表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/210

第二十八話 『野薔薇を咲かせて』

 黄金郷に戻ると、レッドドラゴンや日光を苦手とするゴブリンは既にその場にいなかった。

 よく見るとトロイメライが城の傍に積み重ねていた黄色いレンガの壁も消えている。魔法ギルドがレッドドラゴンから逃げながらも持って帰ったのだろうか。ついでにウーリたちの姿も見えなかった。


「まぁ! どうしたの? 忘れ物?」


 城を修繕していたカロリーナが馬車に気付いて近付いてくる。


「ま、そんなとこやな」


 老婆であるにも関わらず城の為に働くカロリーナを戸惑いながら眺めていたダビは、ダチョウが今でも黒兎くろとたちと共に行動していることに気付き、今度は不可解そうな表情を見せた。


「リサー!」


 飛んで来たのはカロリーナと同じく残って城の修繕をしていたセバスチャンだ。セバスチャンはこんなにすぐに再会すると思っていなかったらしく、犬のように尻尾を振っている。


「猫さん、先程はどうもありがとう」


 リサは肩に乗ったセバスチャンを抱き上げて改めて礼を言った。セバスチャンはその言葉だけで報われる。この五百年で最も幸せそうな表情を浮かべたことは誰も知らない。


「忘れる物なんてないでしょう」


 頬に手を当てて首を傾げたのはルーシーだ。リサは悲しそうに表情を曇らせ、トロイメライがウーリを捕らえる為に作った檻の中へと視線を移す。


 そこには今、アンデッドが捕らえられていた。


「忘れてはならないことです」


 五百年前は人一人いなかった国だ。そんな場所に多くのアンデッドがいる理由を察しないリサではない。


「あれ。早いね」


「遠くに逃げ過ぎやねん」


 一度自分の馬車に戻ったトロイメライだったが、その馬車を置いて来たのかトロイメライは一人だった。

 ダビはトロイメライも戻って来るとは思わなかったらしい。「ぎぇっ?!」と汚い声を上げてカロリーナの背中に隠れた。


「もう! ダビ! そんなことしたら傷付いちゃうんだからね!」


 そんなトロイメライを久々に見た気がする。リサはそんなトロイメライを知らないのか呆気に取られていた。


「で? どうするんですか?」


 虎獅狼こじろうは御者台から下りて、檻から出ようとするアンデッドをしげしげと眺める。


「ホラーゲームみたいやなぁ」


「ほらーげーむって何?」


「ゆーれーがぎょーさん出るような遊びやで」


 カレンに伝わるように説明するのは面倒臭いが、禁所で子供たちと暮らしていたらこういうことは何度もあった。

 カレンは黒兎よりも年上だが、そろそろ年上と思って接することをやめて相手をする。


「やだぁ〜!」


 そんな遊びの何が楽しいのか。カレンは怯えてクラーケンを頭に乗せた。


「土に埋めるよ」


 火属性の魔法はアンデッドには効かない。黒兎はその事実と共に両親の葬式を思い出す。


 その式に参加したのは黒兎と従姉妹、そして再従兄弟たちだった。


 黒兎は両親と共に叔父や叔母、祖父母といった親戚も亡くしている。そんな家庭が幾つもあって、親戚だからと宮殿職員の手によって葬式はすべて纏めて行われた。

 突然というのもあるが未成年しかいない中で新しい墓を用意することはできず、火葬してからは先祖代々の墓に纏めて納骨した。


 その時、黒兎はカロートで自分が生まれる前に亡くなった先祖たちの骨を見た。

 骨が土に還るようにと納骨袋に入れられていたが、骨は簡単に土には還らない。


 それでも埋めるのは、そこでゆっくりと眠っていてほしいからだ。


 黒兎はゆっくりと視線を伏せる。そんな黒兎の右手をトロイメライが握り締める。


「何してんねん」


「コノエも手伝って」


 黒兎は眉間に皺を寄せた。黒兎はノームのようにスコップを持っていないが──


「あ」


 ──ノームから貰った腕輪を右腕に嵌めている。


 微笑むトロイメライは最初からノームの魔力に気付いていた。

 黒兎は頷き、トロイメライと共に城周辺の地面に穴を空ける。


 何をするのかと二人の様子を見ていたカロリーナや妖精たちも、ようやく二人の意図に気が付いた。

 手分けして地面に穴を空けて、最後にカロリーナがアンデッドを閉じ込めていた檻の鍵を開ける。アンデッドは雪崩るように外に飛び出すが、その先は既に穴の中だった。


 為す術もなく落ちていく。

 誰もが固唾を呑んで祈る。


 その間、トロイメライは地面に何かを置いていた。彼女が杖を振って魔法を解くと、現れたのは数え切れない程の人間の形をした石像だ。


「持って来たのかニャ?!」


 トロイメライが城から連れ出したのはメデューサの生首と王と王妃だけではない。

 トロイメライはその中の一つをそっと撫でた。


「私は、彼らが壊れたら悲しいよ」


 置いていけなかったのはメデューサの生首だけではない。


 トロイメライはアンデッドが落ちていく穴とは別の穴に石像を一つ一つ丁寧に置く。

 セバスチャンは悲しいという感情を理解したトロイメライを泣きそうになりながら見守ることしかできなかった。


「手伝うか?」


「頼むよ」


 風属性の魔法を使えばあっという間に終わるのだろうが、トロイメライはそうしない。声を掛けたのは辛うじて石像を持って歩けて自力で穴から脱出できる黒兎だ。

 同じくそれができる虎獅狼とカレンもトロイメライや黒兎と共に石像を運ぶ。


「あの」


 それを見守ることができないリサは、意を決してシルヴァンに声を掛けた。


「一緒に運んでくれませんか?」


「ハァ?!」


 カロリーナやダビが見ている前で思わず声を上げたシルヴァンは慌てて口を閉ざす。

 聞こえなかった振りをしようとするが、動物と言葉が交わせるリサは聞こえていると信じて疑っていない真っ直ぐな目をしていた。


 なんで俺様が。自分でやれよ。


 そう言いたいが、リサは祝福で与えられたものと教わったこと以外はごく普通の能力の女だ。普通の表情で石像を担いでいるカレンがおかしいのであって、リサの頼みはおかしくない。

 引っ掛かったのは、一緒にという部分だった。


「お前もやんのか」


 小声で尋ねる。黒兎と虎獅狼がやるのはわかる。持ち上げられる力があるならカレンがやるのもわかる。


 だが、リサは滅んだとはいえ一国の王女だ。


 リサはシルヴァンの言葉の意味を理解することができず、きょとんとした表情でシルヴァンを見上げる。そうすることが当たり前だと思っているリサの心に、生まれてから一度も面倒なことをやろうとしなかったシルヴァンの心は負けるしかなかった。


「次はやんねぇからな!」


 同じく小声で文句を言うが、リサはシルヴァンの話を聞いているのかいないのか嬉しそうな笑顔を見せる。


「ありがとうございます!」


 王女なのに言葉遣いも丁寧だ。


 そんなリサが傍にいると、誰よりも強くリサの光を浴びてしまう。自分の闇が濃く見えてくる。


 リサはあまりにもリサという名前が相応しい女だ。


 虎獅狼が持っていた黄金も思い返して、黄金郷伝説は子供騙しではなかったのだと泣きそうになる。

 シルヴァンは、服を着たアンデッドを視線で追い掛けた。生まれてきた時代が違うだけでこんなにも結末が違う。次々と落ちていく彼らの夢は間違っていなかったのだと伝えたいが、その術がない。


「ん……しょっ」


「おい動いてねぇぞ」


 リサはシルヴァンが余所見をしている間に一人で石像を持ち上げようとする。人間のように物を持ち上げる為の手がないシルヴァンはそれを見ていることしかできない。こんな状況で歯痒い思いをするのは初めてで、シルヴァンは仕方なく黒兎と虎獅狼を呼ぼうとし──思い留まっていつものように鳥のような鳴き声を上げた。


「やかましい!」


「呼ぶ前に来いよ!」


 見て見ぬ振りをしていたのは黒兎だ。虎獅狼とカレンもリサとシルヴァンの様子を横目で見ていただけで何もしない。

 黒兎は怒るシルヴァンが喋ることを受け入れているが、その事実を知らないのがダビだった。


「喋ったぁ!?」


 カロリーナは嬉しそうに口角を上げる。黒兎がヴァルトラウトに、そして虎獅狼が霧の魔女に呪われていることを一目見て理解したカロリーナだ。シルヴァンを一目見た時からアルフォンシーヌに呪われていると思っていたが、シルヴァンがその事実を隠したがっていることに気付かない程鈍感ではない。


 黒兎たちは、気が遠くなる程長い間人間を見てきたハインツやトロイメライが心を開いて頼った数少ない人間だ。

 シルヴァンも二人のように黒兎たちに心を開いて頼った事実が単純に嬉しい。それは、《黒の迷い子》と呼ばれる大陸の異物相手だからできることなのだろうか。


「なんで喋るんだよお前! 言えよ! なぁ! おい無視すんな!」


 ダビがシルヴァンと似たようなことを口にしていることに気付けるのは黒兎たちだけだ。ダビはニヤニヤと笑う黒兎とカレンに激昂し、徐々に声量を小さくさせる。


「あ。やっと来た」


 トロイメライが近くまで呼ぶのは馬車を引くハリーとマーヴィンだ。二人が止まると中からアレックスたち飼い人が出てくる。


「トロイメライ様、準備ができました」


「ありがと〜! アレックス!」


 猫なで声のトロイメライだがアレックスにキスはしない。手遅れだがリサの前ではリサが知るトロイメライでいたいらしい。


「なんの準備か知らんけどこっちも終わったで」


 アンデッドは全員穴に落ちた。石像もリサの両親以外は穴の中に置いている。


「……トロイメライ」


 リサに声を掛けられたトロイメライは慌てて背筋を伸ばした。表情も心做しか普段のアレックスのように凛々しくなる。アレックスにはそれが面白くない。


「お母様とお父様もここに埋葬してほしいんです」


 トロイメライは息を止めた。

 王と王妃と共に旅をしたルーシー、ハリー、グレイシー、スタンリー、セバスチャンも。彼らの感情を察したエルマも問うようにリサを見つめる。


「何故」


 トロイメライの声は震えていた。


「人はいつか死にます」


 リサの声には芯があった。


「会えたから……これからはゆっくりと眠っていてほしいんです」


 風がリサの頬を撫でる。トロイメライはリサに従って王と王妃の石像を出す。リサはそれを持ち上げることができなかった。

 代わりに持ち上げたのがトロイメライだが、シルヴァンがトロイメライに背中を差し出す。


「ありがとうございます」


 リサはシルヴァンの背中に手を添えて少しでもシルヴァンの負担を軽くしようと努める。それでも異常に重いが、ダチョウの筋肉でなんとか王と王妃を運ぶことができた。


 黄金郷周辺に掘られた穴にいる彼らは誰も間違っていない。

 それを伝える術はないが、黄金郷のすべてであるリサが彼らの冥福を祈る。トロイメライは杖を振り、彼らの死後の幸せを祈るリサの隣で人間に毛布を被せるように土を被せる。その上に純白の花を咲かせたのが妖精たちやカロリーナの花の魔法だ。


 黒兎はたった数時間で茨の城から花束のような城に変化した黄金郷の前で、手を合わせて黙祷した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ