第四話 『首席の男』
ベルロワ王国の壁が見えたのは、黄金郷を出てから二日後のことだった。
その間クラウジーニョパーティが黒兎たちに追い付くことはなく、黒兎はガッツポーズをする。あのパーティは嫌いではないが共に旅をしたいとは思わない。シルヴァンの前では無害と確定したドミニカはいても構わないが。
「殿下」
併走するシルヴァンはドミニカを無視する。聞こえていないのではなく、またドミニカのことを忘れているのだ。
「シルヴァン、呼んでんでぇ」
虎獅狼──というかしょうゆは壁が見え始めた瞬間から速度を落としている。それに合わせているシルヴァンの耳には黒兎の声も届いており、不機嫌そうな表情で視線を向けた。
「あぁ?」
ガラが悪い。西の魔女のアルフォンシーヌがそういう風に育てたのだろうか。
シルヴァンは一人一人の顔を見て最後にドミニカに視線を留めた。
「誰だおま──」
「ドミニカや」
何度このやり取りをしただろう。シルヴァンはずっと隣にいたドミニカを警戒する。ドミニカは慣れたらしくもう気にしてはいなかったが。
「ジレ家のファブリス様は覚えていますか?」
「誰だそいつ」
シルヴァンは本気でそう言っている。ダチョウになる前から忘れていたのか、ダチョウになった後で忘れたのか。
「殿下の幼馴染みの公爵令息です」
「お前友達おったんや」
「嘘だぁ〜」
「失礼ですよ、二人とも……!」
リサは思ったことをすぐに口に出す黒兎とカレンを窘める。ドミニカでさえ窘めない程シルヴァンは不遜な態度を取っているが、リサの目にはどんなシルヴァンが映っているのか。
「そいつがこの戦の元凶なん?」
ドミニカは無口だが脈絡のないことは言わない。それはこの二日でわかったことだ。
「そこまではわかりませんが、この内戦で最も王族になる可能性が高い家がジレ家です。権力も、魔力も、そして人望も桁違いなので」
ドミニカは人望、のところでシルヴァンを一瞥する。
シルヴァンの身を案じるならばドミニカがシルヴァンにキスをすればいいのではないか。
そう思っていたが、それができるならばドミニカは多分最初からそうしている。
シルヴァンを想う感情の中に愛はないらしい。それを確信した黒兎とカレンはシルヴァンに哀れみの目を向ける。
「なんだよお前ら!」
「なんも」
「シルヴァン、すっごくすっごく頑張ってね」
「よくわかんねぇけどすげー腹立つ!」
シルヴァンの怒りはシルヴァンが思っている以上にすぐに収まる。あと数分も走れば何を言われたのか忘れるだろう。それを揶揄う気にはならない。
「権力と魔力はシルヴァンの方が上ちゃうん?」
そうではないなら何故シルヴァンの家が王族なのか。
それともファブリスの家が努力を続けた結果なのか。
「……権力だけ」
ドミニカは言いづらそうだ。
「才能なかったか」
黒兎は才能を認められたカレンと共に悲しみを表に出す。
黒兎とカレンの容姿はまったく似ていないのに何故反応がことごとく似ているのか。腹違いの姉弟のようでリサは思わず口角を上げる。
「ファブリス様が特別なだけ。魔法学校を首席で卒業したって聞いたし」
「えっ?! そうなの?!」
「まぁ! それは凄いですね!」
「二人とも知っとんの?」
ならば疎外感を感じる。大陸出身ではない黒兎は静かに背中を丸めた。
「王族や貴族が通う学校ですから」
「ヴィガたちも通ってたって言ってたよ」
リサは五百年前に通っていたらしい。カレンの親族であるヴィガとヒルデ、スヴァインとエスタも通っていたならば大陸にいるすべての王族と貴族が通っていてもおかしくはない。
「ヴィガってマーヴァルの?」
「そう! 私のお義兄ちゃん!」
「えっ」
すると、ドミニカが珍しく驚いた。
「『え』って何?」
「ヴィガ様は殿下の従兄……」
ドミニカが戸惑うのは、ベルロワ王国の王太子殿下の従兄がマーヴァル王国の国王であること。マーヴァル王国の国王の義妹がカレンならばカレンも王族または貴族であり、シルヴァンの親族でもあることを一瞬で理解したからだ。
「……申し訳ございません」
「えっ?! 急に何?!」
鈍いカレンは何も理解していない。ドミニカは、血縁はないとはいえさすがシルヴァンの親族だと溜息を吐いた。
「リサも魔法使えるん?」
わからないならばわからないままでいい。
黒兎はそんなことよりも風属性の魔力と弓の合わせ技が常人離れしていたリサの実力に興味がある。動物や魔獣と話せて弓の名手で踊りや歌や楽器の達人で魔法まで使えるならば、リサ一人で何人分の戦力になるのか。
「風属性の魔法なら人並みにはできますよ」
「女神やん」
「私も使えるようになるからぁ!」
立ち上がったカレンは虎獅狼の懐に手を入れて黄金を取り出す。
「まずはこれの大きさを元に戻します!」
「したら換金やな」
内戦中のベルロワ王国ではたいした価値はないのかもしれない。相場がわからないが、わからないことはハインツに聞けば大体解決する。
「そういえば在学中にそんな魔法を習ったような……」
「嘘ぉー!」
「魔女交代やな」
王族や貴族は魔法が使えない方がおかしいらしい。魔法を学ぶ機会がない平民との差はどれ程なのだろう。平民を巻き込んだ争いを続ける貴族に憤りを感じる。そうなった原因とはいえシルヴァンには絶対に負けてほしくなかった。
「シルヴァンは何位やったん?」
「殿下は通ってない」
尋ねると、ドミニカの声が多少苛立つ。
「殿下はもう七年くらいあの姿だから」
通っていないのではなく通えなかったの間違いではないだろうか。黒兎はツッコまなかったがカレンにもリサにもドミニカの意図は伝わっている。
「あの姿になってもファブリス様たちとは交流があったらしいけど、覚えてないなら王都で殺し合うことになっても大丈夫か」
「どこがやねん」
内戦とはそういうものかもしれない。それでも殺し合いはできるだけ避けたい。
ハインツには謝ったが、黒兎はヴァルトラウトを殺したことを後悔していない。恨んでいない人間を殺す趣味は黒兎にはなかった。
「誰も血を流さずに内戦が終わればいいですよね」
「無茶言うなや」
「コノエはやる前から諦めるのぉ?」
「俺はリアリストやからな」
カレンとリサの言うことは綺麗事だ。リサはそれを理解しているが、カレンは人間の世界がどれ程醜いのかを理解していない。
「難しい言葉使うの禁止ぃ」
カレンは舌を出すがそれは黒兎を真似たものだ。カレンは腕を振り回すクラーケンを無視して壁を注視する。
話している間に門まで辿り着いたようだ。黒兎は門番を見て併走するシルヴァンが抱えている問題に気付く。
「シルヴァンってここ通れんの?」
ドミニカに耳打ちすると、ドミニカは短く頷いた。
門番は不審そうな目でシルヴァンをじろじろと観察しているが、ただのダチョウの振りをするシルヴァンは制止されることなく門の中へと通される。そこには紫色の宝石があった。
「なんでなんあれに捕まるんちゃうん」
ドミニカは小声とはいえしつこく尋ねてくる黒兎の脇腹に勢いよく肘を当てて黙らせる。黒兎、虎獅狼、カレン、リサ、ドミニカは当然宝石に触れてもなんともないが、シルヴァンは宝石に触れることなくベルロワ王国へと入国できた。
「あの宝石が反応するのは解ける魔法だけ。解けない魔法には反応しない」
例外の呪いを抱えたシルヴァンはベルロワ王国の景色を眺める。国境付近は今まで走ってきた草原と大差ないが、地平線辺りに建物が建っている。
「殿下、あそこがオルレです」
「宿屋あるん?」
「そこまで田舎じゃないんだけど」
ドミニカは黒兎を睨むが、道が整備されていないオルレは廃墟同然のドナトリア王国のようだ。どの領でもレンガで道を整備していたマーヴァル王国とは違う。
そんな二国を見ていると、ドナトリア王国には王都しかなかったのではないかと思う程に国土が狭いことに気付く。王都の内戦が辺境に強い影響を与えていないのは国土の広さもあるのだろう。
未成年の黒兎は酒が飲めないが、辿り着いた酒場には昼から酒を飲む酔っ払いで溢れていた。




