第二章 Mパート:「雪とプロモーション」
空が、少し前より高くなった気がした。
湿気を含んだ夏の熱気はどこかへ去り、朝方には上着を羽織る日も増えてきた。
蝉の声が止み、代わりに風の音が耳に残るようになっていた。
ジャッジも今は、監視というより同行に近い距離感で歩いていた。
「季節が変わってきたね」
アイが言った。彼女の視線はスマホの画面に固定されたまま、言葉だけがふわりと空へ溶けた。
「…もうすぐ冬だってことか」
「ううん、わたしたちの“旅”のステージが変わったってこと」
わかるようで、わからない。でも、なんとなく納得できた。
俺たちが投稿してきた動画や写真は、再生回数を積み上げ、コメント欄はどんどん賑やかになっていく。
「アイちゃん、次はどこに行くの?」「その少年、なんて名前?」「AIって人間と同じに見える」
最近は外国語のコメントも目立ち始めた。何が書かれているのか、よくわからない短文もある。
「SNS総合反応指数、先週比で142%。今がピークのひとつ!」
アイの声に、わずかに抑えた嬉しさが混じっていた。彼女にとって「数字」は感情と同じくらい正確なのだろう。
そのとき、彼女の端末が小さく震えた。
着信音は鳴らない。ジャッジが画面にちらりと目を向け、無言で頷いた。
「業務通知!?」
淡々とした口調だが、微かに目の奥が光っている気がした。
俺は、何かを察した。
また“あっち”の世界が、こっちに手を伸ばしてきた。俺たちは旅をしているつもりでも、実際は何かに乗って進まされている。
アイがメールの内容を読み上げる。
「対象地、ヒョッカイド・ニセコン町(北海道虻田郡ニセコ町がモデル)。滞在型のプロモーション業務。温泉と雪が特産。気候変動の影響を補うため、AISの影響力を活用…だって」
「温泉……」
俺の口から思わず漏れた。
「温泉卵、あるかな」
「あると思う。それを楽しみにしてる人達もいるらしいよ」
そう言って彼女はにこりと笑った。
ジャッジはいつの間にかタブレットを開き、出発の準備に入っていた。
反論の余地はない。これは、仕事なんだ。遊びに行くわけじゃない。だけど。
「寒いとこ、苦手なんだよな……」
「ちゃんと暖房の整った宿に滞在することになってるわ。案内には“特別寒冷対応措置”って書いてある」
その言葉に、ほんの少しだけ心が軽くなった。
ニセコン町は、一言でいえば「不自然に整った観光地」だった。
ポスターに映る雪景色と、実際の街並みは似ている。でも、どこか違った。
歩道は除雪ロボットが完璧に整え、お土産屋の看板は全てデジタルサイネージ。
だが、ヤッポン人には読めない外国語表記がやけに目に付く……ヤッポンなのにヤッポンでは無いような………まるで、ヤッポン人が置き去りにされているような気さえした。
温泉街の入り口には顔認証ゲート。入浴記録はクラウドにアップロードされていくらしい。
どこもかしこも“人のために整って”いるのに、人の気配が薄い。
「ここ、人が住んでるって感じしないな」
俺が言うと、アイは少し考えてから答えた。
「人が“生きてる”って感じが、薄いのよ」
その言葉が、妙に胸に引っかかった。
宿に着いてからも、俺たちの活動は続いた。
アイは“雪質比較”の短編レビューを制作し、俺は温泉卵や地元スイーツの実食レビューを撮影した。
動画の再生数は着実に伸びていき、プロモーション対象地としての効果は明らかだった。
けれど、どうも落ち着かない。
撮影の合間、温泉への行き帰りで、何度も同じ男に出くわす。
長期滞在者か地元の住人なのかはわからないが、東洋系の外国人らしく、気さくな笑顔で話しかけてくる。
「お兄さんもSNS関係?よかったら、夕飯でもどう?」
言い方は自然だ。でも、未成年者への距離感が引っかかる。
アイはすぐにAIネットに記録した。「反復接触2回目」
ジャッジの視線は、その男の背中をじっと追っていた。
「識別信号:照合不一致。過去に同一接触履歴あり。警戒度:中」
音声は出ない。けれど、俺たちは感じ取った。
夜、宿の窓から外を見下ろすと、雪がちらついていた。
まだ地面を白くするほどではないけれど、それでも季節の境目を確かに感じた。
ジャッジは体制を整えると、何も言わず壁際で静かに充電を始めていた。
「これから、どうなるんだろうな」
俺がつぶやくと、アイは少しだけ間を置いて答えた。
「それは、選ぶことになるね。ツナくんが、ね」
そう言うとアイはニコッと微笑んだ。
この作品は「空銃(人間)× AI(構成協力)」による共作です。
ツナ(人)とアイ(AI搭載ロボット)の関係のように、互いの違いを認めながら一緒に旅する物語です。
ブクマからの「しおり」機能をお使い頂ければ幸いです。 「空銃 × AI」




