第十七話 『勇者アーサーの嘘Ⅱ』
エリーシオ王国はメルヒェン大陸の南西にある小国である。
メルヒェン大陸の中で最も魔獣が生息している地域にあり、大陸中の冒険者が一度は必ず夢を見る場所となっている。
夢見る場所、で終わるのは訪れた冒険者の三割が命を落としているからだった。
しかし、王と王妃が連れているのは妖精だ。その上各種族の代表者でもある。
人間よりも魔獣の気配に敏感な彼らはいち早く魔獣に気付いて彼らを避ける。仮に追い付かれても対処できるパーティだった。
だが、王と王妃の目的はエリーシオ王国ではなくゴルゴンだ。エリーシオ王国に拠点を置きゴルゴンを探し始めた約五日後、ようやく王と王妃はゴルゴンが住む洞窟を発見する。
散々セバスチャンから危険だと言われていたゴルゴンに無策で会う王と王妃ではない。先に洞窟に入らせたのは、首なしのハリーだった。
「ハリーが石になったらどうするニャア」
ハリーにはゴルゴンを見る為の目がない。そういう意味でもハリーは最適な護衛だと誰もが思っているが、セバスチャンはハリーのことも心配する。
「そうはさせたくない」
王と王妃は洞窟の中を注意深く進んでいく。先に入らせたとはいえハリーを一人にするつもりはない。ハリーがゴルゴンとの間に入ってくれたらすぐに話をしたいと思っている。
「答えになってないニャ!」
セバスチャンは毛を逆立てさせた。王と王妃は一度そうすると決めたら絶対に曲げない。だからこの五人を含めた妖精たちが十七年前のメイオール王国に集まれたのだろう。
セバスチャンは溜息を吐いて何も言わずについて来るルーシー、グレイシー、スタンリーを見上げた。
「お前らなんでそんなところにいるニャア」
三人を護衛として呼んだのはセバスチャンだ。ハリーやセバスチャンと違って自主的について来た訳ではないが、今までは王と王妃の前を歩いていたのに。
「だってそういう約束でしょう?」
ルーシーは何が悪いのか理解していない。
「約束?」
セバスチャンには心当たりがなかった。ルーシーを見上げながら歩いていると盛大に転ける。
王妃に抱き上げられたセバスチャンをグレイシーやスタンリーがげらげらと笑い、ルーシーはやれやれと肩を竦めた。
「ゴルゴンに会うまで、って言ったじゃない」
ハリーは既にゴルゴンと接触している。見えていないが気配でわかる妖精たちだ。
「だから私たちの仕事はここでおしまい」
「屁理屈ニャア!」
セバスチャンは王妃の腕の中でジタバタと暴れた。だが、王と王妃は三人を庇う。
「大丈夫だ、セバスチャン。セバスチャンは三人とこの辺りで待っていてくれ」
三人を危険な目に遭わせたい訳ではない。王と王妃は自分たちの我儘に付き合ってほしいと強制したくないのだ。
セバスチャンは暴れることをやめて王と王妃の表情を伺う。トロイメライのようにリサと常に一緒にいた訳ではないが、リサの人となりは知っている。
なるべく他人に迷惑を掛けたくないという性格は親子でよく似ていた。
「ニャ〜ア! 一緒にいるニャア!」
乗り掛かった船だ。責任感が強いセバスチャンは二人を見捨てることができない。五百年後のリサの為にもセバスチャンは進むしかないのだ。
「じゃあ行ってらっしゃ〜い」
飛んでいるグレイシーは先に進むことをやめて小さな手を振る。
「帰りはまた護ってやるからな〜」
スタンリーもルーシーもグレイシーに倣う。セバスチャンは溜息を吐いて、三人がここまでついて来たこと自体が奇跡なのだと思うことにした。
「アーサー! ベリル! そこで止まるんだ!」
聞こえてきたのはハリーの声だ。
この洞窟は一本道で、先は暗くてまったく見えない。セバスチャンは震えるのを我慢するが、セバスチャンを抱き上げている王妃にはセバスチャンの恐怖が伝わっていた。
「大丈夫よ、セバスチャン」
王妃はセバスチャンの背中を優しく撫でる。そう言う根拠はないが、ゴルゴンに対して負の感情を見せてはならないと努める。
王にも、王妃にも、ゴルゴンに叶えてほしい願いがあるのだ。
「お前たちか」
ハリーのものではない声にセバスチャンは勢いよく飛び上がる。誤って王妃を蹴って逃走しかけたのは、その声に息を吸い込むような蛇の鳴き声が混じっていたからだ。
「ニャ、ニャニャ、ニャ……?!」
背中を反らせて警戒するが、王と王妃はそんなセバスチャンに心を配る余裕がない。
「なんの用だ、言ってみろ」
ハリーが事前に話をしてくれたおかげで、ゴルゴンは王と王妃の話に興味を持っている。
王と王妃は手を繋ぎ、一歩前に踏み出したい衝動を堪えてゴルゴンに願った。
「私たちと共にメイオール王国に来てほしい」
「私たちの寿命が来たら、そこで私たちを石にしてほしいの」
ゴルゴンは息を呑んだ。
話をしたいと思っても、その前に人間を石にしてしまう。石にする前に声を掛けても、自分たちの声に驚いて逃げられてしまう。
自分たちを退治しようと仮面を付けて戦いに来た人間もいたが、死にたくなくて、仮面を剥いで石にしてしまった。
魔獣になってからそんな日々ばかりだったのだ。
「石になりたい?」
ゴルゴンだけではなく、ハリーもセバスチャンも驚きを隠せない。
「なっ、何考えてるニャア!」
蛇に睨まれたかのように一歩も動けないでいたセバスチャンは、魔法が解けたかのように飛び上がって王の肩に乗る。
「正気かい?」
ハリーは王と王妃を護る為にゴルゴンから離れられない。相手がゴルゴンでなければ迷うことなく駆け寄っていただろう。
だが、ゴルゴンは王と王妃に敵意を向けなかった。
「五百年後の娘に会いたいんだ」
ゴルゴンはその場に腰を下ろして王と王妃の事情に耳を傾ける。
魔女が最愛の娘を殺す為に呪いを掛けたこと。エルフが娘を救う為に五百年の眠りにつく呪いに変えたこと。数ヶ月前にその娘が眠りについたこと。自分たち人間が五百年も生きられないこと。
「南にはミイラという死体を後世に残す手段があるらしいが、そんな姿は見せたくない」
王は五百年後も生きていたいとは言わない。
「石だったら、あの子は寂しくないかもしれないから」
王妃は五百年後でも存在できる手段を探している。
「お、お前らぁ……馬鹿ニャア……」
セバスチャンは王をバシバシと叩くが、王と王妃の真意を聞いてぼろぼろと大粒の涙を流した。
ハリーには泣く為の目がないが、心はセバスチャンと同じように乱されていた。
「親だな」
ゴルゴンはぽつりと言葉を零す。ゴルゴンにも親はいるが、娘の為に旅をするような親ではなかった。
「どうする」
王と王妃は下げていた頭を上げる。ゴルゴンの言葉は王と王妃に掛けられたものではなかった。
「全員は無理だろう」
「じゃあ私が行こう」
同じ声に聞こえるが、声色や息継ぎの仕方は一人のものではない。
「……感謝しよう」
状況をすぐに理解するのはゴルゴンの傍にいるハリーだ。
「「ありがとうございます!」」
王と王妃も遅れて礼を言うと、目を閉じた魔獣が二人の前に現れた。
「────」
大部分は人間の女のような見た目だが、髪が蛇でできている。なんの為にあるのか大きな黄金の翼も持っており、その顔は恐ろしい。
王と王妃にとって最も見慣れた顔は愛娘のリサだ。その差には驚かざるを得なかった。
「私はメデューサだ。お前たちの気持ちはわかる、さっさと布に包んで連れて行ってくれ」
「わ、わかった」
王はセバスチャンに頼もうとして、メデューサの姿を見て気絶したセバスチャンに気付く。
「ルーシーたちを」
王妃に頼んで連れてきてもらったルーシー、グレイシー、スタンリーも驚きを隠せなかったが、メデューサに敵意がないことをすぐに感じ取ってからは速かった。
王と王妃から見たら自分たち以外は全員魔獣に見えるが、本人たちは魔獣と妖精は違うと言い張る。それでもメデューサの気持ちを王と王妃よりも汲み取れる妖精たちだ。すぐにメデューサと打ち解けてメデューサの為に体を布で覆い隠した。
「さようなら」
蛇の鳴き声が混じった声が聞こえてきたのは、ハリーがいる洞窟の奥だ。
「いつかまた会おう」
メデューサはその声に答える。戻ってきたハリーは時折洞窟の奥へと体を向けており、王妃は「まさか」とハリーに近付いた。
「ゴルゴンは一人ではないの?」
「三姉妹らしいよ」
王妃はすぐさま口元を手で覆った。
「嘘……! いいの?」
慌てて布に包まれたメデューサに確認する。
「いいんだよ」
メデューサは布から手を出して王妃に差し出す。王妃はその手を握り締めてメデューサの冷たさに驚く。
「子を想う人間の力になりたいんだ」
だが、メデューサの心は温かかった。
王と王妃はメデューサの話に耳を傾ける。
ゴルゴン三姉妹は魔女に呪われた元人間であること。親はそうとは気付かずに逃げ出したこと。洞窟の中にしか居場所がなかったこと。
「なら君たちも一緒に来ないか?」
王は洞窟の奥へと声を掛ける。
「お前たちについて行って今よりも状況が良くなるとは限らない。行くのはメデューサだけだ」
だが、断られるとは思わなかった。戸惑う王にメデューサが「気にするな」と告げる。
ルーシーに魔法で持ち上げられたメデューサは確かに幸せではないのかもしれない。王は王妃と手を繋ぎ、セバスチャンを片手で持ち上げてルーシーたちについて行く。
「ゴルゴンにも色々あるんだニャア」
セバスチャンはいつの間に目が覚めたのか、耳や髭が下がっていた。
「生きていたら色々あるわ」
そこに人間も魔獣も関係がない。セバスチャンは「ニャア」と鳴いた。
洞窟の外に出ると王のものではない馬車が停まっている。中から出てきた老若男女は布に包まれたメデューサと王たちを見比べた。
「ゴルゴンを倒したのか!」
ルーシーは魔法を解いてメデューサを下ろし、王の後ろに隠れる。グレイシーもスタンリーもハリーも洞窟の中に戻る。
王と王妃、そして持ち上げられたまま身動きが取れないセバスチャンはあっという間に老若男女に囲まれる。
王は尊敬の眼差しを自分に向ける彼らに対して──
「あぁ。私が倒した」
──ゴルゴンを護る為に嘘を吐いた。




