第十九話 『最後の夜』
「うわっ! 傭兵! 何やって……ていうか今の銃声お前か?!」
「お前茨撃ったのか?!」
「やかましい!」
黒兎は怒鳴り、狙撃した方角へと視線を向ける。廊下の先には扉があり、その前に中年の男女がいる。扉の中から出てきたのはトロイメライだった。
トロイメライは黒兎に気付いたが、黒兎には何もせず縄で縛ったクラウジーニョたちを外に出す。クラウジーニョは回復魔法を掛けられたらしく傷一つ付いていなかった。
「何してるんだ、あれ」
「さぁ? ていうか誰だあの女」
騎士たちは目を細めてトロイメライをよく見ようとする。騎士たちがトロイメライに会ったのはこれが初めてらしい。
「自分らもあぁやって追い出されるんやで」
「え。なんで」
「不法侵入や」
騎士たちに恨みはないがウーリと共に外に出てもらわないと困る。騎士たちは無言で首を傾げた。
黒兎は遅れて出てきた虎獅狼とカレンに手を振る。虎獅狼は片手を上げただけだったが、カレンは廊下の奥から全速力で走ってきた。
「なんだあの美女!」
「すげぇ笑顔だな!」
その途中で派手に転ぶ。
「あーあー」
幼い子供のようだ。黒兎は急いでカレンの下に駆け寄る。カレンの近くにいた虎獅狼はゆっくりとカレンに近付いていく。
「無事かぁ?」
クラウジーニョが無事だったのだ。二人が怪我をしていてもトロイメライが治しているだろう。それでも念の為カレンに手を伸ばして確認した。
「いたぁい」
「なんでやねん」
黒兎に引っ張られて起き上がったカレンは半泣き状態だ。何があったのかと虎獅狼に目配せをするが、虎獅狼は首を傾げている。カレンは頬を膨らませた。
「コノエ、あのニーギュはどっち?」
トロイメライはカレンを押し退けて騎士たちを指す。
「クソ野郎の騎士や。抵抗するなら捕まえてええで」
「てことはクソ野郎はあっちにいるんだね」
トロイメライは眉間に皺を寄せた。トロイメライはあの先にリサがいることを知っている。
「そっちは駄目ニャア!」
飛び出して来たのはセバスチャンだ。黒兎は急ぎ過ぎて転んだセバスチャンを抱き上げる。そのセバスチャンの目元は濡れていた。
「リサを連れて行こうとしてたで」
「ふざけるニャア!」
セバスチャンはバシバシと黒兎の腕を叩く。
「追い出すだけでは済まないかもね」
トロイメライも珍しく怒っているようだ。
「今度はこっち……」
悔しいが黒兎だけではウーリを止められない。黒兎はトロイメライとセバスチャンに向けて騎士たちを指す。
「……ってどこ行くねん!」
騎士たちは黒兎を無視して螺旋階段を駆け上った。
黒兎よりも先に飛び出したのはトロイメライだ。エルフの反射神経はどれ程鍛えても人間を上回る。
「急ぐニャア!」
「わかっとる!」
黒兎もセバスチャンを抱えて追い掛けた。
「うそ〜」
カレンはトロイメライと黒兎を追い掛けない。既に走って転けている、同じ過ちは繰り返したくない。
「行きますよ〜」
虎獅狼はトロイメライの代わりに縄を引っ張った。本来はカレンのように余所見をするのが虎獅狼だが、トロイメライがいない今虎獅狼しかクラウジーニョたちを監視できない。
「なんなんだお前」
口を開くつもりはなかったが、耐えられなくてクラウジーニョは虎獅狼に詰め寄った。
「《黒の迷い子》だから魔獣なんかの味方をするのか」
「俺がいつ魔獣の味方をしました?」
「今だ」
クラウジーニョに足を踏まれるが、虎獅狼は気にしない。
「してないですよ」
揶揄われている──クラウジーニョは眉を釣り上げたが、虎獅狼の何も考えていなさそうな黒目を見て肩を落とした。
「こいつは馬鹿だ」
「《黒の迷い子》です、クラウジーニョ」
魔女がクラウジーニョを慰める。ドミニカ以外の全員がクラウジーニョを慰める程虎獅狼の言動はおかしいらしい。一応中年の男女に視線を送るが、彼らもクラウジーニョを哀れんでいた。
「俺はただ、貴方が気に食わなかっただけですよ」
足を踏まれた程度で怒る虎獅狼ではない。それでも、言語化は難しいが思うところはある。
クラウジーニョは虚を突かれた表情をした。クラウジーニョをリーダーとするメンバー全員が顔を見合せた。
「コノエって忙しいねぇ」
カレンはそんな空気に気付かない。
「勝手に忙しくなってるんだよねぇ」
だが、そんな黒兎だから全員の予想外の場所からクラウジーニョを狙撃することができたのだろう。
最初の狙撃で壁を破壊してクラウジーニョの腹部を撃ち、次の狙撃で二番目に厄介だった魔女の右肩を撃ち、最後の狙撃で後方から小石を投げていた鍵師の腕を撃った。黒兎も真っ直ぐにクラウジーニョの部屋に向かっていたらこうはならなかっただろう。
戦闘を振り返っていると慌ただしい足音が螺旋階段から聞こえてくる。
「え。誰!」
黒兎やトロイメライの足音ではない。カレンは全員の前に立って杖を構える。
最初に下りてきたのはウーリだった。
ウーリはすぐさまカレンへと視線を移し、「素晴らしいッ!」と叫ぶ。
「何が?」
カレンは虎獅狼に確認しようとして、トロイメライも驚く程の速度で走ってくるウーリに悲鳴を上げた。
「あ」
虎獅狼はクラウジーニョたちを縛る縄を手放す。抜かれた刀が向かう先はウーリの腹部だ。
カレンしか見ていないウーリに峰打ちをすると、黒兎とトロイメライを含む騎士たちがようやく下りてくる。
「ウーリ様ッ!」
騎士たちは駆け寄ってくるが、ウーリから血が出ていないことがわかるとあからさまに減速する。そしてカレンを視界に入れ納得したような表情を見せ、申し訳なさそうに頭を下げる。
カレンはどうすれば良いかわからず困惑するが、近付いてきた黒兎に気付いて逃げるように駆け寄った。
「これで良かった?」
「ようやった工藤! ほんまにようやった!」
勢いが凄い。虎獅狼は納刀して背中をバシバシと叩く黒兎を受け入れる。
黒兎は狙撃銃と銃を装備しているが、黄金郷からの連戦で銃弾がほとんど残っていない。いざという時に頼れるのはやはり虎獅狼だ。
「こいつ頭おかしいニャ」
今も黒兎の腕の中にいるセバスチャンはウーリに呆れていた。
「ほんまクソ野郎やで」
「そうみたいだね」
トロイメライはウーリを抱き上げる。拘束する必要はないと判断したらしい。騎士たちが「運びます」と前に出るが、「制御できなかったでしょ」と言われると引き下がった。
「さ。戻るよ」
中年の男女は笑顔を見せる。最後の力を振り絞って外に出ればトロイメライが食べ物を恵んでくれるはずだ。一方、クラウジーニョたちは顔を顰めた。
*
「トロイメライ様!」
飛んできたのはアレックスだ。アレックスはトロイメライが連れてきた人間の目を気にせずにトロイメライに甘える。その様子を他の飼い人たちが羨ましそうに眺めていた。
「あらあらあらあら! 元気がないわね貴方たち!」
ニコニコと微笑みながら飼い人たちの背後から姿を現したカロリーナは、中年の男女に注目して口元を手で抑えた。
「待っていて! すぐにご飯を用意するわ!」
「あ、ありがとうございます……!」
中年の男女はカロリーナの優しそうな顔と黄色いレンガの壁を見て崩れ落ちる。もう限界だったらしい。トロイメライはアレックスを近くに置いて中年の男女を黄色いレンガを変身させたソファに座らせた。
「あっ! ハリーニャア!」
セバスチャンは体を捻って黒兎の腕の中から飛び出す。駆け寄ったのは、トロイメライの馬車の傍にいる二人のデュラハンのうちの一人の下だった。
「久し振りだね、セバスチャン」
セバスチャンは嬉しそうに数十年ぶりに再会したハリーの腕の中に飛び込む。
「会いたかったニャア! ハリー!」
「トロイメライの時と反応違うね」
全身で喜びを表現するセバスチャンを見て、カレンがトロイメライに声を掛けた。
「……仕方ないよね」
トロイメライは自身の馬車の中へと向かう。カレンは思っていた反応と違う反応を返したトロイメライを追い掛けた。
トロイメライの馬車の中はカレンの想像以上に広い。辺りを見回して傍の部屋から聞こえてきた物音を頼りにその部屋に顔を出す。
そこは食料庫のようだ。野菜が数多く入れられた袋を手に取ったトロイメライの背中は何故か小さく見える。
「どうしたの?」
「どうしたのって?」
「なんか違う」
「そうだね」
少し不気味だ。カレンは恐る恐る近付いてトロイメライの顔を覗き込む。その顔は何故か憂いを帯びていた。
「大丈夫だよ」
「何が」
トロイメライも自分がどのような感情を抱いているのかを理解していない。だが、六人姉妹の末っ子として育ってきたカレンにはわかる。
「全部上手くいくから!」
トロイメライはカレンに対して眩しい笑顔を向けられるようなことを一つもしていない。トロイメライにされた嫌なことはもう覚えていないのか、それともただの馬鹿なのか、カレンはトロイメライを励ましている。
「君は馬鹿だ」
「なんで?!」
黒兎も、虎獅狼も、カレンも馬鹿。それは心から愛しいと思える馬鹿だ。
トロイメライは笑みを零して食料庫を後にする。カレンはまたトロイメライを追い掛ける。
「今日はご馳走にしよう」
日は既に沈んでいた。
リサが目覚めるまで半日もない。
「野菜抜きで!」
「駄目だよ」
絶対に食べさせる。トロイメライは微笑んで嫌がるカレンを引き摺った。




