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第十八話 『観測手』

「許さないニャ」


 セバスチャンは涙を拭うことなくトロイメライに訴える。トロイメライはメデューサの生首から視線を外さない。


「クラウジーニョがメデューサを殺して、その血からバジリスクが生まれたニャ」


 同じ力を持つ蛇の魔獣。トロイメライは納得するが言葉には出さなかった。


「全部……お前のせいニャ……」


 リサもそう思っていたのだろうか。トロイメライは不意に、リサが眠ったあの日のことを思い出す。

 リサは王と王妃には礼を言ったが、トロイメライには何も言わなかった。


 十七年もリサを育ててきたのはトロイメライだ。王と王妃やダビやアレックスにも人間の育て方が違うと怒られたことはない。何も間違っていないと思っていたのは間違いだったのだろうか。


「出て行ってくれますか?」


 虎獅狼こじろうは何を思ったのか、クラウジーニョにトロイメライと同じことを言った。


「なら黄金を持ってきてもらおうか」


 虎獅狼を殺しても黄金は出てこない。魔獣殺しには積極的だが、魔獣がいる場所でわざわざ人間を優先して殺すクラウジーニョではない。


「あの黄金はリサのものだニャア!」


 すかさずセバスチャンが叫んだ。王と王妃が遺したもの。メデューサが五百年間護ってきたもの。その重さを誰よりも理解している。簡単には手放せない。


「リサ、ねぇ」


 クラウジーニョは唇を舐めた。

 リサの話は大陸中の人間が知っている。何もかも完璧で容姿も美しい女をリサと呼ぶくらいには有名で、我が子にリサと名付ける親が激減した程特別な名前なのだ。


 そんな伝説同然の女が本当にこの場所に眠っているのなら。

 何百年も生きているケット・シーの言葉を、信じるならば。


 黄金はリサと共に目覚める。


 クラウジーニョは隣に立つ魔女に目配せをした。魔女はクラウジーニョが指したセバスチャンを、トロイメライがメデューサの生首にしたように引き寄せる。


「ニャニャニャニャニャア?!」


 セバスチャンはトロイメライへと手を伸ばしたが、メデューサの生首を持っているトロイメライはセバスチャンの手を掴むことができなかった。


「閉じ込めておけ」


「はい、クラウジーニョ」


 魔女は微笑んでセバスチャンを檻の中に入れる。その檻は魔女が近くの椅子を変身させたもので、カレンは自分との実力の違いに息を呑んだ。


「何するんだニャア!」


「知ってるんだろ? 黄金の在処」


 怒り狂うセバスチャンは「ニャッ」と耳を下げる。図星らしい。虎獅狼は呆れるが、これでクラウジーニョの態度は決まった。

 クラウジーニョは抜刀する虎獅狼を鼻で笑う。


「本気か? 八対一だぞ」


「八対二!」


 カレンは杖を抜いてクラウジーニョに向けた。


 今だから痛いくらいにわかる。黒兎くろとがカレンの同行を渋った理由はこれだ。黒兎と虎獅狼から認められてもクラウジーニョから戦力として見られていない。


「それがどうした」


 トロイメライの背後にはクラウジーニョパーティの剣士、魔法使い、そして戦士のドミニカがいる。トロイメライが武器を奪って拘束したとはいえ未だクラウジーニョパーティであることに変わりはない。


 トロイメライは人間と戦えず、セバスチャンは捕まって、中年の男女は成り行きを見守ることしかできない。


 それでも戦わなければならない時がある。


 カレンはクラウジーニョへと斬り掛かる虎獅狼を合図に水玉を連射した。それはすべて防御魔法で防がれ、水玉は一気に床に飛び散る。虎獅狼は待機していた女剣士との斬り合いを始め、カレンにはしなやかな鞭が襲い掛かった。

 カレンはすぐさま避けるが、着地した瞬間に跳躍して全身を防御魔法で覆う。瞬間に足元が爆破した。


「うそ〜!」


 重力に従って落ちていく。下の階が丸見えだ。カレンはすぐに防御魔法を解除して落下を免れようとするが、その先でまた鞭が襲い掛かってくる。


「いっ?!」


 今度は避けられなかった。肉体が悲鳴を上げるその音にクラウジーニョパーティ以外の誰もが耳を塞ぎたくなる。


「カレン!」


「大丈夫!」


 服は破け腹部も裂けて血が肌を伝うが、カレンは立てる。声を掛ける暇もない連携だ。虎獅狼は女剣士の剣を眺めながら、これが刀だったらどんなに戦いやすかっただろうと思う。


「ふふ、本当にしぶとい」


 魔女はこんな状況でも微笑んだ。たった二人で八人の同時攻撃を凌ぐなんて簡単にできることではない。


「なんなんだあいつらの反応速度……!」


「俺だったらもう殺されてる……」


 自分たちにもできることがあるのではないか、そう思っていた中年の男女が加勢を諦める程の激戦だ。


「傷塞いで!」


 虎獅狼はカレンを見もせずに指示を出した。カレンが回復魔法を掛けずに絶え間なく水玉を連射しているのは見えている。


「本当に大丈夫だから!」


 鰭が足に変わってもカレンに流れている血は変わらない。傷は塞がっていないが血は既に止まっている。回復魔法よりも優先すべきことがカレンにはあった。


 三対三の時は攻撃は通っていたのに、今は一つも通っていない。一人に絞っても攻撃を読まれて対処されてしまう。攻撃の手を緩めることは虎獅狼にもカレンにもできなかった。


 だが、クラウジーニョパーティと同じようにこのパーティも全員が揃っていない。

 虎獅狼は視界の端に映る掛け鏡を信じていた。





 部屋から追い出された黒兎くろとの耳にも、爆発音は届いていた。塔の螺旋階段に立つ黒兎は近くの小窓を一瞥するが、茨に覆われていて何も見えない。


「クドウ坊とカレン嬢がクラウジーニョ坊らと交戦している」


「見えてるんか?!」


「鏡がある」


 ハインツは黒兎に女剣士に斬り掛かっている虎獅狼こじろうを見せる。カレンも応戦しているが、攻撃はなかなか当たらないようだ。


「こっちやったよな!」


 黒兎は急いで螺旋階段を上って拳で小窓を割る。その先の茨は拳では割れない。それでも黒兎は狙撃銃を構えた。


「撃つんだな、コノエ坊」


 ハインツは止めない。黒兎は「当たり前や!」と耳を澄ませた。

 聞きたかったのは爆発音だが、螺旋階段を駆け下りる音に邪魔される。


「ったく、人使い荒いよなぁあの人……ってうわっ! 傭兵?! 何してるんだそんなとこで!」


「お前馬鹿か?! 茨撃っても外に出れないぞ!」


「やかましい! どっか行け!」


 トレステイン王国の騎士たちは黒兎から逃げるように螺旋階段を下りていった。黒兎は深呼吸をして、騎士たちの足音が離れていくのを待つ。


「カレンはどうなん?」


 爆発音、ということは発信源はカレンかクラウジーニョパーティの誰かだ。


「まだ当たらない。人数で負けているからな」


 黒兎は「せやな」と同意する。一瞬しか見なかったがその差は四倍だった。防御ばかりになっていないだけカレンはこの一日で充分成長したと思う。


「誰を狙う気だ?」


「クラウジーニョに決まっとるやろ」


 それで戦いが終わるという決まりはない。それでもリーダーが欠けることの重大さを軍人になろうとしていた黒兎は深く理解している。


「左に四十五度」


 騎士たちを追い払って感情を落ち着かせた黒兎の耳にハインツの落ち着いた声が届く。

 狙いを定めつつも周囲の警戒を怠れない黒兎はハインツへと視線を落とし、銃を構えて虎獅狼を撃つ小柄な青年を視認した。


「撃たれとる」


 黒兎はぽつりと事実を呟く。

 銃弾は貫通したようだが、剣士にとって腕の傷は致命傷だ。


「下に二度。約三百メートル」


 今黒兎が見ている男がクラウジーニョらしい。黒兎はハインツの指示に従って狙撃銃を傾ける。


「この男は一時間もこの場所から動いていない」


 銃手はそうだ。黒兎も狙撃銃以外を動かさずにトロイメライの力を思い出す。

 風は空気──即ち人類が生息しているすべての場所にそれはある。黒兎は息を止めたまま引き金を引いた。


 風を纏う銃弾は茨の隙間を今までで一番の速さで通っていく。狙ってはいたが必ずどこかの茨には当たると思っていた黒兎は、茨が避けているのかと誤解してしまうくらいにどこにも当たらずに飛んでいく銃弾を目に焼き付ける。


「右三度」


 黒兎はハインツを一瞥した。ハインツには真っ赤に染まった手で腹部を抑えるクラウジーニョと、クラウジーニョに意識を向ける若い男女がいる。


「下一度」


 今が好機だ。黒兎はハインツに言われるまま同じ場所で引き金を引き続ける。さずかに三人狙撃すると気付くらしく、黒兎がいる方角に防御魔法が掛けられる。黒兎はすぐにハインツを持って塔を駆け下りた。


「やるやんハインツ!」


 ハインツが披露したのは狙撃手の傍にいる観測手のそれだ。


「私だって戦えるさ」


 ハインツの声色は少しだけ得意気だ。狙撃手として耳がいい黒兎にとっては、それを表に出さないように必死に押さえ付けているように聞こえる。


「八対四だ」


 黒兎にはハインツがそう言った意味がわからなかったが、最初からクラウジーニョとトロイメライのやり取りを見ていたハインツは、そう言いたくて堪らなかった。

 黒兎も虎獅狼もカレンもしょうゆやクラーケンを戦力には入れないだろう。黒兎や虎獅狼よりも経験がないカレンが焦る気持ちはわかるが、カレン以上に焦っていたのはハインツだ。


 人間ではない。魔獣でもない。かといって動物でもないが心はある。

 戦えない劣等感は抱きたくない。古今東西の知恵をリタに捧げるならば、古今東西の情報を黒兎に捧げよう。ハインツにはハインツにしかできない戦い方がある。


「おっしゃ! あと五人か!」


「いや、その必要はないようだ」


 黒兎は螺旋階段を下りきったが足を止めた。ハインツを見ると、残りの五人は虎獅狼とカレンがなんとかしたらしい。


「やるやん」


「二人もコノエ坊をそう思っているんじゃないか?」


 ハインツには、口角を上げた黒兎が映った。

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