8 星合いの空 ホシアイノソラ
「はるくー」
いつも通り、霄が飛びついてくる。可愛いな、ほんと。
「おつかれ。速かったな」
「ありがと」
体育祭、とてもいい天気でエネルギーがゴリゴリ削られるが、霄の活躍を見れて割と満足している。運動が苦手な身としては、それくらいしか楽しみがない。
「晴空、そろそろ出番来るよ」
「ああ、うん。霄、行ってくるね」
「いってらっしゃい!」
霄の髪がふわふわした頭を撫でながら、障害物競走の待機場に向かう。仕方なしに、今年も障害物競走に参加だ。前回と同じでクイズが出る3番手、アンカーが一天だ。
「やっぱり晴空ってさ、霄が特別だよね」
「うーん、まあそうかも?」
抱き着かれて平気だったり、頭撫でちゃったりするのはやっぱり霄だけだしな。可愛いと思うのも。
「まあ、一天は一天でここまで適当に話せる相手もいないから特別ではあるつもりだけどな」
「はー、晴空はまたそうやって」
「何?」
「なんでもない」
いつもお喋りな一天が、そのあと一言も喋らなかった。わざわざ霄の話を振ってきたことも、イマイチよく分からなかったし。
でも、そうか。俺ってやっぱり霄が特別なんだよな。一天とはまた別の。一天はなんというか気の許せる友達っていう感じで。他の人ならそういう人もいっぱいいるのかもしれないけど、俺には一人しかいないというだけで。でも、霄また違う。
愛おしいとか、大事にしたいとか、ちょっと自分で気持ち悪く感じてしまうけど。まるで、恋愛感情でも抱いてるみたいだ。
「同性相手にな……」
思わず、小さく呟いて、少し頭に血が上る。
「まじか」
そのあとのことはよく覚えてない。自分で色々信じられなくて混乱して。ただ、障害物競走は問題なく終わったらしい。一天は無事に一位でゴールしていた。俺は全然無事じゃなかったけど。そのあとの霄のリレーも落ち着かなくて、ものすごく疲弊した。
「今回から、テストちゃんとがんばろうとおもいます!」
霄が高らかに宣言して、テスト勉強会が始まった。始まったはいいけど……
「はるくこれは?」
「ああ、そこは……」
霄に聞かれて説明する流れに問題はない。でも、体育祭の日から色々身が入らない。霄に対する可愛いの気持ちがすべてを邪魔してくる。集中できない……
「そういや、二人は球技大会の種目決めた?」
「俺は卓球だけど。前回同様」
「おれはサッカーとバスケに出てって頼まれた」
まあ、霄くらい運動神経が良ければ頼まれる側だよな。走るのも速くてすばしっこいし、ジャンプ力もあるし、何より体力がものすごい。細くて力は強そうじゃないのに。ちょっと自分のことじゃないのに満足気に思ってしまう。
「そうなんだ。俺はバトミントンと卓球にしようかな」
一天の希望を聞いたところで、ふと考える。そういえば、一天って俺に合わせてくるときあるよな。体育祭も別種目に誘われてたのに、障害物競走にしてたし……考えすぎか?
本人が仲いい人と同じ種目がいいとかならいいけど、俺に友達がいなさ過ぎて気を使わせてたら申し訳ないな。
「卓球は時間かぶんなさそうだから応援いこー」
嬉しそうな霄の笑顔に、胸が痛くなる。なんか、ギュンってきた。やばいこれ、ほんとに。集中できない。
「はるく、まだおちこんでるの?」
球技大会が終わったその日の帰り道。バイトがない日なのでいつも通り三人で歩く。
「空振りなんて前もしてたじゃん」
「いや、卓球は正直何とも思ってない。自分の運動神経の無さはよくわかってる」
「まさか、中間テスト?」
そう、今回の中間テストで俺は初めて1位を逃した。3位だった。いや、正直1位を絶対に取りたいとも思ってなかったし、問題もないんだけど。逃した理由が情けなくて。ずっと引きずってる。霄のことが気になって集中できないなんて。そんな恋愛小説に出てくる恋愛が命くらい大切そうなヤツみたいなことになるなんて……絶対そうはならないと思ってたのに……
「一生引きずるかも……」
「そんなに1位とりたかったの?」
霄に覗き込まれて、自分の駄目さを改めて実感する。頭の中入れ替えられないや。どうしよう。
「別に1位じゃなくてもいいんだけど……なんか上手くいかなかったってのがあって……」
「そうなんだ?」
一天は何かを察しているのか、特に突っ込んではこなかった。
ちなみに、中間テストで一天は169位で目標達成。霄も大幅にアップして201位だった。二人は順調ということで。より一層自分が情けなくなった。
「まあまあ、今日はのんびりして気分転換でもしようよ」
一天の明るい声で切り替えられた空気そのまま、今日はお菓子パーティが開催されることが決定された。なんか、女子会みたいだな。
「で、晴空は何に悩んでるの?」
霄と一天が帰った後、柚葉くんに急にそんなことを聞かれる。桜も桐も今日は真っすぐ家に帰っている日で、珍しく二人のみの時間が生まれた。
「……分かる?」
「分かっちゃうんだよね。付き合いが長いので」
「柚葉くんってさ、同性に恋したことある?」
「まさかの恋バナか」
何か困った顔をしながらぶつぶつ呟いている。同性を好きになるなんてないよな、やっぱ。引かれたか?
「やっぱ気持ち悪いよな」
「いや、そういうことじゃなくて。ちょっとびっくりしただけ。思ってもみなかったから」
「変だよなって思って色々考えちゃって。それで勉強にも身が入らず、自分が情けなくなって……」
何度考えてもこれはイタいし、情けないし、辛い……語彙力もなくなってる。友達の一人をそういう風に見てるなんて自分でも信じられないし、落ち着かない。
「晴空は真面目過ぎるよ。別に、補助外れるほど落としたわけじゃないんだろ? 学生なんて恋愛の優先順位は勝手に上がっていくもんだし。相手が同性ってのもさ、俺は好みの範囲だと思ってるし」
「そんなもん?」
さすが色々な人を見てきただけあって冷静で達観した価値観だよな。
「そんなもん。で、お相手は、猫羽のぼっちゃん?」
「見てて分かる?」
まあ、柚葉くんは鋭そうだし、バレてることに驚きは別にない。ない、が心配にはなる。
「言われてみれば? ちょっと距離感がおかしいからね」
「やっぱおかしいんだ。いや、おかしいよな」
今まで友達がいなかったから分からないとかいうレベルじゃないよな、たぶん。冷静に考えると。今まで客観視出来てなかっただけだよな、ほんと。
「でもまあ、どっちも一人っ子じゃないし、チャンスはある気がするけど、猫羽次第なところはあるよなあ」
「それは話が進みすぎじゃない? まず、俺がフラれるだろうし」
「ああ、フラれるかはともかく、確かにまず付き合うところからだったな」
微妙な顔をされたのは少し気になるが、まあさすがに嫌われているとは思ってないし、柚葉くんからすれば可能性があるように見えるのかな。
「まあ、とりあえずさ。恋愛するなんて普通のことだよ。だから、あまり気にしすぎないで、マイペースにいなよ」
「わかった」
またすぐに期末テストの時期が来る。今度こそ切り替えて、情けなさに自己嫌悪することがないようにしたい。
とはいえ、多少気が散るのは仕方ないとしよう。ある程度諦めよう。
「そういえば、霄はなんでテスト勉強頑張るようになったの?」
「確かに。ずっと嫌そうにしてたのに」
「そろそろ腹をくくろうと思って……やりたいこともできたし」
なんかちょっと凛々しいけど可愛い顔してる……
「会社継がないってこと?」
「ちがう。会社継いだ上でやりたいことができた」
ちょっと意外だな。継ぐにしても、仕方なくって感じなのかと思った。
「やりたいことって?」
「ないしょ」
なんていうか……こんな可愛くて大丈夫か?
いや、俺の頭が大丈夫か……
「なんというか、晴空、大変そうだね」
「なんかあったの?」
「なんでもないよ」
こんな気持ち悪い俺のことは一生知らなくていい。
「ああ、そうだ。晴空の夏休みの予定は?」
「夏休み? まあバイトはあるけど」
「休みもある?」
「あるよ」
そこから勉強中だというのに、夏休み計画が始まってしまった。
気持ちが荒ぶることはあったけど、自分の中で受け入れられたのか、前ほど身が入らなくなることもなく、期末テストはまた1位を取ることができた。
ちなみに、霄は198位、一天は166位で二人とも順位アップに成功した。
夏休み、バイトのない日で家族との予定もない日はほとんど三人での予定で埋まった。約束してなかった日も、二人ともから連絡が来て、結局三人で遊ぶことになる。まあ、三人が嫌なわけじゃないから、それは良いんだけど。
「あれ、まだ霄来てないの?」
「ちょっと遅れるって」
「そっか」
今日は珍しく遊園地に遊びに行くことになった。一天が遊園地のチケットを仕入れてきたからだ。
「そういえばさ、晴空の誕生日に会った織部さんが猿川仕切ってんだよね?」
「まあ、そうだね」
「それでもなんとかならないんだ?」
「負わされてる借金の話? まあ、完全に退いてるわけじゃないんだよね」
会社の実権はさすがに織部くんが握ってるらしいけど、家のことはまだ祖父母が握っているらしく、しつこく、且つ理不尽に締め付けてくる。母さんは自業自得だと笑っていたけど。
「織部さん、あんまり猿川っぽく感じなかったな。まあ、柚葉さんもだけど」
「たぶん、父さんもそうだったんじゃない? どうせ、子育てとか教育とか人に任せてたんだろうし、その人が良かったんじゃない?」
「猿川ならあり得るね」
二人揃って、表情を歪めてから、気持ちを切り替える。せっかく遊びに行くのに、要らないことは考えたくない。
「おそくなってごめん」
霄が来たことによって、完全に気持ちが切り替わる。せっかくなんだし、楽しまなきゃだよな。
「遊園地行った日から、霄おかしくね?」
「わかる」
元々約束してなかった日の誘いの連絡が来なくなったし、夏休みが終わって文化祭準備中も、そして文化祭が始まった今も、見事に距離を置かれてる。
俺のこの感情に気付かれたんだろうか。それを拒否されてるということなんだろうか。
「俺の誕生日も祝ってくれなかったしな」
「連絡も?」
「来なかった」
でもそうなると、一天まで避けられてることに説明がつかないか。
≪2年5組 犬浦晴空、至急職員室まで来てください≫
職員室に呼ぶ放送が流れた。もう、用件は分かってる。本当に去年と同じ感じで来たのか。せっかくだから色々聞いてこようかな。
「わるい、行ってくる」
「いってら」
一天に一言かけて職員室に向かう。職員室に行けば、応接室に案内される。
「失礼します」
「また呼び出してすまない」
「大丈夫です」
正直言えば、直接霄から話を聞けばいいのにとは思ってるけど。
「最近はどうだろうか」
「成績が上がってるのはさすがにご存知なんじゃないですか?」
「ああ、まあ」
とはいえ、俺としてももう少し上げたいところだけど。こればっかりは本人のやる気だからな。
「聞いてもいいですか」
「なんだ?」
「後継者は霄で考えていらっしゃるんですか?」
霄のやる気のなさは、そういう諦めとかから来ているんじゃないかとちょっと疑っていた。親から期待をされていないんじゃないかとか。
「勿論。成績が振るわなくても、本人が嫌がらない限りは、霄で考えている」
「そうですか」
「君が何を気にしているのかは分かってるつもりだ。でも、それも近いうちに解決させる」
そうか。なら、俺が気にしすぎるのも良くないか。
そのあとも、普段の霄の話を聞かれて答える時間が続いた。ちょっと楽しそうだったのが好印象だった。避けられていることには、触れられなかった。
テスト勉強をしているときも結局来てくれず、放課後会うこともなく時間が過ぎていく。話しかければ一言二言返ってくるけど、それだけだ。
中間テストも終わって、修学旅行のグループ決めが行われている今も、距離は開いたまま。
「晴空、本当に行かないの?」
「まあ、修学旅行はさすがに遠慮するよ」
人に大金出してもらって海外旅行に行けるほど図太くないというか。気が引けすぎるというか。
「霄も行かないらしいよ」
「え? そうなんだ」
まあ、あんまり興味は湧かないのかもな。
「じゃあ、俺一人か。ちょっと誰かのところに入れてもらいに行ってくるわ」
なんだかんだ言って、俺と霄と違って一天は他の人とも仲良いから、問題はないだろう。どちらかというと、俺たちのほうが問題か。
霄のほうを見れば、静かに本を読んでる。俺も読もうかと思って本を取り出す。今までだったら、何の本を読んでるのか興味津々で近づいてくるのに。飛びつかれたり、よじ登られたりしてたのに。
もはや懐かしく感じてくる。正直本当に寂しい。一天がいつもやかましいので、いれば考えなくて済むけど、居ないと静かすぎる。
取り敢えず理由が知りたい。どうして、距離を置いているのか。どうしてあの日から急に変わってしまったのか。
霄も修学旅行に行かないなら、修学旅行中に接触を試みてもいいかもな。後で、一天に霄の家の住所を聞いておこう。
クラスメイトのほとんどがスペインに向かって飛んで行った当日、休日を与えられたので、早速霄の家に来てみた。入れてもらえるとは思ってないけど、霄を出してもらうことくらいなら出来るんじゃないだろうか。
一天情報だと、霄の家にはお手伝いさんがいて、チャイムを鳴らせばまずそのお手伝いさんが出るとのことだった。母親が出るならハードルが高いかなと思ったが、そこはさすが金持ち。
思い切ってチャイムを鳴らず。
「どちらさまでしょうか?」
「霄くんのクラスメイトの犬浦です。霄くんはいらっしゃいますでしょうか?」
大きい家を前にするとやっぱり緊張するな。どうしても口調が丁寧になってしまう。
「霄さんでしたら、お出かけ中でございます」
「そうでしたか。ありがとうございます。失礼しました」
意外にも出かけているらしい。いや、普段からあまり家にはいないのか……? でも、どこにいるかの検討があまりにもつかな過ぎるな。連絡、してみるか……無視されることはないし、電話にしてみるか。
「もしもし、霄?」
「うん、どうしたの?」
「今どこにいる? 話したいんだけど」
最初は渋っていたが、何とかしつこく食い下がって、ファミレスに呼び出した。来てくれるかはまだ分からないけど、きっと霄のことだから来てくれるだろうと信じて。
連絡が来てないので、俺のほうが先についたんだと思う。後からもう一人来ることを伝えて、席に案内される。一人でボーっとしながら待つ。どう聞いたら、答えてくれるだろうか。
「良かった、来てくれた」
霄は気まずそうな表情のまま、案内されてきて向かいに座る。取り敢えず何か注文しようと、メニューを差し出した。そしてその流れで、席に置かれているタブレットから注文も済ませた。
「なんで、おれがふたりを避けてるか、でしょ」
「うん。さすがに、気になって……何か嫌なことがあったのなら教えてほしいし」
「おれ、遊園地の日、遅れちゃったじゃん」
ゆっくり、ゆっくり話し始める。遊園地に遊びに行った日、霄は俺と一天の話を聞いてしまったらしい。俺の父親が誰なのか。当然、霄も一天が知っている程度には事情を知っているだろう。猫羽と父さんの関係も、父さんが自殺したことも、知っているはずだ。
「それが、原因か」
「なんで、だまってたの」
「霄が気にすると思ってたから」
「気にするに、決まってる」
それはそうだ。事実がどうであっても、自殺した人がいれば仕事を原因の一つに考える。霄も、自分の父親が原因である可能性を考えているんだろう。
「でも、霄のお父さんは悪くないらしいから、本当に気にしないでほしくて」
「それも含めて言ってくれればよかったじゃん」
「それを含めて話してたら、本当に気にしないでいられた?」
「それは……」
霄が下を向く。恋愛とか言ってる場合じゃなくなってしまった。でも、知らなくていいと本気で思ってた。
「もう、仲良くは出来ないのかな」
「おれだって、仲良くしたくないわけじゃないよ」
「本当に心から気にしないでほしい。俺たちの間に起こったことでもないし、原因は霄のお父さんじゃないって聞いてる。霄の中で整理がついたらでもいいから、前に戻りたい」
この話だと分かった時点で、絶対に謝らないと決めていた。謝られても困るだろうと思ったし、正直言えば、時が戻ったとしても霄に話すという選択肢がなかった。でも、霄の辛そうな表情を見てると、謝りたくなる。謝って除かれる感情ならば、そうしたかった。
「わかった、がんばってみる……」
苦しそうに、絞り出すように言ったその言葉を信じたい。また、何も気にせず楽しく笑える日が来てほしい。




