5 片空 カタソラ
「見て! 今回もちょっと上がった」
「……そうか。よかったな」
「よかったね」
「君たち冷たいよね」
一天が自慢げに見せてきたのは、二学期中間テストの結果で。前回185位だったところ180位にアップしているから、こんなに楽しそうなのだろう。
俺は今回も首席を死守した。首席じゃないといけないわけではないけど、首席を目指さなきゃ足元をすくわれるだろう。ここの上位陣はそれほどに手強い。
「霄は? 何位だった?」
「えー、なんいだっけな。400位くらい?」
「勉強すれば絶対上位狙えると思うけどな」
霄は、普通に地頭が良い。本もよく読むし、テストの内容を読み解くのに支障はないだろう。問題は、テスト範囲を覚える気がないこと。授業もまともに聞いていないみたいだし、テスト勉強をしている様子もない。敢えて勉強をしてないんだか何なのか分かんないが……
「べんきょうはしないよ……」
「気が向いたら、一緒にやろうな」
「俺にはそういうこと言ってくれたことないじゃん!」
「俺は思ったことしか言わない」
「なおさらひどい!」
大袈裟に騒ぐ一天を無視して手元のプリントに目を通す。『林間学校のおしらせ』と書かれたそれには、日時と当日の流れや、場所の説明が書いてある。
林間学校って島に行くもんだったっけ……やっぱりこの学校は規格外だな。この島も誰かの親の持ち物なんだろうか。
「あれ、晴空もあんま乗り気じゃない感じ?」
「お前も……な訳ないし、まさか霄も乗り気じゃないのか?」
「いや合ってるけどなんか嫌な感じだな!」
「うーん、でもはるくがいくならおれもいくよ?」
また可愛いことを……ついまた手が伸びて霄の頭を撫でる。やめてよ、と言いながらも嬉しそうな霄が余計可愛く見えてついニヤけた。
「またそうやって、二人の世界つくってさ」
「かずとがいじけちゃった」
「いいよ、放っておこう」
「俺だって傷つくんだぞ」
プリントを二つ折りにしてクリアファイルに仕舞う。
こんな島じゃ、お土産もないだろうし、今回支給されるのは着替えやその他諸々の為のお金だ。余っても返さなくていいので、なるべく節約して家に入れようとは思っているから、参加はするが……楽しみがあるわけではないのは事実。
「俺も行くから、霄も行こう」
「わかった!」
11月、林間学校。涼しげな季節にそこまで大きくない島ということもあって、海風で寒い。しっかり上着を持ち込んで正解だった。
「すずしー」
「いや、寒いでしょ。霄は風の子すぎるって」
「俺も全然寒い」
大げさに寒がってみれば、霄が薄着のままくっついてくる。何故かあったかい体温に、素直に甘える。
「なんか運動してたりした?」
「べつにしてないよ」
子供体温ってことか、とは口にしなかった。言っても怒らないような気もするけど。
それにしても、この島が個人の持ち物だなんて考えられない。しかも学校に貸し出したりするなんて……
「この島なんもないけど、なにするつもりなんだろ」
「霄、穴場とかないの?」
「霄はこの島詳しいのか?」
二人のやり取りに思わず口を挟めば、ポカンとした顔を向けられる。何かおかしなことでも聞いただろうか。
「晴空って、通常授業以外話全然聞かないよね」
「否定はしない」
「ここ、猫羽の島だよ」
なるほど。そうか全然考えてなかった。こういうことが驚けないくらいあり得る界隈だった。いつもあまりに二人が普通過ぎてすぐに意識の外に行ってしまう。
「あなばとかもべつにないね」
「ないかー」
確か、三泊四日で三日間昼食は自分たちで作るんだったな。坊ちゃんとかお嬢さんたちにそんなことができるとは思えないけどな……こき使われないといいけど。
「はるく? 考えごと?」
「うーん、フラグ建築?」
「え、恋バナ?」
「違う」
まあフラグはともかく、ある程度の覚悟はしておいたほうが良いだろうな。他の人が使えないことと、自分が使われることを――
「はるくはたのしみ?」
「うーん、霄が一緒だったら」
「俺だけじゃ楽しみじゃないってこと?」
わざとらしく怒ったフリで騒ぎ、暴れだした一天の頭を鷲掴んで抑えて、教師の指示を待った。
「いやー、お疲れお疲れ」
「はるく、ぐったりだね」
「マジでごめんけど本当に使えん」
昼食を作って食べて片付ける、それだけでこんなに疲れるとは思っていなかった。一日目と二日目は林間学校定番のカレーと焼きそば、三日目はキャンプ定番のBBQなのだが、三日間とも苦労する気しかしない。米は炊けない、包丁は使えない、紙皿等で楽になっているはずの片付けですら苦労する。
これを三日間? 勘弁してくれ。
班ごとに作るはずなのにあちらこちらに引っ張られて、俺以外にも、リッチじゃないやつも学校にはいるはずだが、成績優秀者にしか手当は支給されない。その成績優秀者たちも、勉強ばかりしているからか全然使えない。発狂しなかっただけ褒めてほしいレベルだ。
「いやー、米を洗剤で洗おうとしたときはびっくりしたよね」
「水を入れずに炊こうとしたお前にもびっくりしたけどな」
「はるくたいへんだったね」
珍しく霄のほうから頭を撫でてくる。少し照れくさいが、嫌ではないのでそのままにさせる。その流れのまま、霄を膝の上に座らせる。
「霄は何をしたんだ?」
「野菜のかわむいて、切った」
「包丁を? 怪我してないか?」
思わず霄の両手を確認する。どうやら傷は無いようだった。
「いつもてつだってるじゃん」
確かに。いつも柚葉くんのところで二人には手伝わせてる。それなら――
「じゃあ何で一天はあんなに――」
「それ以上言わないで! ごめんって」
「かずとはいつもやりたいことしかやらないから……」
なるほど、適度にサボっているということか。無理やりやらせるつもりなんてないが、やっているフリをされるのは話が別だ。
「明日の焼きそば作りではしっかり仕込んでやるからな」
「本当に申し訳ございませんでした。」
このあとの自由時間は三人でフラフラ島内を回ることになっていたが、あまりにも俺が疲れていたので中止になった。二日目も、三日目も苦労することになり、終わり次第部屋でダラダラ、夕飯は優雅なディナーとやらを食べ、夜はぐっすり眠ることになった。
やっと疲れる宿泊学習を終え、ホッとしたと思ったところで今度はまた球技大会だ。1学期に1回も球技大会って必要だろうか? そんなことをブツブツ呟いていたら、一天に「別に特別多くないからね、うちの学校の球技大会」としれっとツッコまれた。
今回は、卓球を選んだ。今回からなぜか補欠のみは禁止とされた。前回のがまずかったんだろうか。卓球部の人や卓球経験者には申し訳ないけど、やはり運動神経のない自分からすると卓球が一番ハードルが低かった。出来そうとかじゃない。出来なくてもなんとかなりそう、が正しい。勝てるという意味ではない。団体戦でも個人戦みたいなもんだし、接触があるものでもないので、怪我をしないさせない、他の人のプレーを邪魔しない、が重要事項だ。
「はるく卓球なんだ」
「俺も卓球!」
「いいな、はるくといっしょ」
「せめて二人一緒でいいなって言ってもらってもいい?」
相変わらず可哀想な男だ。取り敢えず、球技大会でなにかあったら一天に押し付ければいいな。下手すぎて文句言われたり責められたりしたら、フォローしてもらおう。
「晴空は晴空で、なんか企んでる?」
「まあ、そう」
「否定しないんだよね」
球技大会よりテストの方が気がかりじゃないのか、とは言わないであげておいた。球技大会終わったら頑張ろうな。
球技大会は早々に負けて終わった。一応ハンデはつけてあったが、卓球部と元卓球部がいるチームと当たったので。文句言われたり責められたりもしなかった。みんな負けたので。
そのおかげで元気いっぱいサッカーとバスケをやる霄を見られて良かった。過去で一番楽しい球技大会だった気がする。卓球で正解だった。
「球技大会終わっちゃったな」
「たのしかったー」
「じゃあ次はテスト勉強だな」
競技が終われば自然と集まって教室に向かう。そして、帰路に立つまでだらだらと喋る。いつも通りだ。
一言告げただけで、二人の表情が曇る。あれ、霄っていつもこんなだったっけ? あんまり気にしてなかったイメージだったんだけど。一天はともかく。
「勉強会お願いします」
「いつも通りね。霄は?」
「やんない」
ちょっと機嫌悪そうか? いつも嫌ではありそうだけど、ここまでじゃないような。
「別に前回みたいな感じでもいいんだぞ?」
「いい」
いつも以上に頑なだな。何かあったんだろうか。別に無理してやる必要はないとは思うが、ここまでなのは気になる。
「気が変わったら来いよ」
いつも通り、頭に手を伸ばしたら、思いっきり拒絶された。
え、傷つく。傷ついた。そこまで?
「……かえる」
思わず歩みを止める。あまりにもショックが大きかった。その間に霄は教室にさっさと向かってしまった。
「霄の態度もどうかと思うけどさー、そこまでのリアクションなのはどうなのよ」
「それはさすがに自覚してる」
ショックがでかいのはまあそうなんだけど、そのショックの大きさに驚いている。俺ってちょっと霄に拒絶されるだけでこんなにショックを受けるんだな……
いつも通り勉強会を開き、その全てから霄は逃げ切った。結果は俺は現状維持、霄は30位落として430位、一天は6位アップの179位だった。




