第二十九話 『五人目は茨の中』
リサも大陸の人間だ。そよ風の中で歌を歌うリサは心から死者を想っている。
その声は美しく思わず聞き入ってしまう程だ。妖精たちも初めて聞くリサの歌にうっとりとした表情を浮かべる。
黒兎よりも長く祈るリサは、ふと辺りを見回して黒兎たちが馬車の中で待っていることに気付いた。
「まぁ! 皆様! 待っていたなら言ってください!」
待たせたい訳ではない。慌てて駆け寄るが、黒兎たちは迷惑そうな表情をしていなかった。
「ええよ別に。急いでへんし」
既にかなりの時間を寄り道に使っている。その中の数分ならばたいした時間ではない。
「もうええの?」
リサが自分の周りに誰もいないことに気付いたのは風が黒兎たちの居場所をリサに教えたからだ。リサのタイミングで終わった訳ではない。
「はい」
それでもリサは心から微笑む。風が黒兎たちの居場所を教えてくれたように、風が彼らの居場所を教えてくれる。
「ここにいますから」
別れではあるが一人ではない。リサは自分の胸に手を当てて彼らを想う。黒兎はそんなリサに安心して微笑んだ。
「じゃ。もう行けるな」
リサは黒兎が差し出した手を慣れた様子で取って馬車に乗り込む。黒兎の隣に座っていたカレンはリサが一人にならないようにリサの隣に腰を下ろした。
「どこに行こうか」
御者台にいる虎獅狼は黒兎に尋ねるが、視線はハインツに向いている。
「難しいな」
そう答えたのはハインツだ。リサは喋る鏡の存在を受け入れようとして、大陸の地図を映すハインツにまた驚く。
ハインツはトロイメライには関わりたくないと言っていたが、リサに対してはそうではないようだった。
「初めまして、リサ嬢。私はハインリヒ、皆からはハインツと呼ばれている」
「初めまして、ハインリヒさん。ハインツさんとお呼びしても良いですか?」
「勿論。歓迎するよ」
リサが手を伸ばすとハインツはリサの掌に乗る。
「ふふふっ! 可愛らしい鏡さんですね!」
「先に言われてしまったな。ありがとうリサ嬢、リサ嬢も可愛らしいよ」
本心なのだろうが、そう言うハインツに不快感を示す女はいないだろう。
「ねぇねぇ私は?!」
「カレン嬢も可愛らしい。素敵な女性だよ」
カレンはお世辞を言われそうな性格をしているが、当然それはお世辞ではない。黒兎の正面に座るカレンとリサは本当に絵の中から飛び出してきたようだった。
「それでコノエ坊。これを見てくれ」
ハインツはリサの掌から飛び出して馬車の枠に立つ。ハインツが声を掛けたのは黒兎だが、虎獅狼を含めた全員が黒兎の傍に寄ればハインツが映しているものが見えた。
ハインツが映しているものは現在地とその周辺だ。ドナトリア王国、トレステイン王国、そして元々行こうとしていたオハイラ王国を含めた四つの他国が同じような距離に存在していた。
「微妙やなぁ」
ドナトリア王国とトレステイン王国は論外として、オハイラ王国に行こうとするとオズ王国から遠ざかることになる。現在地から南西にある四つ目の国に行こうとすると、オズ王国には近付いても黄色いレンガ道からは遠ざかることになる。
「ま。リサおるしここでええか」
黒兎はしばらく考えて四つ目の国を指差した。
黄色いレンガ道は魔獣避けだけではなく迷子防止にも役立つが、ハインツがいればなんとかなるだろう。最悪カロリーナかトロイメライに頼ればいい。
「了解」
虎獅狼は頷いて御者台に戻る。
「南西にはアブラハム坊がいるかもしれない。気にしておこう」
「そういやそうやったな」
探していたのを忘れていた。アブラハムに会いたいと強く願っているのはカレンではなくスヴァインとヒルデだ。カレンが思い出させてくれないと虎獅狼ではないが覚えていられない。
出発の準備をする黒兎たちに気付いたのか、ダビを乗せて黄金郷周辺を走っていたシルヴァンが戻って来た。
ダビはシルヴァンに乗ることが好きらしい。ダビに頼まれた時は嫌々だったが、シルヴァンも途中から楽しくなったらしく今までで一度も見たことがない笑顔を見せていた。
「なんだお前ら! もう行くのか!」
その表情は一瞬で不満そうになる。
「俺らはオズに行くからな」
「オズ?!」
「オズってなんですか?」
シルヴァンとリサの反応は正反対だ。黒兎はリサにオズ王国の説明をし、シルヴァンにオズ王国に行く理由を説明する。
「お前らも呪われてんのか?!」
シルヴァンは気付いていなかったらしい。鏡が複数あればシルヴァンの項を見せることができるが、黒兎は一旦カレンとリサに項を見せるように頼んだ。
二人は長い髪を上げてシルヴァンに背中を向ける。それが呪われている証だと告げるとシルヴァンはごくりと唾を飲み込んだ。
「呪われてんのは工藤とカレンや。俺は……いや、俺とリサか。呪い解けてんの」
「そうですね」
「コノエ坊とリサ嬢は共通点が多いな」
「そうか?」
気にしたことがなかったが、ハインツが言うならそうなのだろう。
「二人とも銃や弓を得意とする風属性の遠距離型だ。その上解呪に成功している」
「確かに」
「まぁ! 嬉しいです!」
そんな黒兎とリサを見て面白くない表情をするのがカレンとシルヴァンだった。
「お前はもう一回呪われろ!」
「みんなでお揃いしようよ!」
「絶対嫌や」
黒兎はカレンとシルヴァンに向かって舌を出す。カレンとシルヴァンは何かを叫んでいるが、互いが互いの邪魔をして何を言っているのか聞き取れなかった。
「ふふっ」
そんな二人にリサが思わず笑みを零した。
「笑われてんで」
「あっ! いえ! ごめんなさい、楽しいなって思っただけなんです!」
「なら良かったわ」
この場所にはいつでも帰れるが、リサが望む故郷には帰れない。リサの故郷はトロイメライの手によって滅んだのだ。その部分だけは共通点になってほしくないと思う。それが苦しいことだと思っているから、リサが少しでも明るい気持ちになってくれたら嬉しい。
「リサ。元気でね」
それは軽やかな足取りで近付いてきたトロイメライもそう思っている。城の修繕はもう終わったらしく、アレックスやカロリーナ、妖精たちも旅立つ黒兎たちを見送る為に近付いてきた。
「トロイメライもお元気で。また呼びますね」
リサはトロイメライにティン・ホイッスルを見せる。トロイメライは嬉しそうに口角を上げるが、アレックスは面白くない。他の飼い人と違いここまでついて来る程トロイメライを溺愛しているからだ。
「リサ。聞いて」
トロイメライはそんなアレックスをしょうがないなぁとでも言うような目で眺めて微笑むが、リサには悲しそうに眉を下げる。
「私は、リサの呪いは解けていないと思う」
トロイメライのその言葉にこの場にいる全員が息を呑んだ。
「そんな訳ないニャ! 何言ってるニャお前!」
「リサは美し過ぎる」
トロイメライは端的に告げる。あまりにも親馬鹿過ぎる理由だが、それを否定する者はいない。
「美しくなくていいんだよ」
トロイメライが言及しているのはリサの祝福だ。
リサの美しさにはリタやカレンと違って理由がある。トロイメライはありのままのリサでいることを望む。
「……努力します」
それはリサの努力ではどうにもならないことだ。それでもリサはトロイメライに誓う。
五百年前の最後の日、自分の感情を正しく表現することができなかった悔しさをリサはまだ覚えている。妖精たちの善意を否定するつもりはないが、リサ自身も、ありのままに生きたかった。
トロイメライは頷いて、改めて黒兎とカレン、そして虎獅狼に視線を向ける。
「リサを頼んだよ」
「言われんでもね。ほんま盗られんで良かったわぁ」
それはトロイメライの言葉へのアンサーだ。トロイメライはわざとおどける黒兎を笑った。
「準備できたよ」
しょうゆに縄が繋がれていることを確認していた虎獅狼は、一応会話が途切れる瞬間を待って告げる。
「なら早く行って。私たちについて行かないニーギュたちを解放するから」
「ここでか?」
「彼らの目的地はここだからね。ここ以外で解放したら迷ってしまうかもしれない」
さすがにそれは甘やかし過ぎなような気がするが、致命的な方向音痴もいる。
「近衛は迷うね」
「なんでやねん」
「迷ってたでしょ」
虎獅狼は断言するが、いつまでその情報を覚えていられるのか。
忘れられるよりも一生いじられる方がマシだと思う日が来るとは思わなかった。
「やかましい。前向けドアホ」
こんな感情でツッコんでも面白くない。黒兎は腕を組んで不貞腐れる。
「おいお前いつまで乗ってんだよ!」
「テメェが下ろさねぇからだろ!」
黒兎とリサが似ているならばシルヴァンとダビもよく似ている。言い争いをしながらダビを下ろそうとするシルヴァンと、シルヴァンから飛び下りるダビはある意味で息が合っている。
だが、シルヴァンの視線の先はしょうゆの視線の先でもあった。
「お前、ついて来る気なん?」
一応確認する。このパーティは黒兎、虎獅狼、ハインツ、カレン、そしてリサの五人パーティだ。飼っているのはしょうゆとクラーケンでシルヴァンはそのどちらにも所属していない。
そのことに気付いたシルヴァンは黙って視線を落とした。
「じゃあ……俺たちと来るか?」
シルヴァンが振り向くと、頭を掻いて恥ずかしそうに視線を逸らすダビが視界に入る。どれだけ喧嘩をしてもシルヴァンのことはかなり気に入っているようだった。
挿入歌
『心は共に』
歌唱:リサ・ローズブレイド
作詞作曲:祈り




