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第十二話 『魔人ダーⅢ』

 シンデリカ王国の舞踏会は、実は数日に掛けて行われる予定だったらしい。

 昨日の事件が原因で今日の舞踏会が中止となったことにより、現在舞踏会に訪れたのはラトゥール領の女たちのみ。つまり、ジュリアンがガラスの靴を履かせようとしているのはラトゥール領の女たちのみ。


 魔法によって複製されたガラスの靴はあっという間に広場に運ばれ、運んできた騎士たちが何も言わなくても、女たちは集まって我先にとガラスの靴を履こうとする。


「該当者なし、なぁ」


 城に戻った黒兎くろとは、悔しそうな表情を浮かべるジュリアンになんと言えば良いのかわからなかった。

 ガラスの靴の持ち主は、間違いなくフローラである。そして、ラトゥール公爵の屋敷にいるフローラは多分、ガラスの靴を履かされていない。


「ほんまに全員に履かせたんか?」


 黒兎はとりあえずそう言って、ジュリアンがフローラの存在に気付いているのかを探った。


 だが、あの広場にいたカレンとリサはガラスの靴を履く為の列に並ばなかったが、何故かそれを見逃さなかった騎士たちはカレンとリサにも履かせている。そして、カレンとリサはガラスの靴を履くことができたが、親指の位置が合わないだの幅が合わないだのと言われて該当者にはならなかった。


「履かせている……と信じている」


「あかんやんか」


 メルヒェン大陸には戸籍やそれに似たような物がないのだろう。あればジュリアンは既にフローラがラトゥール公爵家の人間であることを知っているはずだ。


「クロトの言う通りだが、履いた者には魔法で印を付けている。履いていない者がいたらすぐにわかるのは確かだ」


「あぁ〜、これね。やっぱり取らない方がいいんだ」


 そう言ってカレンは右手首を擦る。リサも右手首に視線を向けるが、何か印が付いているようには見えない。


「そうしてくれ」


 ジュリアンは頷いて、「ところで」と再び訝しそうな表情を見せた。


「クロトの後ろにいるのは誰だ。昨日はいなかっただろう」


「あぁ、こいつな」


 黒兎が体を横にずらすと、城まで付いてきたアラジンが姿を現す。アラジンは「どーもー」と片手を上げて笑顔を見せた。


「俺の名はアラジン! カミーラの婚約者だ、よろしくなージュリアン」


「は? カミーラの?」


「行くとこないっちゅーから連れてきたんや」


 黒兎は広場に行く前に元々借りていた宿を引き払って、しょうゆとクラーケンとサラ、そしてアレクサンダーとポーリーヌを回収している。アラジンはジュリアンの幼馴染みであるカミーラの名前を出せばなんとかなると思っているらしく、オラティオに紛れて付いてきたのだが──


「カミーラが結婚する訳ないだろう」


 ──ジュリアンはアラジンの自己紹介によってますます警戒心を顕にした。


「するんだよ! カミーラは俺にベタ惚れだからなー」


「それは本当ダァー」


「信じられないな。あのカミーラだぞ?」


「そりゃあ惚れた男とどーでもいい男の前じゃあ態度は違うだろ」


「カミーラは貴方みたいな軽薄な男に惚れるような女じゃない」


「カミーラは意外と乙女なんだよなー」


「それも本当ダァー」


「疑うならジンニーヤに聞いてみろよー」


 アラジンがジンニーヤの名前を出すと、ジュリアンがぴくりと片眉を上げる。


「ほーら、早くしろよー」


「……いや、いい。ジンニーヤを知っているならカミーラと親しいのは事実のようだからな」


 アラジンとジュリアンの口振り、そしてジンニーヤという名前から察するにジンニーヤは元指輪の魔人のことだろう。

 アラジンが城に泊まりたいと申し出ると、ジュリアンはあっさりと了承する。そして、ノック音が黒兎たちがいる応接室に響いた。


「入れ」


 ジュリアンが促すと一人の騎士が入室する。中年の男だが、その体格は充分に鍛えられており表情は凛々しい。


「殿下、お話はお済みでいらっしゃいますか」


「……あぁ、そうだな」


「部外者の方、ではありませんね」


 騎士は黒兎と虎獅狼こじろう、そしてダーさんの顔を確認する。次に確認したのはカレンとリサの右手首で、シルヴァンとアラジンに目を留めた。


「あぁ。問題ない」


 騎士はジュリアンの返事を待って話を続ける。


「ガラスの靴の件ですが、ただいまよりラトゥール領にいる履いていない女性の調査を行います」


「どれくらい掛かる」


「夜が明ける前には、必ず」


「わかった、頼ん……」


「ちょっ、ちょっと待つダァー!」


 ジュリアンを止めたのは、意外なことにダーさんだった。黒兎は遅れて、ガラスの靴を履いていない──黒兎の胸ポケットの中にいるエレンに気付く。

 ジュリアンならばエレンが犯人ではないことはわかってくれそうだが、そう思うならばさっさとエレンの存在を明かした方がいい。黒兎が渋々胸ポケットへ手を伸ばすと、ダーさんが応接室から出ていってすぐに誰かが入ってきた。


 黒い髪に黒い瞳。もしその人物が《黒の迷い子》だったら日に焼けた肌の色をしていると思うが、応接室に入ってきたのは凹凸がはっきりとした体を持つ綺麗な女だ。


 月光げっこう人ではなくアラジンと同じ民族のように見える女は、上げた足の爪先をジュリアンに向けてこう叫ぶ。


「私がまだ履いてないダァー!」


 アラジンが鼻の下を伸ばしたのは一瞬だった。

 その声でさえ綺麗な女の声だが、口調があまりにも黒兎たちがよく知る人物と一致している。


「ラトゥール殿、靴を」


「用意致します」


 ラトゥールと呼ばれた騎士は、杖を振って手元にガラスの靴を出現させた。片足で立っていた女はそれを奪い取り、あっという間に両方履いてジュリアンに見せる。


「見るダァー! ちゃんと履けたダァー!」


「……ラトゥール殿、これは」


 ジュリアンは一応腰を下ろして確認したが、朝から晩までラトゥール領中の女にガラスの靴を履かせた者の一人がラトゥールと呼ばれた騎士だ。

 ラトゥールと呼ばれた騎士も腰を下ろして確認し、「一致しています」とジュリアンに告げる。


「な、何してんねん」


 黒兎だけではなく、あの虎獅狼とアラジンも驚きを隠すことができなかった。だが、ダーさんは意味もなくこんなことをする狂人ではない。多分エレンの為にやったのだろう。

 瞬間、ダーさんの長い腕が伸びて黒兎の上半身を抱き寄せた。


「フローラと話をするダァー……!」


 小声で告げられたのはエレンのことではない。黒兎が視線で問うと、ダーさんは綺麗な女の顔で涙を流した。


「フローラには絶対に何か事情があるダァー……! このまま捕まるのは可哀想ダァー……! ダーは……ダーは……フローラがなんでこんなことをしたのか知りたいんダァー……!」


 そう思っているのは黒兎だけではなかった。そして、ダーさんがフローラを可哀想だと言ったのは、これが初めてではない。


 フローラ・ラトゥールはサンドラ・デスメットにドレスを破かれている。


 フローラが薬師だと言うのなら、フローラに対してあれ程支配的なサンドラはなんなのか。


「牢屋に来てもらおう」


 ラトゥールと呼ばれた騎士は、黒兎からダーさんを引き剥がしてダーさんの両腕を拘束する。

 魔法を学んだ騎士や王太子殿下を騙せる程の魔法が使える元ランプの魔人のダーさんは、今は誰もが認める立派な戦士だ。乱暴な扱いをされても大丈夫だと信じているが、ダーさんを乱暴に扱うのは許せない。


「抵抗してへんやろ! 丁寧にな!」


 ダーさんを連れて行くラトゥールと呼ばれた騎士の背中に向かって叫ぶと、黒兎はすぐにジュリアンに詰め寄った。


「誰なんあのおっちゃん!」


 ラトゥール公爵家はフローラの家であり、サンドラの家でもある。無関係だとは言わせない。


「え? あぁ、彼はラトゥール家の当主だ」


「サンドラのおばちゃんの旦那やな?!」


「サンドラ?」


「サンディ嬢は未亡人だ」


 そう答えたのはハインツだった。

 そう言えば、確かにハインツは最初にそう言っている。そして、ジュリアンはサンドラのこともジゼルとロザリーのことも知らない。


「サンディ嬢はモギー坊の兄の後妻。モギー坊はラトゥール家の当主だったサンディ嬢の旦那亡き後に家督を継いだ、フロー嬢の叔父だ」


「フロー……?」


 だが、その名前は知っている。


「フローリーのことや! 多分! 行くでお前ら!」


 黒兎はなんとか誤魔化して、応接室を後にした。ダーさんを助ける為に、一刻も早くフローラとその周辺からすべてを聞き出さなければならない。


「待てクロト! 行くってどこに行くんだ?!」


「部屋や! 寝る!」


 追い掛けてきたジュリアンに話せることは一つもなかった。

 フローラの叔父が地位のある騎士ならば、そして彼がすべてを知っているならば、シンデリカ王国の騎士団を信用することはできなかった。

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