第六話 『黄金郷メイオール』
出逢った馬車を蹴散らす度にトロイメライが動けなくなった人間を保護する。人攫いの片棒を担いでいるような気がしないでもないが、トロイメライの言う通り魔獣が湧く場所に放置する方が非人道的だ。この辺りの価値観が唯一信頼できるダビに任せて、黒兎は迷うことなく突き進んでいく。
滅んだ黄色いレンガの壁を見た辺りから、ハインツはこの場所が黄金郷だと言っていた。オークの並木道の時点で既に感動していたが、徐々に姿を見せる棘の生えた植物の塊には息を呑む。
「まさか……」
近付けば近付く程にその塊が山のようであることがわかる。ドナトリア王国の城は当然、トレステイン王国の城やマーヴァル王国の城よりも巨大な塊だ。
芸術作品のようだがトロイメライの言葉は忘れていない。棘の先に引っ掛かっているのは衣服の切れ端で、何十メートルも先まで続いている棘の途中には武器や人骨らしき骨が絡まっている。
「ここみたいだね」
「ねぇここちょっと怖いよぉ……」
想像していた黄金郷ではないが、想像していたダンジョンではある。人間の死臭を纏うこの場所に、夢も希望も黄金さえもない気がした。
周りに人間がいないからかトロイメライの馬車とダチョウが姿を現す。馬車から出てきたトロイメライは茨の塊に近付いて、指先でそっと棘に触れた。
「何してんねん!」
慌てるのは黒兎だけでトロイメライを心から信頼しているアレックスたちはトロイメライの身を案じない。
「あと三日か」
「何がや」
「呪いが解けるまでだよ」
トロイメライは淡々と告げる。
「呪いって……呪ったことあるの?!」
人間にとって──そしてカレンにとっても呪いは一大事だ。トロイメライはエルフだからか、いやトロイメライだからか不思議そうな表情をしている。
「トロイメライ様が人間を呪う訳ないだろう!」
「じゃあ誰の呪いなんですか?」
「私かな」
「お前やんけ」
感情というものがよくわかっていないのか、アレックスの想いを何も考えずに踏み躙るトロイメライだ。人間をどれ程こよなく愛していても簡単に呪うことができるなんて信じられない。
「人間ではないですよね? この茨にですよね?!」
アレックスはトロイメライのすべてを知っている訳ではない。
「人間だよ」
「多分何聞いても擁護でけへんからやめとけ」
アレックスや他の飼い人たちのその辺りの価値観は黒兎たちと大差ないらしい。微笑むトロイメライに唖然とする。
「ふむ……」
トロイメライはアレックスたちの反応もあってか顎に手を添えて考え込んだ。
「野宿が確定したし、少し昔話をしようか」
目的地はこの場所だ。進むことも戻ることもない三日をここで過ごす──ことができる食料は黒兎たちにはない。
「腹減るで」
「食料は全部彼らから貰った」
トロイメライは自分の馬車を指す。瞬間、飼い人たちが彼らの馬車を漁っていたことを思い出した。
「盗っ人や」
「食べ物を粗末にしてはいけないだろう。保護した馬の食料もないしね」
「ええ奴やな」
「絶対気のせいだよ!」
食べ物を大切にする者に悪い奴はいない。
深く頷く虎獅狼にもカレンはツッコむ。
「さぁ。座るんだ。私が昔話をするのは珍しいよ」
トロイメライは黄色いレンガで辺りを囲んだ。レンガを高く積めば積む程に不気味な茨の塊は見えなくなり、雰囲気が変わる。
「トロイメライ様の言う昔は古代になるのですが……」
「むっちゃ前やん」
トロイメライは余った黄色いレンガを積んで魔法で椅子に変身させる。それを全員分作って腰掛けることを勧め、語り始めた。
*
昔々、メイオール王国の王と王妃の間に綺麗な王女が生まれたんだ。
二人はその誕生を祝う為のパーティーを開き、北西に住む妖精の代表者を全員招いた。招かれた妖精たちは嬉しくて、生まれた王女に魔法で贈り物をすることにしたんだ。妖精を呼んだんだから王と王妃はそれが目当てだったんだろうね。
ほんの少しだけ贈り物を貰うつもりだったんだろうけど、王女があまりにも綺麗だったから全員がたくさんの贈り物をしたんだ。
「本当に綺麗……! この子が世界で一番美しい女性になりますように!」
リャナンシーの代表者は見た目の美しさを。
「でも心も美しくなかったら意味ないよ。心も美しい女性になりますように」
デュラハンの代表者は心の美しさを。
「王女様ならダンスも上手くなくちゃ! ダンスが上手な女性になりますように!」
フェアリーの代表者は踊りの美しさを。
「歌が下手だったら台無しだよ。歌が上手な女性になりますように」
メロウの代表者は歌の美しさを。
「じゃあ楽器も演奏できるようにしよう。どんな楽器も演奏できる女性になりますように」
レプラコーンの代表者は演奏の美しさを。
「あとは言葉だニャ! すべての動物と会話ができる女になるニャ!」
ケット・シーの代表者はすべての動物と友好関係を築ける力を授ける。
その直後に北西の──現代でいう呪いの魔女がやって来たんだ。
「この赤ん坊は生まれながらにすべてを持っている! そんなことが許されていい訳がない! 私たちが馬鹿みたいじゃないかッ!」
そんなことを言っていたかな。
「この赤ん坊は十七歳の誕生日に死ぬ!」
死の呪いを掛けて逃げたんだ。
「いやぁぁあぁっ!」
「何故この子が死ななければならないんだ!」
うん、酷いよね。王も王妃も泣いて大変だったよ。
「でも十七年は生きられるわ」
「十七年は短過ぎるよ」
「ニャニャ? なんで今殺さなかったんだニャ?」
「今死ぬよりも死ぬ日が決まっている方が恐ろしいだろう。人間とはそういうものだ」
「成程、それは可哀想だね」
「なんとかしてあげたいけれど……。なんとかならないかい?」
デュラハンでもどうすることもできないらしくて、皆がエルフの代表者の私を頼ったんだ。
「わかった。やってみよう」
集まった妖精の中で誰よりも魔力があって、唯一まだ贈り物をしていなかったからね。
「呪いを消せるのか?!」
「それは私でも無理だよ。私にできるのは呪いの内容を変えることくらいだ」
そう。呪ったのは北西の魔女だけど、呪われた直後ならまだ呪いが体に馴染んでいないからね。死と同義の何かにならば変えられるんだ。
「何に変えられるんだ……?」
「死、だからね。それと同等だと睡眠しかないかな」
「ならお願い、そうして! 死なないならばなんでもいいから……!」
「わかった。王女は十七歳の誕生日に死ぬのではなく、五百年の眠りにつく」
私の魔法は上手くいったよ。けど、人間の寿命が短いことを忘れていてね。
「五百年?!」
「何故そんなに長いんだ! もっと短くしてくれ!」
「ごめん、もう変えられないんだ」
王と王妃から怒られたけれど、変えられないなら諦めるしかないからね。
「五百年間、姫が安全な場所で眠れるようにしてくれ」
「わかった。誰も近付けさせないようにしよう」
眠る王女を護る為に、王女が眠りについた時から目覚める時まで城を茨で覆うことにしたんだ。
そうしたらまた怒られたけれど、変えられないなら諦めるしかないからね。
王と王妃は王女が目覚めた時に困らないように大陸中から黄金を集め、王女の十七歳の誕生日に国民と共に国を捨てて黄金郷メイオールは滅んだんだ。
そう。あと三日でその王女が目覚めるんだよ。私は王と王妃から王女のことを頼まれているからね。ちゃんと五百年後にこの場所に来れるように毎日毎日数えていたんだ。
約束を守れて偉いでしょう?
*
トロイメライは誇らしそうな表情で、飼い人たちに頭を傾ける。すぐさまアレックスがトロイメライの頭を撫でて、「偉いです! 素晴らしいです! 誤解して大変申し訳ございませんでした!」とトロイメライを甘やかした。
「いや国滅んどるやんけ!」
「そうだね」
トロイメライは誇らしそうな表情を崩さないまま頷く。何故そんな表情ができるのだろう。やったことの善悪を天秤に掛けたら若干悪に傾いているような気がするが。
「黄金集めには私も関わっていてね。王と王妃のおかげで私はニーギュが大好きになったんだ」
「王と王妃は多分エルフが苦手やで」
ハインツが関わりたくないと言う理由がよく理解できる。
「というかトロイメライさん長生きなんですね。いくつなんですか?」
「そんなの覚えてないよ」
少なくとも五百年以上は生きている。長寿の生物に存在を知られて悪用されたら、ハインツの苦しみは無限に続くだろう。
「ということで。ご飯にしようか」
トロイメライは馬車に戻っていく。
「俺らも作るかぁ」
呟くと、ダチョウが黒兎たちの馬車に近付いてきた。
「なんで毎回毎回こっちやねん」
黒兎たちの傍にダチョウがいる光景を視界に入れる度に不満そうな表情をするダビに気付いていないらしい。ダチョウは何も言わないまま干し肉をしまっている場所へと視線を移す。
「王女がいたら何を考えているのかわかるのかもね」
虎獅狼がダチョウの体に触れると、ダチョウは体を捻って虎獅狼を避けた。
「私クラーケンの言葉ならわかるよ!」
カレンは王女に対抗心を燃やしているのか胸を張る。
「なんて言ってんねん」
「王女に魔法を掛けた人魚のことを知ってるって」
「クラーケンも長生きなんだね」
「ちょお待って! クラーケンってマジのクラーケンなん?!」
五百年も生きるタコなんて聞いたことがない。クラーケンはうねうねと腕を動かしていた。
「まじのクラーケンって何?」
人魚のカレンは人間が付けた魔獣の名前を知らない。
「あ。クラーケンは八百年くらい生きてるって!」
「マジのクラーケンや……!」
しょうゆとクラーケンは馬とタコではなく馬とクラーケンのコンビらしい。そこに今何故かダチョウが加わっている。
「王女に会ってみたいね」
「それはせやな」
黄金郷に来てから複数の冒険者パーティや盗賊を蹴散らしたが、どこにも馬以外の動物はいなかった。
ダチョウを飼うつもりはないが、餌を与えている時点で飼っていることと大差ない。ダチョウがついて来る理由は干し肉なのだろうか。
「お前、これなくなったらどないするん?」
干し肉を食べるダチョウの瞳が黒兎を映す。その瞳は何を伝えようとしているのだろう。




