事がなかった。

横を見ると、セルファはこちらを見ていた。


「どう?」

「……悪くない」

「でしょ?」


少し間があったけど、今回はちゃんと感想が返ってきた。


よし、決定。


「《トリルス》!」


指を横へ振る。

雷が幹を横切り、黒い筋を刻んだ。


名前を呼んだせいか、さっきより上手くできた気がする。


もう一回だけ。

今度は、もう少し長く。


そう思っているうちに、何回やったか分からなくなった。


◇


「……疲れたあ」


膝へ手をつき、その場にしゃがむ。身体の内側が、また空っぽになった感じだった。


日も傾き始めている。


「今日は終わりだ」

「うん」


セルファに言われ、草を払って立ち上がった。

そこで、周りを見る。


「…………」


来た時は、草地だった。

今は、あちこち黒い。


地面には何本もの焦げ跡があり、細く煙の上がっているところもある。狙った木も、幹の一部がすっかり黒くなっていた。


「セルファ」

「ああ」

「これ、やばくない?」

「やりすぎたな」

「なんで止めなかったの?」


セルファも草地を見回した。


「……俺も、お前の魔法ばかり見ていた」

「私には周り見ろって言ったじゃん」

「そうだな」


認めるんだ。


いや、やったのは私だけど。


セルファは残った火種がないか確かめ、煙の出ているところへ土をかけた。私も手伝ってから、杖を拾う。


「……ダンジョン、行ける?」

「今日の撃ち方を使い分けられればな。ただし、中では俺から離れるな。勝手に進むのも駄目だ」

「分かった」


頷いて、焦げた木をもう一度見た。


横へ走る雷なら、一匹ずつ狙わなくても済むかもしれない。魔物が並んでいたら、役に立ちそうだ。


ただ、周りの草までまとめて吹き飛ばすのは、もうちょっと何とかしよう。


◇


翌朝。


ダンジョンへ向かうため宿を出ると、知らない男が腕を組んで待っていた。


こっちを見てる、嫌な予感。


「昨日、町外れの草地を焼いたのは、お前たちか?」


セルファを見る。

セルファも私を見る。


「……セルファです」

「お前だろ」

「一緒にいたじゃん!」


男の眉が、さらに寄った。


ダンジョンへ行く前に、二人揃ってしっかり怒られた。


新しい魔法の使い方より先に、練習していい場所を覚えるべきだったらしい。

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