第十話 二つ名がほしい
テントの隙間から差し込む光で、目が覚めた。
しばらく天井を眺め、大きな欠伸をする。寝転んだまま両腕を伸ばしたら、背中から腰に痛みが走った。
「うー……身体痛い」
昨日は一日歩いて、魔物と戦って、地面の上で寝た。寝る前にセルファが張ってくれたテントも、下に敷いた毛布も、地面までは柔らかくしてくれなかった。
特に肩が痛い。
寝たら回復するものじゃないの?
顔へ手を伸ばして、眼鏡がないことに気づいた。
「……どこ置いたっけ」
毛布の周りを手探りする。ぼやけた視界では、荷物も畳んだ服も、似たような塊にしか見えない。
ようやく、枕代わりにしていた荷物の横で見つけた。
「あった」
眼鏡をかけて外へ出ると、朝日が眩しかった。
青空の下に、街道も遠くの山もはっきり見える。昨夜あれだけ暗かった場所が、昨日の夕方と同じ草地に戻っていた。
冷たい風が、寝起きの頬を撫でる。
「いい天気……」
焚き火からは、また細く煙が上がっていた。その向こうにセルファがいる。
「おはよ。早いね」
「ああ」
「いつ起きたの?」
「少し前だ。周りを見ておきたかったからな」
「魔物とか?」
「ああ。お前が寝てる間に来られても困る」
ほう。
「さりげなくカッコいいじゃん。ポイント高いよ」
親指を立てると、セルファが眉を寄せた。
「何のポイントだ」
「そういうの、自分で聞いたら下がるよ」
「だから何の――」
「知らなくていい」
朝から一つ勝った気がする。
気分よく荷物を取りに戻ろうとして、腰の痛みに顔をしかめた。
「……いたた」
「何してる」
「異世界の朝を身体で感じてる」
「筋肉痛だろ」
「言い方」
焚き火で沸かした湯をもらい、パンと干し肉を食べる。
温かいものが入ると、ようやく目も覚めてきた。食べ終わってから火を消し、テントを畳む。
セルファに教わりながら布を重ね、荷物をまとめた。昨日より、どこに何を入れるかは分かる。
問題は、その荷物が今日も重そうなことだった。
「ねえ、あと二日これ?」
「そうだ」
「マジかあ……」
聞いたら、実は近道があるとか言ってくれないかな。
何も言われなかった。
仕方なく背負う。肩の痛いところへ、肩紐がぴったり乗った。
そこじゃないんだけど。
◇
「今日も、戦えそうな相手は任せるぞ」
街道へ戻ると、セルファが言った。
「いいけど」
「やる気になったか?」
「まあね。せっかく魔法使えるんだし、もっと上手くなりたいじゃん」
昨日は怖かった。でも、自分の雷で魔物を倒した時は、普通に嬉しかった。
当てるまでに何度も外したし、セルファにも助けてもらった。次はもう少し、ちゃんとできるようになりたい。
ていうか。
「そのうち、大魔導士とか呼ばれたい」
「まずは狙ったところに当てろ」
「現実的すぎ」
杖を持ち直し、隣へ並ぶ。
「二つ名とかも欲しくない?」
「いらない」
「絶対あった方がよくない? 雷光のヤマハとか」
返事がない。
「白雷のヤマハ。あ、こっち結構いい」
「自分で決めるものじゃないだろ」
「先に候補出しとくの。呼ぶ時困るじゃん」
「誰が呼ぶんだ」
「みんな?」
「誰だよ」
そこは、これから増える予定。
「じゃあセルファ、今日から白雷って呼んでいいよ」
「嫌だ」
「なんでよ。カッコいいじゃん」
「勝手に名乗ってろ」
「自分で自分のこと白雷って言ってたら痛いじゃん」
「今さらだろ」
「は?」
セルファが先へ進む。
「ちょ、今のどういう意味?」
「そのままだ」
「朝から感じ悪っ」
少し足を速めて追いついた。
今はまだ、魔物に雷を当てるだけで精いっぱい。でも、いつか名前の前に何かつくくらい強くなれたら。
普通に、めっちゃカッコいい。
「白雷、いいと思うんだけどな」
「まだ言ってるのか」
「気に入ったから」
◇
二日目も、ほとんど歩いていた。
途中で魔物に遭遇すると、セルファが相手を確かめる。私にも戦えると言われた時だけ、荷物を下ろして前へ出た。
相手の動きと距離を見る。下がれる場所を確かめてから、《フルメン》。
外したら立ち止まらず、次の一発を準備する。杖を向ける余裕がなければ、空いている手から撃った。
いつも上手くいくわけじゃない。それでも、昨日よりは魔石の光に気を取られず、相手を見ていられるようになった。
倒れた魔物から目を離さないまま、隣へ声をかける。
「私、上手くなってない?」
「昨日よりはな」
「もっと褒めてよくない?」
「調子に乗るだろ」
「もう乗ってるけど」
「なら必要ないな」
せっかく先に言ったのに。
その夜も野営だった。
テントを張る時には、昨日教わった手順を思い出した。枝も、湿っていないか確かめてから拾う。
準備を終えて座ると、朝から痛かった肩がようやく楽になった。
「明日、町なんだよね?」
「ああ」
「絶対ベッドで寝る」
「宿が空いてればな」
「そこは空いてるって言ってよ」
毛布を敷いた地面を押してみる。
やっぱり硬い。
二回目だから慣れた、とはいかなかった。
◇
三日目の朝も、身体は痛かった。
でも、鞄を背負う前に肩紐を整えることは覚えた。杖を持つ手も時々替えれば、同じ腕ばかり疲れずに済む。
セルファに無理してついていくより、自分の歩ける速さで進んだ方が長く続く。そう伝えると、セルファも歩調を合わせてくれた。
少しは慣れてきたかもしれない。
道端の変な木の実を食べようとして止められたり、休憩中に立て掛けた杖を忘れかけたりはしたけど。
「お前、それが欲しくて買ったんだろ」
「忘れてない。取りに戻ろうとしてた」
「そうか」
絶対、信じてない。
魔物に撃った雷が外れ、その後ろの木に当たった時には怒られた。
「相手の後ろも見ろ。人がいたらどうする」
「……はい」
焦げた幹を見る。
当てることばかり考えていた。木の向こうには街道もあるし、誰か通っていたかもしれない。
順調かと言われると、たぶん違う。
それでも、歩くにつれて景色は変わっていった。木々がまばらになり、道の両側へ広い草地が続く。
昼を過ぎた頃、その先に建物らしきものが見えた。
足を止め、眼鏡を押し上げる。
屋根が並んでいる。周りには柵があり、街道を行き来する人影も見えた。
「……セルファ」
「ああ」
「町?」
「町だ」
数秒、眺めた。
それから、足が勝手に速くなる。
「町ー!」
「走るな。まだ遠いぞ」
「もう見えてんじゃん」
「見えてるだけだ」
ルノルシアの城壁も、見つけてから全然近づかなかった。
少しだけ速度を落とす。
「あとどれくらい?」
「一時間」
「遠っ!」
この世界、見えてからが長い。
◇
小さかった屋根が、歩くにつれて一つずつ見えるようになった。
赤茶色の屋根の周りに、広い畑が続いている。荷馬車とすれ違うことも増え、遠くでは煙が空へ伸びていた。
ルノルシアとは全然違う。
高い城壁も、大きな建物もない。畑と草原の間に、そのまま町ができたような場所だった。
でも、今は大きさなんてどうでもいい。
三日歩いて、魔物と戦って、二回も外で寝た。
ようやく、町。
「わーい! 着くぜー!」
両手を上げると、杖の先が揺れた。
セルファが横目で見る。
「何だ、その喋り方」
「いちいち突っ込むの、めんどくさくない?」
「めんどくさい」
「じゃあ、ほっといてよ」
「目の前でやるな」
「見るな」
「無茶言うな」
それもそうか。
腕を下ろして、眼鏡を直した。町から吹いてきた風に、何かを焼く匂いが混じっている。
ご飯。それから、お風呂とベッド。
二つ名は、そのあとでいい。
セルファの隣で、もう少しだけ足を速めた。




