第八話 『最古のダンジョン』
ウーリには会いたくないがメイオール王国に来た理由は気になる。虎獅狼を引っ張って茨の陰に隠れウーリの様子を窺うと、トロイメライが「会いたくないの?」と首を傾げた。
「絶対嫌や」
「なんで?」
カレンは黒兎とウーリの間に何があったのかを知らない。
「近衛、あの人に討伐依頼書出されたんだよ」
「言わんでええ」
虎獅狼を止めるがもう遅い。カレンは「へぇ〜」とヴィガやヒルデと幼馴染みと知らずにウーリを眺めた。
ウーリは二十人程の騎士たちを連れて茨の城の北側へと馬を走らせる。それを見たトロイメライは「あ」と声を出した。
「ダンジョンの入口あそこなんだよね」
「何しに行くんやあいつ!」
黒兎は茨の陰から飛び出して黒兎と虎獅狼を手招きするトロイメライの傍を駆け抜ける。ダンジョンの入口へと向かったであろうウーリの奇行をよく知る人物は、ウーリの元騎士であるカラマ、タラ、ローラを含めたドナトリア王国の騎士たちだった。
「カラマのねーちゃんたちに話聞いといて」
胸ポケットから密かに姿を出していたハインツに小声で話し掛けて、茨に沿って曲がっていく。しばらく走ると、茨の一部に騎乗した騎士が辛うじて入れる穴が空いていた。
土属性の魔法を使ったのか地面が深く抉れている。その力で茨の根を切断し、風属性や水属性の魔法を使って切ったと思われる茨の断面を火属性の魔法を使って焼いて二度と伸びないように工夫されていた。
「仕方ない。中に入ろうか」
カレンを抱えて黒兎と虎獅狼に追い付いたトロイメライは、やれやれと言いそうな表情をしている。カレンはまさか運んでくれると思っていなかったのか驚いた表情で硬直していた。
トロイメライはカレンを下ろして杖を取り出し、先端を光らせて前に出す。太陽は昇っているが、茨の中には暗闇が広がっていた。
「あ、ありがとう……それなんの魔法なの?」
カレンはトロイメライに礼を言って杖の先をまじまじと見つめる。
魔法が使える人魚はほとんどいないが、陸の亜人のほとんどは魔法が使える。トロイメライはカレンの師匠ではなくてもカロリーナよりも近い存在だった。
「光属性の一番簡単な魔法だよ」
カレンをいない者として扱っていたトロイメライが嘘のようにトロイメライはあっさりと答える。カレンも杖を持ってトロイメライの真似をしようとするが、上手くいかなかった。
杖を持つトロイメライを先頭に、トロイメライを観察するカレン、茨を観察する虎獅狼、殿を務める黒兎が続いていく。
虎獅狼は茨に触りたいらしく手を伸ばしているが、指先が茨に触れることはなかった。頭では触れてはならないとわかっているようだ。
虎獅狼が触ろうとしている断面は焼かれているせいで黒く焦げている。奥へ行けば行く程に最近焼かれたようだった。
「着いた。全員気を付けてね」
トロイメライの小さな光がなければ茨の中は何も見えない。当然、辿り着いた城の外壁も隅々までは見えなかった。
「気を付けるって?」
「何をや」
カレンと黒兎はトロイメライから顔を出して正面を確認する。目の前には魔法で破壊されたような石造りの壁があり、中に入るとそこは廊下だった。
周りがよく見えるのは天井の至る所に吊るされた火の付いたランプのおかげだ。光を消したトロイメライは自身の長い耳に触れると、カレンも自身の耳に触れる。
「また誰か来る!」
瞬間、黒兎の首に腕を回して「行って!」と叫んだ。
「行くで工藤!」
何が起こるのかはわからないが嫌な予感がする。
違うことに気を取られやすい虎獅狼だが反射神経だけは良い。同時にカレンが指した右側へと駆け出すと、黒兎と虎獅狼の耳にも複数の小さな足音が聞こえてきた。
「んなっ」
前方の安全を確認して振り返ると、黒兎の半分程しかない小さな醜い人間が棍棒を持って走っている。身長差のおかげで簡単に追い付かれることはないだろうがその光景は恐怖でしかない。
「なんやあれぇ!」
魔獣のことはわからないが敵意を向けられていることはわかる。彼らに捕まれば命はない。
「ゴブリンだ」
そんなことはトロイメライもわかっているはずだが、いつもと変わらない声色でそう答えた。
「聞いてへん! あんなのがおるなんて聞いてへん!」
「だから言っただろう? ダンジョンだって」
トロイメライは肝心なことは何も言わない。非戦闘員だからとアレックスたち全員を置いてきたのは失敗だった。
「中に入れるようになってからあぁいうのが住み着いてしまってね。仕方ないから──」
曲がり角を曲がった瞬間に足が浮く。
「──迷宮化することにしたんだ」
心臓が止まったのは一瞬だった。四人は足元から真下に向かって落ちていく。
「何してんねぇぇえぇん!!!!」
抵抗するが重力には逆らえない。
「いやぁぁあぁ!!!!」
海の中で生きていたカレンには落ちるという感覚がわからない。強制的に体験させられた未知の恐怖を黒兎の耳元で叫んでいる。
「大丈夫」
杖を使わず真下から風を起こしたトロイメライに命を救われたが、床に着地した瞬間に黒兎はトロイメライの胸倉を掴んだ。
「次ふざけたことしたらしばくで」
「ほんと最低! バカバカバカ!」
性別が女で華奢な体格でも関係ない。カレンは既にトロイメライをぽこぽこと叩いている。
トロイメライはそんな二人に詰められて「わかった」と頷くが、その表情は何が悪かったのかまったく理解していない表情だった。
「ここどこなんですか?」
虎獅狼はトロイメライに何をされてもあまり気にしないのか、一人だけ辺りを見回している。
「地下牢かな」
「ほんまアホちゃう?」
広過ぎる地下牢は一階と比べてあまりランプがないこともあるが、太い石造りの柱が幾つも立っていて単純に周りが見え難い。牢と判断できる柵は近くにはなく、出口がどこにあるのかまったくわからない。
「誰だ」
嗄れた男の声に驚いたのは黒兎だけではなかった。虎獅狼とカレンも目を丸くして柱の背後に誰かがいることを認識する。
「初めまして、私はトロイメライ。旅人をしている」
気配を殺していた男に躊躇なく名乗ったのはトロイメライだ。やはり人間と対等だと思っていないからそういう態度になるのだろう。
「トロイメライ? あんた変わった名前だな」
「エルフだからね」
「なんだって?! ならこっちに来て姿を見せてくれ!」
エルフと聞いた瞬間草臥れたような男の雰囲気が陽気なものに変わる。一人で行こうとするトロイメライを止めて共に向かうと、男が一人柱にもたれ掛かっていた。
「うぉー! エルフじゃねぇか!」
男は興奮を抑えられない。ボロボロの衣服を身に纏う髭面の中年の男は、声量に対して違和感のあるゆっくりとした動きで立ち上がった。
「おっちゃん大丈夫か!」
育った場所は禁所だが、共に過ごした時間が長いのは同年代の子供たちではなく月光国の軍人たちだ。中年の男に対する警戒心だけが欠如している黒兎は男にすぐさま肩を貸す。
「いい奴だなお前」
「当たり前のことやろ。そんなことよりおっちゃん一人なん?」
一人でダンジョンに挑む馬鹿はいない。ここに来るまで幾つものパーティを壊滅に追い込んだ黒兎にはそれがわかる。
「いや、向こうにいる」
黒兎は男を男が指す場所へと連れて行く。しばらく歩くと、十人程の男女が柵の前に座っていた。
「若い奴らか」
中年の女が口角を上げるが、その表情は疲れ切った表情だ。
「おいお前ら、元気ならこの柵ぶっ壊して……」
「見ろよ、エルフだエルフ」
「うぉー! エルフだ!」
エルフの存在に疲れを吹き飛ばす効果があるのだろうか。性別関係なく全員がよろよろと立ち上がる。
「おっちゃんもおばちゃんも大丈夫なん?!」
「水飲みます?」
虎獅狼がカレンを一瞥すると、カレンは一瞬で水玉を出した。彼らは喜んでそれを口にするが、「頼む、もっとくれ」とカレンに強請る。カレンは彼らが満足するまで流れる水を出し続けた。
「た、助かった……」
全員少し若返ったように見える。それ程長い間地下牢に閉じ込められていたようだ。
「後はご飯かな?」
「あるのか?!」
「いや、ないよ」
食料があるのはダンジョンの外だ。それを聞いた男女は急に老けたように見える。黒兎は余計なことを言ったトロイメライを小突いたが、トロイメライは地下牢の柵を素手で破壊した。
「よし。出よう」
「嘘やん!」
トロイメライは射手兼魔女だ。格闘家ではない。このダンジョンを作った本人が魔法ではなく素手で対抗したことにも驚きを隠せなかった。
「スペック意味わからんやろ……」
「コノエ! 私もできる! 見て!」
既に脱出できるが、トロイメライに張り合うカレンが黒兎を先には行かせない。カレンは立ち止まった黒兎と虎獅狼の目の前で同じく柵を素手で破壊した。
「魔獣って怖いなぁ」
見るのは二度目のせいで驚きはない。カレンもできるならば黒兎が抱く感想はそれだ。ゴブリンから逃げたのは間違いではなかったと思える。
「人魚だよ!」
「ん? 姉ちゃん人魚なのか?!」
「違います!」
カレンは全力で首を横に振る。
「だよな。鰭ないし」
「なら人魚じゃないか」
カレンが首を振る様はいつかのカレンを見ているようだ。黒兎の予想通りカレンはそれはそれで微妙そうな表情をする。黒兎はそんなカレンの首根っこを掴んで地下牢から出した。
「おっちゃんたち、いつからあそこおったん?」
「三日前だ。助かったよ、お前たちが落ちてきてくれて」
落ちてきたのではなく落とされたのだが、その辺りを根掘り葉掘り聞かれても困る。黒兎はそういうことにして「おっちゃんたちははよ外に出た方がええ」と話題を逸らした。
外に出れば北の魔女のカロリーナがいる。カロリーナならば絶対になんとかしてくれるだろう。
「お前たちもそうした方がいい」
「上にはもっと厄介な奴がいるぞ」
「厄介?」
黒兎たちはドナトリア王国からメイオール王国に来るまでの間数々の厄介な人間に遭遇している。今更たいした厄介では驚かない。
「クラウジーニョパーティだ」
「知らんわ」
「知らねぇのか?! 冒険者なら討伐依頼書絶対見るだろ?!」
冒険者ではないがその辺りを根掘り葉掘り聞かれても困る。彼らはじっと黒兎を見つめ、「あぁ、《黒の迷い子》か」と納得した。
納得してくれたのは有り難いが、それはそれで微妙な気持ちになる。
「クラウジーニョのパーティはダンジョンの財宝を根こそぎ奪うパーティだ」
「あの茨の道を開けたのもクラウジーニョパーティらしい」
「黄金狙いなら諦めな。少なくともうちはあいつらに勝てるパーティじゃない」
「なんなんそれ! 俺は絶対諦めへんぞ!」
元はと言えば黒兎が黄金郷の黄金に食い付いたのが始まりだ。
「諦めなよ」
「そんなに欲しいのぉ?」
虎獅狼とカレンは何故か黄金に興味がない。
「あの黄金はすべて王女のものだよ」
トロイメライでさえ黒兎にツッコむが、黄金郷のロマンに密かに惹かれていたのが黒兎だった。
「せやけどそのク……なんとかのパーティが黄金狙うてるんやん? ならしばきに行かな! クソ野郎もまだおるし!」
「うん。それはそうだ」
トロイメライは微笑む。トロイメライ自身気付かなかったが、思わずそうなってしまう程に黒兎を面白い男だと思っているようだ。
階段を上って一階に辿り着くと、一匹の黒猫が座っている。まるで黒兎たちが来るのをわかっていたようだ。
「やぁ」
トロイメライは微笑みを崩さないまま二足で立ち上がった猫に声を掛ける。
「何してるんだニャ」
人語を喋る猫は、トロイメライに呆れていた。




