第十一話 『魔人ダーⅡ』
少し前、ある村にとても貧しい若者がいました。
若者が《黒の迷い子》と偽って人々から施しを受けていたある日、若者の下にとある魔法使いが訪ねてきました。
魔法使いは若者に魔法の指輪を贈り、とある洞窟に連れて行ってこう言いました。
「洞窟の中にあるランプを取ってこい」
若者は魔法使いの言うことを聞いて洞窟の中に入りましたが、ランプを手にした途端、洞窟に掛けられていた魔法によって洞窟の中に閉じ込められてしまいました。
困り果てた若者が指輪を擦ると、指輪の中から魔人が現れてこう言いました。
「貴方の願いをなんでも叶えるだぁ〜」
そういう訳で、若者は指輪の魔人の力を借りて洞窟から脱出しました。
そうして家に帰った若者は、魔法使いがランプを欲しがった理由を考え、指輪と同じようにランプを擦ってみました。すると、ランプの中から魔人が現れてこう言いました。
「オンダーの願いをなんでも叶えるダァー」
若者はランプの魔人の力で大金持ちになりましたが、一生大金持ちでいたいと思ったので、王女様と結婚することにしました。
色々あって若者は無事に王女様に求婚を受け入れてもらいましたが、その時、急に大金持ちとなった若者の噂を聞いて魔法使いが戻ってきました。
魔法使いは王女様を騙してランプを奪い、ランプの魔人に頼んで城を城にいる人間ごとドナトリア王国の奥地に飛ばしましたが、ちょうど出掛けていた若者だけは無事でした。若者は指輪の魔人の力を借りて王女様たちを助け、城を元の場所に戻し、どの魔人の力を借りることなく魔法使いを倒しました。
若者は自分を二度助けてくれた指輪の魔人とランプの魔人に感謝して、三つしか若者の願いを叶えることができない二人に、三つ目の願いとして指輪の魔人の指輪からの解放とランプの魔人のランプからの解放を願いました。
そういう訳で、自由になった指輪の魔人は王女様の傍付きの魔女となり、ランプの魔人は世界中を旅する為に若者の下から去りました。
*
「アラビアンナイトは危険な薬物ダァー! なんとかって一体どうするんダァー!?」
アラジンとの出逢いと別れを早口で話したダーさんは、アラジンに顔を近付ける。何度も何度も守って何度も何度も死線を潜り抜けてきた仲間が再び危険に立ち向かおうとしているのだ。慌てるのも無理はない。
「ソルバーク王国に流通しないようにすればいいんだろうけどさぁ、根本を叩かねぇとどーせまた入ってくるだろ? もうカミーラを泣かせたくねぇし、だったら売人をとっ捕まえて生産国を聞いて、ぶっ潰せそうならぶっ潰そうかなーって」
「軽いな」
そんなに簡単にアラビアンナイトの生産を止めることができるならば、シンデリカ王国の騎士団が既にそうしているだろう。
「はははっ、だってジンと合流できたんだぜ? やっぱ俺って超運がいいっつーか? 俺たちが力を合わせたら今回だってなんとかなるだろー! なーっ?」
呑気なアラジンに対して黒兎は思い切り顔を顰めた。アラジンとダーさんが共にいたら無敵なのかもしれないが、それは過去の話だ。今の話ではない。
「するかアホぉ! なっ? なっ?」
今のダーさんはオラティオのダーさんだ。今はアブラハムの顔を立ててシンデリカ王国に滞在しているが、黒兎はもう寄り道しないと決めている。今日は準備に費やして明日にでも出立したいくらいなのに。
「協力するダァー!」
「なんでやねぇん!」
やはりダーさんは、黒兎の予想通りお人好しなダーさんのままだった。
「アラビアンナイトはこの世にない方がいいダァー! みんなの為ならダーは頑張るダァー! それとアラジン、ダーはダーダァー! ジンじゃないダァー!」
黒兎は勢いよくテーブルに突っ伏す。何故こうなったのだろう。舞踏会は関係ないのかもしれないが、今回もやはりろくでもない結果になった。
「あー、悪い悪い! ダーな! 覚えた覚えた!」
「勿論、私も協力するよ!」
カレンはぴんと腕を伸ばしてアラジンに申し出る。
「私もよ。困っている人がいるならば放っておけないもの」
カレンと同じくお人好しのリサはアラジンに微笑む。
「はぁ?! お前ら正気かよ!」
ランプの魔人ではないダーさんには興味がないシルヴァンは相変わらずだったが、虎獅狼は「面白そうだね」と珍しく興味を示した。
「どこがやねん」
「危険な薬物だよ? 気になるじゃん」
いや、虎獅狼も相変わらずのようだ。黒兎は溜息を吐いて「やるなら一日で潰すで」とハインツを見下ろした。
「はぁ? バカだなぁ、そんなに簡単に潰れる訳ないだろー」
「お前にだけは言われたないわ」
オラティオには奥の手がある。何も持たずにシンデリカ王国に訪れたアラジンとは違うのだ。
「ダァー。確かにダーたちにはハインツがいるダァー」
ダーさんも黒兎の視線に気が付く。アラジンは不思議そうな表情を見せた。
「ハインツ?」
「鏡の魔人ダァー」
「ダー坊、残念だが私は魔人ではない」
「おっ! 喋った! って、えー?! 何、君! すっげー可愛い!」
アラジンはハインツに隠れていたエレンを見付けて瞳を輝かせる。
「えっ、ちょっ、ちょっと!」
エレンを丁寧に掴んで掌に乗せたその姿はいつかのダーさんのようだ。
シルヴァンが喋っても驚かず、ハインツが喋っても気にせず、エレンをその辺りにいる女のように扱う。アラジンはまるで、誰からも呪われていないオラティオの一員のようだった。
「ハインツ、アラビアンナイトの製作者はフローラやな?」
エレンにはラウという保護者がいる。ラウから髪を毟られるアラジンを無視して尋ねると、「そうだ」とハインツは肯定した。
「そんな人には見えなかったけど……」
「そうね。本人に直接聞くまでは、と思うけれど」
カレンは視線を伏せるが、リサは空高く飛ぶ鳥を見上げる。リサの言い方を考えると、ハインツと同じようにすべてを知る鳥たちもハインツの言うことを肯定しているようだ。
「とっ捕まえるか」
「本当にそれだけ?」
瞬間、黒兎と虎獅狼が同時に言葉を発する。
「それだけってなんだよ。フローラがクソ女ってことでいいんだろ?」
「俺はおかしいって思うよ。ねぇダーさん、アラビアンナイトってソルバーク王国でどれくらい流通してた?」
ラウを宥めていたダーさんは、動きを止めて自分がいた頃のソルバーク王国を思い返した。
「ダー……貧しい人たちや盗賊たちはみんな使ってたダァー……」
「それって結構な量だよね。その上、この国でも王族が見過ごせないくらいに流通している。でも、フローラさんは魔法が使えない」
昨日の出来事はまだ覚えているのだろう。黒兎も昨日のフローラの様子を思い返す。
そうだ。フローラは、一人で泣いていた。
王族や貴族ならば誰もが魔法を使える世界で、ドレスを治すことも舞踏会に行くこともできずに泣いていた。フローラは公爵令嬢のはずなのに、カロリーナに自らを呪うように訴えるくらい無力だったのだ。
「いるんでしょ? 協力者」
虎獅狼はハインツに問う。
「協力者という言葉は不適切だな」
ハインツは淡々と述べる。
「主犯格、元締め、売人──フロー嬢は数多くの薬物をこの世に生み出したただの薬師だ」
その肩書も、公爵令嬢のものとは思えなかった。
「いってぇ〜燕ってこぇ〜」
アラジンはハインツの話をほとんど聞いていない。黒兎は盛大に溜息を吐き、ダーさんに視線で訴えた。
「アラジン、ちゃんとするダァー! みんなアラジンに協力してるダァー!」
「ぐぇっ。悪い悪い、フローラのことをとっ捕まえればいいんだろ?」
「ちゃんと聞くダァー!」
「フローラを捕まえても意味ないっちゅーことやな」
大量生産されているということは、アラビアンナイトはフローラの手からほとんど離れているのだろう。
主犯格、元締め、売人──本気を出すならばここを叩かなければ意味がない。問題は、それが誰かということだった。
「大変だーッ!」
瞬間、広場に男の声が響き渡る。
「ジュリアン殿下が! 殿下が用意したガラスの靴が履ける女と結婚するって!」
「はぁ〜?」
こんな時に一体何を。結婚している暇なんてない、というか、ジュリアンはフローラと結婚するのではなかったのか。
黒兎は呆れるが、城を出る前のジュリアンの様子は結婚に前向きな様子ではなかった。
「あ」
エレンは表情を強張らせる。
「フローラ、あの時確か裸足で逃げてた」
「ッ!」
確かに、カロリーナの魔法によって着替えたフローラはガラスの靴を履いていた。
フローラがその靴を逃走中に落として、騎士団の誰かが拾ったならば。犯人が女で、ジュリアンと結婚したいと思っていたならば。いや、女がそう思っていなくても、国中の女にガラスの靴を履かせたらいつかはフローラに──犯人に辿り着く。ジュリアンはその僅かな可能性に賭けたのだろう。
シンデリカ王国に巣食う闇を、暴く為に。




