第十六話 『勇者アーサーの嘘Ⅰ』
王と王妃はトロイメライと別れ、国外に出る為にオークの道を歩く。
護衛を頼んだのはデュラハンのハリーだ。今から十七年前にメイオール王国に来たデュラハンの代表者である彼は、十七年間メイオール王国を心配している。
今日以外もメイオール王国に来て王と王妃に挨拶をしていた彼は、トロイメライによって無事に城から脱出した王と王妃を迎え入れた。
「来てくれてありがとう」
王はハリーと握手を交わす。
「二人の為ならどこにでも行くよ」
ハリーは王と王妃を好いている訳ではない。好いているリサの両親だから力を貸すのだ。
「で? どこまで行くんだい?」
何百年も生きるたったの数十年だ。王と王妃が死ぬまで共にいることになっても構わないと思っている。
王はそんなハリーに感謝していた。
「エリーシオ王国まで頼む」
「わかった」
王と王妃はハリーが引いてきた馬車に乗り込む。扉を閉めようとすると、どこから現れたのかケット・シーが馬車に乗り込んだ。
「お前らどこに行くんだニャ?」
ハリーと同じく十七年間メイオール王国を心配していたケット・シーの代表者のセバスチャンは、メイオール王国が滅んですぐに国外に出ようとする王と王妃に驚く。
「エリーシオ王国だ」
「なんでそんな遠くまで行くんだニャア?!」
そしてさらに驚いた。
「エリーシオ王国の近くにゴルゴンという魔獣がいるらしい」
「馬鹿かお前!」
王に馬鹿と言える人間はこの世界にはいない。だが、セバスチャンは人間ではない。バシバシと座席を叩いて王の正気を疑う。
「魔獣がいるから行くのかニャ?! おかしいニャ! 行っちゃダメニャア!」
「落ち着いてくれ、セバスチャン。大丈夫だ」
「何も大丈夫じゃないニャア!」
「まぁ大丈夫じゃないかもしれないが」
セバスチャンは口をあんぐりと開ける。そう思っているのに何故行くのか。
「ゴルゴンに会いたいんだ」
セバスチャンはふるふると首を左右に振る。そして王妃の存在を思い出してずっと黙っている王妃に視線を向けた。
「私も行くわ」
「なんでニャア?!」
王も王妃もどうかしている。セバスチャンが頭を抱えている間にハリーは国外へと動き出した。
「ニャニャ?!」
他国で幸せに生きてくれると思っていた。そんな王と王妃の最期を見てリサに伝えようと思っていた。
だがこれは、セバスチャンが予想していた未来ではない。セバスチャンは彼らと運命を共にする気はないと馬車から脱出しようとするが、戦闘経験のない王と王妃、そしてデュラハンのハリーを思い浮かべて足を止めた。
「……お前ら、エリーシオまで三人で行く気かニャ」
「そうだが」
「馬ー鹿ーかーおーまーえーらー!」
セバスチャンはぐるりと振り返って王と王妃の間に腰を下ろす。
「エリーシオは遠いしゴルゴンは強いニャ! 目を見たら石になるんだニャ! そんな奴らに会いたいなんて一体何を考えてるんだニャア! とにかく三人でなんて無茶だニャア!」
セバスチャンは王と王妃のことも心配している。リサのことしか考えていないハリーとは大違いのお人好しの妖精だ。
「大丈夫だ、隣国で誰かを雇う」
一応無計画ではないらしい。セバスチャンは王と王妃を放っておけず、仕方なく彼らと共にハリーに連れられて隣国へ向かう。
そこで物資を調達したが、ゴルゴンに会いに行こうとする命知らずはいなかった。
「そんな奴らに会いたいなんて考えてる馬鹿はお前らだけニャ!」
セバスチャンは宿屋で王と王妃を叱り飛ばす。王と王妃はあからさまに落ち込んでおり、それに気付いたセバスチャンはすぐに謝った。
「やっぱり、自分たちだけでなんとかできるようにならないと難しいのかしら……」
「なら一生この国から出られない」
王も王妃も黙ってしまう。セバスチャンは頭を抱えたが、「あぁもうわかったニャア!」と宿屋の窓枠に立った。
「明日には帰ってくるからそこで待ってるニャ!」
セバスチャンは外へと飛び下りる。王と王妃は窓に駆け寄ってセバスチャンを視線で追い掛けたが、黒猫のセバスチャンはすぐに闇に消えていった。
「とりあえず二人は休んだ方がいい」
そう言ったのはデュラハンの特徴である首なしを甲冑で隠しているハリーだ。王と王妃は顔を見合せてベッドに入ることにする。眠らないハリーは戸口に立ってそんな王と王妃の護衛をする。
翌朝セバスチャンが連れてきたのは、全員がよく知っている顔だった。
「ルーシー、グレイシーに、スタンリーも……」
呆然とする王に代わって王妃が三人の名前を呼ぶ。リャナンシーの代表者のルーシーは気怠そうな表情で、フェアリーの代表者のグレイシーは王と王妃を見てにやにやと笑っている。レプラコーンの代表者のスタンリーは腰に手を当てて胸を張っていた。
王と王妃にとってはまさかの人選だ。十七年間メイオール王国を心配してたまに様子を見に来ていたハリーやセバスチャンとは違い、三人は一度も様子を見に来なかった。
王と王妃にメイオール王国に拘束されていたトロイメライ、自主的に様子を見に来たハリー、セバスチャン、まったく興味関心がなかったルーシー、グレイシー、スタンリー、興味関心があっても来れなかったエルマ。
そして王のアーサーと王妃のベリル。その九人と北西の魔女が十七年前の当事者だ。
「エルマは来なくていいってどういうことぉ?」
ルーシーは髪を弄りながらセバスチャンを睨む。
「エルマは無理ニャア」
エルマは人魚の代表者だ。パーティーに参加することはできても旅に出ることはできない。海で暮らしている彼女はセバスチャンに申し訳なさそうにしていたが、勧誘ではなく報告をしに来ただけのセバスチャンは気に病むなとマーヴァル王国周辺の砂浜を後にした。
「エルマは足手纏いでしょ!」
グレイシーは馬鹿にするように笑っている。
「二人の旅はルーシー、ハリー、グレイシー、私、セバスチャン、トロイメラ……」
スタンリーはメンバーを指折りで数えて固まった。
「「「トロイメライは?!」」」
ルーシーとグレイシーも部屋中を見回す。二人にとってトロイメライはエルマ以上にこの場にいなければならない存在だ。こんな面倒なことになったもの全部トロイメライのせいだから──。
「トロイメライにはリサを護らせている」
「「ならいいか」」
王に告げられた瞬間、ルーシーとグレイシーは同時に体を弛緩させた。リサを護る、それは考えられる中で最も面倒なことだった。
「一番必要なのはトロイメライだろう!」
ルーシーとグレイシーと違い、スタンリーは納得できていない。バシバシと壁を叩くと古い宿屋はギシギシと不穏な音を立てた。
「スタンリー、駄目だよ」
人間の半分の身長しかないスタンリーを首なしのハリーが止める。それを困ったように眺めているのは黒猫のセバスチャン、げらげらと笑っているのは人間の人差し指程の身長しかない空飛ぶグレイシーだ。
「本当にこのメンバーで行くのぉ?」
呆れるルーシーは王と王妃に確認する。王と王妃も顔を見合せるが、彼ら以外で協力してくれる者がいないのも事実だ。一番魔力が強いトロイメライがいないのは痛手だが、彼らに力がまったくない訳ではない。セバスチャンの選択は何も間違っていない。
「頼む」
「お願い」
人間の女と大差ない見た目のルーシーは、無言で天を仰いだ。




