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第七話  『男のロマン』

「コノエ、クドウ、ハインツ、カレン! 貴方たち大丈夫?!」


 聞こえてきたのはカロリーナの声だ。目を開けるとカロリーナが眉を下げてぐっすりと眠っていた黒兎くろとたちの顔を覗き込んでいる。


「んあ。カロリーナのばーちゃん、おはよーさん」


「おはよう」


「おはよー」


 カロリーナは三人の緩い雰囲気にほっと息を吐く。


「良かった。貴方たちがトロイメライに連れ去られたのかと思ったわ」


「カロリーナのばーちゃん、あのエルフのこと知っとんの?」


「昔精霊たちが教えてくれたのよ。人間を飼ってるエルフがいるって」


 カロリーナの生き甲斐は人助けだ。聞いた瞬間にトロイメライの下へ飛んで行ってもおかしくない。


「カロリーナ。また会ったね」


 黒兎たちの馬車と違い、帳がない馬車から寝巻き姿のトロイメライが出てくる。


「またって、最後に会ったのは四十年前よ? よく私のことがわかったわね」


「歳を重ねても骨格は変わらないだろう? 君がカロリーナなのはわかるよ」


 トロイメライはカロリーナをハグしようと両手を広げて近付いてくるが、カロリーナは右手を前に出してきっぱりと断る。トロイメライは残念そうな表情を浮かべて両手を下ろしたが、歩みを止めることはなかった。


「トロイメライ、貴方馬車の中にどれ程の人間を飼っているの? 見せなさい」


 密かにカロリーナの匂いを嗅ごうとしていたトロイメライは、子供を問い詰める親のようなカロリーナにたじろぐ。実年齢は大きく離れているが、トロイメライは大人しく「わかった」と告げて魔法で馬車の扉を開けた。


「君たちー、外に出ていいよー」


 黒兎、虎獅狼こじろう、カレンの三人で蹴散らした人間は約百人だ。恐る恐る外に出た彼らは黒兎たちを視界に入れて固まるが、寝起きの黒兎たちに敵意がないことに気付いてゆっくりと弛緩する。


「まぁ! こんなにたくさん! 貴方たち大丈夫? 何か嫌なことはされてない?」


 急いで近付いたカロリーナは、逞しい体の男にも人相が悪い女にも分け隔てなく接した。

 トロイメライも分け隔てないが、エルフと人間とでは受ける印象が大きく違う。この状況を不安に思っていた人間はすぐにカロリーナに心を開いたようだが、冒険者や盗賊が天職の人間はカロリーナを警戒していた。


「カロリーナはいい子だよね」


 黒兎よりもかなり歳上のカロリーナを、カロリーナよりもかなり歳上のトロイメライが子供扱いする。


「私の師匠に近付かないでぇ」


 馬車から出たカレンはトロイメライをぽこぽこと叩くが、トロイメライは気にせず黒兎に声を掛けた。


「呪いが解けるまであと二日だ。その間にコノエに魔法を教えるよ」


「え、なんでなん」


 トロイメライが右手を地面に向けると、地面に落ちていた黄色いレンガが浮く。それは、初めて会った時にも見せた魔法だった。


「コノエは風属性だろう? だからずっと気になっていたんだ」


「下手くそってことか」


 黒兎は魔法使いではない。トロイメライに魔法を教わらなくても生きていけるが、トロイメライが杖を振って何もない空間から取り出したのはシンプルな意匠の洋弓と弓矢だった。


「私の本職は射手だ。シルフに次ぐ風属性の力を持っているエルフと射手の相性は最高だからね」


 トロイメライは何かを企んでいるかのような笑みを浮かべる。


「風属性の君と狙撃手の可能性を見たいんだ」


 本当にろくでもないことを考えるエルフだ。風属性の魔法で持ち上げた黄色いレンガを壁に積む。それが弓矢や銃弾だったら、どこまで飛んで行くのだろう。


「交渉成立や」


 黒兎もその可能性が見たい。固い握手を交わすと「狡い! 私もコノエと手を繋ぐ!」とトロイメライと繋がっていない左手をカレンに繋がれた。


「ねぇ。ご飯食べたいんだけど」


 黒兎たちがご飯を各々食べることはない。虎獅狼だけではなくしょうゆとダチョウも仲良く並んでご飯を要求している。


「作るかぁ」


 その役割を持つのは黒兎だけではない。トロイメライも自分の馬車の中に入って食材と調理器具を持って出てくる。カロリーナはそれを眺め、「ちゃんと栄養を考えているのね」と驚いた。


「ニーギュたちには長生きしてほしいからね」


 トロイメライは五百年前から人間を愛している。メイオール王国の王と王妃も、他の人間も、看取らない彼女ではない。


「カロリーナも食べるかい?」


「いただくわ」


 カロリーナはトロイメライと旧知の中ではないが、トロイメライの人間に対する愛情は信じている。

 非人道的なエルフではないと知っているから、トロイメライに保護された人間が安心して食事ができるようにトロイメライの手料理を食べた。


「そういえば貴方、魔法ギルドから討伐依頼書を出されているわよ。黄色いレンガの窃盗罪で」


「私が悪いの?」


「悪いわアホ」


 トロイメライたちと共に食事をしていないが、会話は聞こえてくる。耐えられずにツッコむと、「そう言われても」とトロイメライは黄色いレンガの壁を見上げた。


「魔法ギルドが独占するのが悪い」


「黄色いレンガは公共の物よ」


「ニーギュ一人に一つ黄色いレンガがあればいいのに」


「それはそうやな。なんでないん?」


 一人一つで効果が発揮されるのかはわからないが、ないよりはマシだ。


「単純に凄く貴重だからよ。資源には限りがあるの。魔法ギルドがなんとか量産しようとしているけれど、それはフローラでもできなかったことだから難しいかもしれないわね」


「オズでも無理なん?」


 オズが大陸一の魔法使いだと言ったのは北の魔女のカロリーナだ。


「そうみたいね」


 オズは万能ではない。言葉を失った黒兎を虎獅狼とカレンが黙って見つめる。


 虎獅狼とカレンもオズに用があるが、一番オズに会いたがっているのが黒兎だ。虎獅狼もカレンもそうなったらいいと思っているだけで絶対ではない。もう一度だけ輝夜かぐやに会いたいと切望する黒兎が進む道を見失ったら、この旅は多分その場で終わるだろう。

 気付かない振りをしたが、トロイメライでさえメイオール王国の王女の呪いを解くことはできなかった。


「大丈夫」


 心配そうな表情を浮かべるカレンと違い、虎獅狼が根拠のないことを言う。


「会えるよ」


 そんなことをあの牢屋の中でも言っていた。

 今の虎獅狼には間違いなくあの時の虎獅狼の片鱗がある。記憶を失くして別人になったのではなく、あの時の虎獅狼のままなのだ。


「せやな」


 あの時も輝夜に会えた。オズ王国に辿り着いていない段階で絶望するのは早い。

 心配するだけだったカレンは黒兎の雰囲気が変わったことに気付いて黒兎と虎獅狼を交互に見つめた。人魚のカレンでも黒髪黒目がメルヒェン大陸では珍しいことを理解している。そのせいで二人はよく似ているように見えるが、正反対の内面が表情や雰囲気に表れていた。


「用が済んだら元に戻すよ」


 トロイメライは討伐依頼の話を聞いても動じない。優雅に食後の紅茶を飲んでいる。


「貴方これなんの為に持ってきたの?」


 罪を犯した理由を聞かずに相手を責めるカロリーナではない。四方八方を囲む黄色いレンガの壁を見上げて尋ねる。


「ニーギュを護る為に」


 本当は妖精だが、人間から亜人と呼ばれているトロイメライに魔獣を避ける黄色いレンガは必要なかった。

 トロイメライの言動からそういうことだろうと思っていたカロリーナはただただ溜息を吐く。責めるに責められない。トロイメライが護ろうとしている人間の数は小さな村の総人口に等しい。見たところ、既に幾つかのコミュニティができていた。


「さてと。コノエ、クドウ、エル・ドラドの見回りをしよう」


「私も行くぅ〜!」


 半泣き状態のカレンは再びトロイメライをぽこぽこと叩く。カレンは六人姉妹の末っ子だ。ここまで構われなかったことはないのだろう。


「カレンは俺らの大事な仲間や。これ以上仲間外れにしたら怒るで」


 黒兎の言うことならば聞くらしい。

 トロイメライは「わかった」と頷き、「で? 誰だっけ」と首を傾げた。


「カ! レ! ン!」


 トロイメライの長い耳を引っ張って叫ぶ。トロイメライは無表情のままびくっと両肩を無言で上げた。




 トロイメライはアレックスたちに黄色いレンガの中にいることを命じたが、飼い人と保護した人間を黄色いレンガの壁を使って分ける。

 保護した人間は不可解そうな表情をしているが、去勢されかけた黒兎は納得する。トロイメライはカロリーナに人間のことを任せて黒兎たちと共に外に出た。


 再び目の前に現れた茨の塊は、五百年前もの間眠っている王女を護っている。


「面白いよね」


 虎獅狼は何を思ったのか、茨の中の人骨を眺めてそう言った。


「趣味悪いわぁ」


「ひどぉい」


 しょうゆ、クラーケン、そしてついでにダチョウはカロリーナと共にいる。黒兎の胸ポケットに入っているハインツはわからないが、黒兎とカレンは虎獅狼を白い目で見た。


「いや違う違う、興味深いよねって。見てよあれ、王族に見えない?」


 虎獅狼が指差す先には、何百年経っても劣化しない服を纏った人骨がいる。近くに引っ掛かっている剣の装飾は美しく、一目で冒険者や盗賊ではないことがわかる。


「エル・ドラドにはこの大陸のありとあらゆる身分の男たちが挑んでいるからね」


 トロイメライの言う通り、着ていた服が劣化して消えた人骨も粗末な弓を持つ人骨もいる。


「黄金欲しいもんな」


 中に黄金がある茨に覆われただけのダンジョンと聞くと黒兎も挑戦したいと思う。


「いや、彼らが求めたのは世界で一番美しいと言われた王女だよ。いつの間にか嘘扱いされたけどね」


 五百年も生きる人間はいない。黄金の方が現実的だと思う気持ちはわかる。

 だが、王女の存在は嘘ではない。黒兎の目の前に聳え立つダンジョンには男のロマンが詰まっていた。


「これ燃やせないんですか?」


「私が王女を護る為に掛けた魔法だよ?」


 長い年月を掛けて魔法が綻びてしまっても、長寿のトロイメライならば再び魔法を掛けることができる。


「まぁもう突破されているけどね」


「あかんやんけ」


「だから言っただろう? ダンジョンだって」


 トロイメライは微笑んでいる。このダンジョンはトロイメライの罪によって生まれ、トロイメライへの罰によって成り立っていた。


 呪いが解ける日まで不滅が約束された茨の塊と、五百年間人間の手が入らなかった城の周辺。

 そんな光景によく似合うエルフのトロイメライは長い耳を動かし、カレンと共に北へと視線を向けた。


「誰か来る……!」


 カレンが指差す先へ目を凝らすと、地平線から人間が近付いてくるのが確認できる。無言でスコープを覗き込む、見覚えのある金青色の旗が風に靡いていた。


「あれは──」


 虎獅狼にも見えている。トロイメライも彼らの正体を知っている。



「──ウーリ(クソ野郎)やッ!」



 黒兎は慌ててスコープから目を離した。ウーリを見ていたら目が腐る、顔を歪めて肉眼でウーリとトレステイン王国の騎士たちを確認する。

 魔獣狩りを趣味とするウーリは、五百年前まで隣国だったメイオール王国を目を逸らさずに眺めていた。

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