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有為転変は世の習い  作者: 大甕孝良
1 窮鳥懐に入れば猟師も撃たず
9/9

9 蒼天 ソウテン

 何度目か分からない球技大会を終えて、ようやくみんなの修学旅行から引っ張ってきた浮かれた空気が薄れてきた。居心地が悪かったのでありがたい。


「晴空《はるく》、今回もまたよろしく」


 一天《かずと》にそう言われて思い至る。確かにそろそろテストがやってくるな。今回はさすがに霄《しょう》を参加させたい。


「まあ、いいよ」


「霄も誘うでしょ」


「ああ、うん」


 来てくれるは分からないけど、最近は少しずつ話すようになってきたし、前みたいな逃げ方はされないだろう。

 一天が机を移動している間に、霄に近づく。警戒してる猫みたいに、こちらを窺ってくる。そんな姿を呑気に可愛いな、なんて考えてしまう。


「霄、今日一緒に勉強しよう」


「おれはいいよ……」


「嫌じゃないんだな? じゃあやろう」



 言質を取った、というように強引に事を進める。そうでもしないと逃げるってことが分かるから。


「お、霄が晴空に連行されてきた」


「自分のことばが都合よく解釈されるってこういうことかっておもった」


「可哀想に」


 机の中から問題集を引っ張り出していれば、勝手なことを言われている。あまりにも人聞きが悪いな。否定は出来ないけど。


「で、霄はなんで避けてたの」


「はるくから聞いてないの?」


「あ、晴空は知ってるんだ?」


 そういえば、一天には話してなかったな。なんとなく、一天と二人の時に必要以上には霄の話ができなかった。


「はるくのお父さんのこと、だまってたから」


「あれ、知っちゃったのか」


 霄が俺にしたような話をたどたどしく一天に伝える。一天は興味あるんだかないんだかよく分からない様子だった。


「まあ、でもその弟さんが普通に家に入れてる時点でさ、って話じゃない?」


「たしかに……」


 確かに柚葉《ゆずは》くんの反応や対応は、俺と柚葉くんが気にしていない証明にはなるかもしれない。気にするなら、何度も猿川《さるかわ》の人間の自宅に立ち入らせないんだろうし。

 一天が霄にテストの目標順位を聞いてる。前回より上げる、と無難な目標を不安そうに言っているので、何とかしてあげたいと思いつつ、何かを聞かれるまでは自分の勉強に集中してようと思う。




 一緒にいてくれる時間は増えたものの、なかなかぎこちない空気が続いて、居心地は良くならないままだった。それでも、一緒にいてくれるだけマシだと言い聞かせていた。

 何とか、テストでは目標順位を達成したことは聞き出せたし、一旦は良いか。

 いや、良くないか。冬休みに入ってしまったから、霄の誕生日が祝えない。いや、この状況で祝われても嫌か……? でも、祝ってもらったのに祝えないのも嫌なんだけど。まあ、でも元日じゃ遊びに行ったりはしにくいか……当日は電話とかで済ませて、後日遊びに行くか。


 なんて思っていたのに、電話はつながらず、仕方なくメールを送る。おめでとうと、プレゼントは何がいいかを聞いてみる。お金のかかるものは色々な方面から考えてみても難しいし、してほしいことを聞くのが良いんだろうと思ってる。が、返ってきたのは、会ったときに話すとだけ。これで、もう関わらないでほしいとか言われたらどうしようか。


「晴空、どうかした?」


 珍しく、家でゆっくりしていた母に話しかけられる。元日くらいは、と周りの人たちが休ませてくれたらしい。呼び出される可能性がゼロとはいかないみたいだけど。


「いや、霄がうちのこと知っちゃったんだよね」


「ああ、なるほど」


「母さんは、さっぱりしてていいよね」


 俺はどうにも駄目らしい。ここまでまともに友達も作らなかったからだろうか。相手が好きな相手だからだろうか。


「さっぱりなんてしてないよ。私はさっぱりしてるように見せるのが得意なだけ」


「そうなんだ?」


「晴空、ごめんね」


 寂しそうな表情で謝られてよくわからず首を傾げた。謝られるようなことあったっけ。


 そのあと何度問い詰めてもその意味は教えてもらえなかった。




 新学期、教室で会った霄に誕生日プレゼントとしてお願いされたのは、タイミングを見て二人で出かけるといういつも通りささやかで可愛いものだった。それに安心したのは言うまでもないだろう。

 冬休みに入る前より少しぎこちなさがなくなって、誕生日に電話に出れなかったのも、家の事情だと教えてもらえた。霄の中でも整理がついたのだろう。もしかしたら、お父さんと話でも出来たのかもしれない。そうだったらいい。


 それにしても、毎学期ある球技大会をいっそなくしてもらえないだろうか。授業が嫌な連中は嬉しいのかもしれないが。俺にとってはいつまでたっても憂鬱なものに変わりない。

 いつも通り卓球を選んで、順当に負けて、一旦教室に戻る。二人はそれぞれ自分が参加する競技に備えてすでに移動済みだ。


「犬浦《いぬうら》くん」


 急に声をかけられて、驚きながらも振り返る。そこにいたのは、鹿野内《かのうち》さんだった。たまに話しかけられるが、いつもと違う雰囲気に少し落ち着かない。


「どうかした?」


「少し、話良い?」


「いいけど」


 応えると、屋上に続く階段の踊り場に促される。だいぶ寒いけど、大丈夫かな?


「犬浦くんのことが好きです」


「え、ありがとう?」


 これは、所謂告白というやつだろうか。モテるどころか友達もいなかった質なので、戸惑いしかない。


「付き合っては、もらえないよね」


「ごめん」


 答え方がずっと悪い気がする。本当にごめん。でも正解が分からないんだ。


「やっぱり、猫羽《ねこま》くんなの?」


 まさか気づかれてるとは思わなかった。それに気づいていたなら、いっそ気持ち悪いと嫌ってくれたらよかったのに。


「そうかもね。気持ち悪いでしょ」


「違うの、そうじゃないの。でも、だって、お父さんが……」


「そんなことまで知ってるんだ。何を分かったつもりになってるか知らないけど、そんなことがどうでもいいくらいなんだよ」


 勝手に理解して、決めつけて、心配でもしてるのだろうか。良い人、くらいに思ってたけど、お節介焼きなのか。


「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」


「もう、戻っていいかな」


 ちょっと酷すぎるかな、とも思いつつも返事を待たずに教室に戻る。何で父親のこと知ってたんだろ。金持ちはその辺の情報もまわりやすいんだろうか。

 まあ、とりあえず上着を持って、さっさと霄のサッカーの応援に行こう。




 学年末テストの時期がやってきた。いつもよりピリピリしている気がするが……そろそろ大学受験に響いてくるからだろうか。この高校からは同じ名前のついた大学に行く人が大半だとは思うが、成績によって学部や学科の選択肢の自由が変わったりもする。一天くらいの家の生まれのやつらはこの辺りから焦り始めるらしい。


「はるく、今日も勉強する?」


 珍しく、霄から勉強会に触れられる。いつもは仕方なくって感じだったのに。


「するけど、やる気になったの?」


「うーん、ゆうきを出すため?」


 何のことかは分からないが、やる気になったのならそれは良かった。もったいないと思ってたし。


「俺のことは仲間外れにしないでね?」


 一天が纏わりついてくる。球技大会で一天の応援より霄の応援を優先してからずっとこの調子だ。


「勉強会で仲間外れにしたことないだろ」


「今まではね」


 なんてやってる横を、鹿野内さんが通り過ぎていく。


「晴空、鹿野内さんとなんかあった?」


「うーん、まあ」


 あれから、鹿野内さんはいつも気まずそうにしている。元々そんなに関わりが多くなかったんだし、気にしなければいいのにな、と思うのは薄情だろうか。一応さすがに言い過ぎたなとは思ってるんだけど。

 クラスメイトが一天に話しかける。どうやら、委員会の仕事を忘れていたらしい。


「早く終わったら合流するから、帰らないでね!」


 騒ぎながら慌ただしく教室を出ていく。どんどん人が減っていって、いつも通り俺たちだけ残る。


「かのうちさんとなにがあったの?」


 クラスメイトがいなくなるのを待っていたのか、いなくなった瞬間に話を振られる。


「んー、告白されて断った。内緒ね」


「そ、うなんだ。そりゃだれにも言わないけど」


 霄のこの動揺の仕方は初めて見たかも。まあ、ちょっと気まずいよな。


「ことわったんだね」


「うん、好きな人いるからね」


「……いるんだ、好きな人」


 俺に好きな人がいるってそんなに意外だろうか……いや、意外か。女子が好きだろうと思ってるんだろうし、俺女子と滅多に関わらないもんな。


「鹿野内さんにはバレてたんだよね」


「え、バレてたんだ」


「うん、俺が好きなの、霄だからね」


 関係が終わるかもしれないのに、また距離を置かれてしまうかもしれないのに、震える声でそう告げてしまった。問題集に視線を落としたまま、顔を上げられない。霄の表情を見れない。

 ああ、本当に鹿野内さんには悪いことをしてしまった。気持ちを伝えるのがこんなに怖いことだって知ってたはずなのに。もう少し優しくするべきだった。


「……おれも、はるくが好きだよ」

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