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第42話 鍋のしめ祭り(連発じゅるり地獄)

「さて、しめのおじやだな」


「「「「「「ごくり……」」」」」」


 鍋を囲んでいた全員が、俺の手元に視線を集中させて喉を鳴らした。

 木べらで鍋底を軽くかき回し、出汁の香りを立ち上らせる。

 カニの甘味と海の香りが染みこんだカニ鍋のつゆ。


 俺は炊き立てのご飯を軽くほぐし、旨味の染み込んだ鍋の上にゆっくりとかぶせる。


「ひゃぁ……」

「おこめぇ~~」


 よしよし。今回、米は初登場だからな。

 鍋の序盤で白米を用意しても良かったんだが、やはりこいつはしめの主役だろう。


 鍋のつゆを吸った米が、ひと粒ひと粒鮮やかな色に染まっていく。

 つゆを吸いきる前に焦げないよう、ゆっくりと木べらで底から混ぜ上げる。

 ご飯がなじんできたところで……


 ―――追い出汁。


 昆布と鶏の合わせ出汁を少量、鍋の縁から回し入れる。

 ご飯と出汁が混ざったことで、湯気が僅かに甘さを帯びた。


「ふわぁ……(じゅるり)」

「す、すご……香りだけでご飯いける……(じゅるり)」


 さて、仕上げだな。


 俺は溶き卵を器からすーっと鍋に流し入れた。


 とろ……とろり……


 卵がつゆをまといながら広がり、すぐにふんわりと固まり始める。


「ひぃ……美しい……」

「殺しにきてるわねこれは……」


 俺は火を弱めて、最後に刻んだ小ねぎをぱらり。

 緑が散って、色彩にアクセントを落としておじやは完成した。


「うし、できたぞ」


 俺の言葉とともに、無言でおじやをよそいレンゲを手にもつ面々。


 ぱくっ。

 とろり。

 ぷしゅぅ……。


「あっ……はふっ……おいひぃ!!」

「あぁ……優しい……私の胃袋を抱きしめてくれる……」


 女神たちが天にも昇りそうな顔で幸せのため息をつく。いや天から来たんだったか。


「ほぁ……体に染みわたる……人って……こんな幸せになれんるんですね……」

「あつっ……なにこれ……やっば……あつっ」


 ロメリーは手を胸にあてながら、しみじみとひと口をゆっくりと口に入れる。

 レイナは舌を火傷しそうになりながらも、必死におじやをかきこむ。


「ふぉう!? 優しすぎるぅ……我の中の悪が……浄化されてしまうのである……!?」


 邪神の手が震え、レンゲがカタカタと揺れた。


「お、おかわりである!!」

「はいはい、どうぞじゃしんさん」


 速攻でコレットにおかわりを入れてもらう邪神。

 たとえ邪の心が失われても食べたいらしい。


 とろり。

 じゅるり。

 はふはふ。

 ずずずっ……。


 店内が幸せの無言で満たされていく。


 最高だ。

 料理人として、この瞬間のために生きていると言ってもいい。


「わぁ~~い、お鍋のしめっていったらやっぱりおじやですねぇ~店長♪」


 コレットが熱いのにふーふーも忘れて、口いっぱいにおじやを放り込んでいる。


「終わりって感じするわねぇ~」

「まさしく締まるって感じですね、女神様」

「ふぅ……うまかったのだぁ……」


 よしよし、大満足のようだな。


 だが……


 残念でした。

 誰が「最後」って言ったんだ?


 俺はゆっくりと立ち上がる。


「……よし。じゃあ次いくか」


「「「「「「え?」」」」」」


 全員が固まる。


 口にレンゲを咥えたまま停止した女神たち。

 顔を上げるロメリー。

 レイナはあやうくレンゲを落としそうになる。

 邪神は目をむいて固まった。

 まわりの教会連中の視線も、そのすべてが俺に向く。


「「「「「「えぇええええ!?」」」」」」


 一拍置いて、店内の空気が爆ぜた。

 俺はお構いなしに鍋の湯気が舞う中、次の素材を手に取る。


 俺の視線の先にはキムチ鍋。


「追いスープを入れてと~~」


 ぐつぐつ、と赤いスープが立ち上がる。そこへ生麺を投入し、俺は菜箸で豪快にほぐした。

 麺がキムチの旨辛を吸いこむたび、みるみる色が変わっていく。


「ほらぁ~キムチラーメンだぞ~」



「「「「「なんか新しいのきた~~!?」」」」」



 全員そろって同じセリフを吐く客人たち。

 よしよし、なんか楽しくなってきた。


「ほらほら~~取り分けるから、落ち着け落ち着け」


「まってシゲル君、ちょっとタイム! 美味しいのが多すぎて頭おかしくなる!!」


 俺が上機嫌で器に麺を盛っていると、女神グラティアが頭をおさえて訴えてきた。


「そうよシゲちゃん! ギブギブ! 一回落ち着いて!」


 女神アスタは両手でバツ印を作っているが……口元には涎がたまってる。よしよし、落ち着く気ゼロだな? たっぷり盛ってやるぜ。


「も、もうダメですシゲルさん。聖女としてこれ以上の暴挙は女神様に怒られます、って女神様ここにいたんだった!?」


 ロメリーが女神たちを見ながら混乱している。だがじゅるりな口が隠しきれてないな。


「シ、シゲル! あたしこれ以上いったら、ドレスアーマーはいんなくなっちゃう~~!」


 レイナはお腹が限界なのか? いやいや、その口はまだまだいけそうだなぁ。


「むほぉっ! 我、美味すぎて天にも昇りそうなのである! ふは!? 邪神が天に昇ってはダメなのである!」

「ちょっ! あんたは地獄に戻りなさいよ! ってそんなことより(じゅるり)」


 強烈な飯テロで、世界の均衡が崩れかねない事態になってきた。

 よしよし、最高のリアクションじゃねぇか。

 全員の胃袋と魂を未知の世界へ叩き落としてやる。


 が……一人だけ、取り乱す気配ゼロの少女がいた。


「わぁ~い、店長~キムチラーメンも絶品ですぅ~~♪」


 コレットである。両手でどんぶりを抱え、もはや涼しい顔で麺をすすっている。その姿を見た途端―――


「「「「「ふはっ……(じゅるり)」」」」」」


 全員まとめて理性が蒸発した。

 ギリギリ保っていたであろう最後の何かが崩れた音。


 そこからは早かった。俺が差し出す前に、全員が半ば奪い合うようにキムチラーメンへと手を伸ばしはじめる。


「ずずずっ……っ!? なにこれぇ! 麺にキムチの旨味が絡みついて……あぁぁ……!」

「ひゃぁああ! 喉が喜んでる~~!」

「つるつる食感も最高です~」

「うま……! うますぎて……うま……語彙が……うましかでない……」

「くはぁっ! 辛味と旨味の波状攻撃なのである!」


 そりゃ止まらんよな。麺がスープの旨辛と具材の旨味を吸って、噛むたびに肉と野菜のコクが刺激的に弾けるんだから。



 だが、しかし―――俺は攻勢を緩めない。



 俺は鍋の前に立ち、追い出汁をキムチ鍋に足す。たちまち香りが広がり、全員の視線が吸い寄せられる。


「ほれほれ~さらにご飯を入れて~ケチャップかけかけ~~」


「「「「「ぎゃぁああ! またなんか作ろうとしてるぅうう!!(じゅるり)」」」」」


「さらにチーズをかけて~~パセリをふって~~ほうら~キムチチーズリゾットだぞ~~」


 じゅわぁぁ……と広がるチーズ。表面の色が変わるたびに全員の喉が同時に鳴った。


「「「「「ぎゃあああ! うまぃいいい!!」」」」」


「ほらほら、焦ってやけどすんなよ~」


 もはや狂乱という言葉がふさわしいほどの食いっぷりだ。

 こりゃ、たまらんな。

 さぁ~~ガンガンいくぞ~~。


「じゃ、こっちのカニ鍋には焼きおにぎり入れちゃうぞ~~」


 じゅわっ、とスープを吸った焼きおにぎりがしっとりとカニの旨味を放つ。カリっとした部分も残しつつ。食べて二度おいしい変わり種のしめご飯だ。


「「「「「ぎゃあああ! これもうまぃいい! てか焼きおにぎりだけでもうまぃいいい!!」」」」」


「よそ見してていいのか~今度はそうめんも入れちゃうぞ~~」


 まるで地響きのような歓声。神々も聖女もS級冒険者も大司教だちも、この宴で、誰もがただの食いしん坊になっていた。



 そして―――



 気づけば夜が明けていた。


「……あれ?」


 俺は鍋を混ぜていた手を止めた。


 まわりを見ると満足しきった客人たちが全員、床に転がって寝ている。腹は満たされ、顔は幸せにゆるみきり満ち足りた寝顔。


 やりすぎたか……と思ったが。


 いや。


「……うん。これは、やりすぎじゃないな」


 ていうか最高じゃないか。


 ふぅ~~と息を吐いた俺は、ぐっと伸びをした。


「さて、片付けるか」


 俺は静かに鍋と器を集め始めた。

 キムチ鍋もカニ鍋も、底の底まできれいに空になっている。


 マジで最高やな。


 こうして、俺の「しめ祭り」は朝焼けを迎えて幕を閉じたのだった。



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