第16話 ええぇ、ウソでしょ、ゴースト包丁で切ってるぅうう(聖女)
「ひゅええぇ……切った? 斬った? 包丁? なんで? おっさん? ゴースト?」
聖女ロメリーの声が裏返っていた。
彼女はその緑の髪を揺らしながら、困惑の表情で俺を見てくる。
「ふむ、話ならあとにしてくれ。ちょっと危ないから下がってろ」
まずはこいつを捌かなきゃいかん。
「シュシィイイイイ!」
不気味な音を強めるゴーストの親玉ゴーストグランデ。
俺は愛用の薄刃包丁を構える。
刃渡り三十センチ。研ぎ澄まされた白刃が青白い光をギラリと放つ。
「ふんっ! ――――――薄刃千枚おろし!!」
薄刃包丁の光りが連続して舞う。
一閃。二閃。三閃―――
音はほとんど無く、ただその場の空気が切り離されたような斬撃がゴーストグランデに放たれる。
包丁の切っ先が止まったとき、ゴーストグランデの巨体がスパーーっと空中分解して静かに崩れ落ちた。
「……よし、一丁上がりっと」
俺はゴーストグランデの残骸を見下ろし、包丁についた汚れを振り落とした。
ああぁ……研ぎたての刃は違うな。今朝じっくりと研いだかいがある。
「いやぁ、やっぱ包丁の切れ味は命だな」
「切れ味!? ゴーストですよ!? 物理的に切るってどういうこと!?」
聖女さまが俺にグイグイ詰め寄って来て、包丁をまじまじと見た。
「これって、聖属性が付与された包丁ですか? それとも神の祝福を受けた武具でしょうか?」
「いや、朝市で買ったやつだな」
これは結構お買い得だったな。朝市は掘り出し物もあるし、けっこう好きだ。
「ええぇ……そんな一般的なのでゴースト切れるんだ……」
「いや、けっこういいやつだぞ。値は普通の包丁よりも倍はしたからな」
「どのみち庶民の調理器具に変わりないですよ!?」
ふたたび俺に詰め寄って来た聖女さま。
だが、ハッと気付いたように顔を真っ赤に染め始めた。
「あ、あの……助けて頂いたことを完全に忘れてました……包丁とかいろいろありすぎて……」
「え? いや、まあ俺は獲物を頂いただけなんだが」
「と、とにかく。ありがとうございました。ワタクシはロメリー、王国教会の聖女です」
知ってる。だって自分の名前叫んでたからな。
「俺はシゲル、料理人だ」
「ほ、本当に……コックさんなんですね……」
「そうだな。てなわけで、食材の回収にはいる」
ロメリーがまだ少しばかり混乱している横で、俺は淡々と作業を開始する。
半透明の霧みたいな残骸があたりに漂ってるが、あれは全部ただの抜け殻だ。
俺のお目当ては殻じゃない。
ガサガサとゴーストの残骸をいじっていると、緑の髪を震わせながらロメリーが恐る恐る聞いてきた。
「えっと……それ、本当に食べるんですか?」
「いや、ほとんどは食えん。スースーしててマズイ」
「マズいって、一回は食べたんですね!?」
「そりゃまあ、食材探しってのはそういうもんだ。当たりもあればハズレもある」
「なんでそんな挑戦的なんですか……!」
「そんなもん、まだ見ぬ食材ゲットして調理してみたいじゃないか」
この異世界に来てからいろんなもん食ってきたけど、ゴースト系はほとんど食べられる部位がない。
煮たり焼いたりしてみたが、なにやってもダメだった。
だが、それらは俺自身が試した結果だからこそ納得する。決めつけはいかん。食える食えないは俺が判断するからな。
「例えば、デュラハンとかも鎧の中に身が詰まってるんだぞ」
「ひぃぃぃ! やめてくださいっ! カニの爪に身が詰まってるみたいな言い方しないでください!」
「おお、カニか。ひさしく調理してないな。今度は海にでもいくかな」
この異世界には前世には存在しなかったカニがいっぱいる。
デカい奴もいれば、すごく硬いのもいる。調理は料理人の腕しだいだ。ヤバイ、ちょっと行きたくなってきた。
……おっと、話がそれた。
その時、床に転がった何かが光った。拾い上げると、掌にすっぽり収まる小さな球体。
透明で、ほんのり温かい。
「よしよし、回収できたぞ」
「え? な、なんですか、それ?」
「ゴーストの核だ」
「スライムの核なら知ってますけど……こんなの初めて見ました!」
「そりゃそうだ。ゴーストは普通、聖属性の魔法で祓われるからな。そうすると核まで一緒に消えちまう。だが、切れば残る」
「普通は包丁でゴーストを切れませんけどね……」
俺は「核」を光に透かして眺めてみる。
透き通った琥珀みたいな見た目だが、香りもなにもしない。
「核」はエネルギーを凝縮した球体。いわばこのちっこい球でゴーストの存在を維持するためのエネルギーをだしているわけだ。
こいつ自体が料理のメインになるわけじゃない。まあそれは帰ってからのお楽しみだな。
俺は帰る前に、緑の髪を揺らしている美少女に聞いた。
「どうする? ここで会ったのもなにかの縁だ。俺の食堂に寄ってくか?」
「い、いえ……その……次の予定が……」
そう言ってなにやら紙を取り出しウンウンうなりはじめた聖女。
その内容を見て、俺は思わず声を上げた。
「なんだこりゃ……年中仕事じゃねぇか」
びっしりと詰めたられた予定。今日だけでもあと10件も討伐予定だと……。
「し、仕方ないんです! 洞窟の封印が弱まってて……聖女であるワタクシが浄化しないと、魔物があふれ出ちゃうかもしれなくて……」
「ふむ……」
「な、なんですか? 人の顔をジロジロと」
その綺麗な瞳の下にはうっすらと、いやはっきりとクマが見える。
この子、顔立ちは整ってるのに、疲れが隠せてないせいで暗い影が差したような表情をしている。
どう見ても「寝てない顔」だ。
しかも、聖女なら普通は護衛騎士の数人ぐらいいるもんだが……それもなし。
ふぅ……まるで前世の俺の顔を見てるようだ。
しゃーない。
「……おい、その今月の予定表の場所、全部「魔の洞窟」だな」
「え? あ、はい。だからすぐに次の対象を討伐しないと」
「わかった。ちょっと行ってくるから、お前はここで休んどけ」
「え、えぇ!? ちょ、待って―――!」
俺は包丁を握り直して、洞窟の奥へと駆け出した。
◇◇◇
1時間後―――
「よし、終わりだ」
俺が戻ると、ロメリーがぽかんと口を開けていた。
「これで当面は洞窟から魔物が出ることはないぞ」
「えぇ!? マジで!? はっ、ワタクシなんて言葉使いを……じゃなくて本当ですか!?」
「探知魔法使うぐらいの魔力は回復しただろ? 試してみろ」
彼女は杖を両手で持ち、魔力を消費して洞窟一面に探知魔法を巡らせた。
ほう、魔力の質が高い。さすが聖女、やっぱ凄いなこの子。
「……なんもいない……フハぁ……ほんとに静か……」
「だろ?」
「すご……すごいです! じゃ、じゃあ次の仕事を教会に確認しに戻らないと―――」
「おい」
俺は彼女の額を指でコツンと叩いた。
「なに言ってんだ。今月の予定表分は全部片付いたんだ。一ヶ月は休みだ」
「や、休む? そんな……ワタクシが休んだら―――」
「なんも変わらんぞ。世間はいつも通り回ってる」
俺の言葉を聞いたその瞬間、ロメリーの表情がふっとゆるんだ。
何かがほぐれたみたいに。
「……そんなふうに言われたの、初めてです」
「なら今日が最初の日だ。ほれ、うちの食堂に来い。今日はゴーストの核を使った新作を見せてやる。女子も大好きスイーツだ」
「スイーツですか!?」
今までで一番キラキラと瞳を輝かせるロメリー。
俺は核をマジックサイドポーチに入れ、歩き出した。
その後ろを、聖女ロメリーが静かに追ってくる。
こうして、少し心を軽くしたワーカーホリック聖女は、甘い香りに誘われるようにド田舎食堂の扉をくぐるのであった。




