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第五話  『酒場の歌舞』

 酒場には軽快な音楽が流れている。弦楽器や木管楽器を演奏しているのは雇われた音楽家ではなく酔っ払った客のようで、聞き苦しい部分もあるが楽しんでいるのが伝わってきた。


「いぃーっ! 何これー!」


 そんな黒兎くろとと違って耳を塞ぐのがカレンだ。リサは態度には出さないが硬直している。酒場に入らなかったシルヴァンもうんざりとした表情で窓の外から中を眺めていた。


「我慢して」


「これはこれで悪くないよ」


 ドミニカと虎獅狼こじろうは黒兎側の人間だ。楽器以外の物も多く食器も片付けていない小汚い酒場は王族が来ることを想定していない。だが、出されている料理はどれも美味しそうだった。

 一方、王族の三人は綺麗なものしか知らない。その上カレンは海の中か綺麗なマーヴァル王国しか知らず、リサは五百年前しか知らず、シルヴァンは王都しか知らない。三人にとって目の前の光景はドミニカの想像以上に信じられない光景だった。


「長居はせえへんからな」


 黒兎がそう言うのは、黒兎とカレンがまだ未成年だからだ。

 未成年に酒を勧める大人はいなかったが、軍人になろうとしている黒兎には多くの大人が絶対に酒は飲むなと口酸っぱく言っていた。


 法律を守れない人間は要らない。


 そう言われたら飲みたいという気持ちは失せる。酒と無縁の生活をしていた黒兎は、初めて嗅ぐアルコールの匂いに段々と気分が悪くなっていった。

 海で暮らしていたカレンも酒は飲んだことがない。五百年前に生まれていてもリサだってまだ未成年だ。シルヴァンがどちらなのかは知らないが、虎獅狼は棚に並べられた瓶を興味深そうに眺めていた。


「セルヴォワーズで」


 ドミニカはカウンターにいる男店員に注文し、「そっちは?」と話を振る。男店員の様子を見るに注文しなければならないような雰囲気だ。メニュー表もないのにどうやって決めればいいのだろうと黒兎は首を傾げる。


「じゃあ同じので」


「えっ。工藤くどう何かわかるん?」


 そんな酒は聞いたことがない。


「知らないけど」


「知らんのかい」


 ならば虎獅狼は勇者だ。黒兎にはそんな勇気はなかった。


蜂蜜酒ミードをお願いします」


「えっ?! 飲むん?!」


 一方、酒を理解していて注文するのはリサだ。


「えっ? 駄目なのですか?」


 悲しそうに眉を下げるのは、リサがそれだけミードを愛しているからだろう。


「いやいやええけど!」


 リサは現代の人間ではない。黒兎は大陸の人間ではない。そんな二人の価値観が簡単に合う訳がないことは理解できる。


「そんな高ぇもんは置いてねぇよ」


 男店員はじろりとリサを睨むが、すぐに目を擦ってまじまじとリサを見つめた。


「姉ちゃんすげぇべっぴんだなぁ!」


「お褒めに預かり光栄です」


 国内だけではなく魔法学校でも似たような反応をされたことがあるのか、リサは綺麗な笑顔を浮かべてさらりと答える。黒兎の故郷の人間だったら嫌味に聞こえるだろうが、リサが言うと嫌味に聞こえない。それは人間性の問題だろうか。


「悪ぃな、ミードは置いてねぇんだ」


 黒兎がミードを注文していたら顔面を殴られたかもしれない。男店員は男店員なりの優しい声色で謝る。リサは代わりに甘い酒を注文しようとするが、そのどれもが置かれていないようだった。


「それにしても姉ちゃん古い酒ばっか知ってるな。貴族様か?」


「あ、いえ違います!」


 貴族ではなく王族だが、元が付く。今のリサは何者でもない。リサが否定の為に手を振ると、酒場の扉が勢いよく開いた。


「グワーッ!」


 怒りの声を上げるのはシルヴァンだ。外から見ていてリサの様子がおかしいことに気付いたのだろう。真っ先に突っ込んでくるが数々の武器がシルヴァンを囲む。


「ちょっと待てェ!!」


 黒兎は斧を掴むドミニカの手首を咄嗟に掴みながら叫んだ。シルヴァンを猛獣、魔獣、もしくは非常食と勘違いしている酔っ払いは武器を見て怯えるシルヴァンにすぐに興味をなくして武器を下げる。

 その隙に変な歩き方でリサの隣まで歩くと、それぞれ好きなことをして笑っていた酔っ払いが一斉にリサに気付いて奇声を上げた。


「姉ちゃんすっげー顔綺麗だなぁ!?」


 ドミニカが斧をしまうまで監視していた黒兎だが、リサがどんな表情をしているのかは想像できる。


「お褒めに預かり光栄です」


 変わらない声色で答えるリサは完璧から離れない。トロイメライの言うことは付き合いの浅い黒兎でも間違っていないのだと思わされる。


「よく見れば隣の姉ちゃんも綺麗だなぁ」


「えっ、私?!」


 リタやリサが近くにいればどんな美人でも霞んでしまう。それでも人には好みがあり、カレンを良いと思う人間はカレンが思う以上に少なくなかった。


「よし。なおしたな」


 黒兎は指差しでドミニカが他人に危害を加えないことを確認し、騒がしくなった場所へと視線を移す。酒場の中央には先程まで傍にいたはずのカレン、リサ、シルヴァンがおり、酔っ払いに囲まれていた。


「うわぁー! 何してんねん!」


 黒兎の隣に立っている虎獅狼は、リサが注文している間に提供されたセルヴォワーズを飲みながら三人を眺めている。


「見、て、た、ん、な、ら、止、め、ろ、や!」


 もう注文はどうでもいい。ドミニカも提供されたセルヴォワーズをカウンターから受け取らず、シルヴァンを心配そうな目で眺めている。


「姉ちゃんたちどこから来たんだ?!」


「北か? 南か?」


「ベルロワに来たってことは冒険者か?」


「そのヘンテコな鳥はなんなんだ?」


 ドミニカは困惑の表情を浮かべるダチョウの正体を黄金郷で一目見た時から見抜いているが、酒場の酔っ払いたちにはわからないらしい。

 カレン、リサ、シルヴァンは質問攻めをする酔っ払いを避ける為に徐々に身を寄せ合うが、不安そうな表情をするカレンとシルヴァンを見たリサは黒兎が助けに入る前に咳払いをした。


「私の名前はリサ〜この子はカレンでこの子はシ──」


「グワーッ!!」


「──シドニー、メイオール王国から来たの〜」


 美し過ぎる声で歌うリサを中心に酒場が舞台になる。スポットライトは当たっていないのに酒場にいる全員の視線がリサに注がれ、一気に表情が華やいだカレンも息を吸い込んだ。


「お母様みたいな魔女になりたくて海を出たの〜少し緊張したんだけど!」


「普通の女性になりたくて探しているの普通を〜私ってどこがおかしいのかしら〜」


 楽しそうに歌い始めた二人の元王女は目配せをし、内容に合わせて表情をころころと変える。馬車に乗っているだけでは伝わらない感情を歌に乗せる二人は生き生きとしており、この異世界では海の住人にとっても過去の住人にとってもミュージカルは普通なのだと思い知る。

 だが、ツッコむ気にはならなかった。二人の異様とも思える歌の上手さ、声の相性の良さ、即興とは思えないクオリティに心を奪われ始めている自分がいる。


 ミュージカルに拒絶反応を示していた黒兎がそうなのだから酔っ払いたちが盛り上がらない訳がない。

 楽器を演奏していた者はカレンとリサに合わせて演奏を始め、リサはカレンが歌っている間は優雅に踊り始める。


「いいぞー! 姉ちゃん!」


「鳥も踊れー!」


 シルヴァンは聞こえない振りをしなければならないはずだが、全力で細い首を左右に振った。王太子殿下ならば踊れない方がおかしいが、リサがシルヴァンの羽に手を添えて踊り出してもぎこちなさが拭えない。

 最終的にはリサから逃げたが、リサは気にせず誰も使用していないヴィオラを手に取って奏でながら歌い始めた。


「器用やなぁ」


 普通になりたいと言っているのにその行動は矛盾している。だが、リサはカレンと歌えて楽しそうだ。

 黄金郷で歌っていた時は楽しい気持ちになれなかっただけなのかもしれないが、あんなに楽しそうなリサもあんなに疲れた表情を見せるシルヴァンも初めて見た。


「歌いたいんやろ」


 黒兎は胸ポケットにいるハインツに声を掛ける。全員カレンとリサに注目しているのだ。声を出しても誰も気付かないだろう。


「いや、別に」


「お前ちゃうわボケ」


 真顔で手を左右に振って否定する虎獅狼にツッコみ、そろそろと出てきたハインツに黒兎は笑みを零した。

挿入歌

『その為の一歩』

歌唱:カレン・クラウセン/リサ・ローズブレイド

作詞作曲:理由

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