第八話 『騎士の沽券』
黒兎も、虎獅狼も、ダーさんも、ダンスには一切興味がない。三人の興味が大広間に用意された豪勢な料理に移るのは当然で、三人はシンデリカ王国の料理に舌鼓を打つ。
リサとシルヴァンは謎のダンスで会場の注目を集め、相手がいないカレンは一人で流れる音楽に身を委ね、エレンは眉間に皺を寄せて様々な料理を眺めていた。
「食べへんの?」
いつもだったら盗み食いをして黒兎たちが食べ始める前から満腹になっているのに。
「アレルギーでもあった?」
虎獅狼の言うことが最も正解に近いように思えたが、アレルギーだと言う割りには食べられない物が多過ぎる。エレンはちらりとダーさんの肩から虎獅狼を見下ろし、「いや……」と口籠った。
「何を食べるか迷っているんだろう」
ハインツはエレンの心の中まで見透かす。鏡の目の前で起きた出来事はすべて見ているとはいえ、一人一人の人生を記憶していなければそんな推察はすぐには出て来ない。
「味付けの雰囲気ちゃうもんなぁ」
シンデリカ王国は多くの国から人が集まって来たのかと思う程、見た目にも味付けにも統一感がなかった。花より団子のエレンは確かに迷うだろう。
「不便だね、その体」
エレンは黒兎の言葉に涎を垂らし、虎獅狼の言葉であからさまに落ち込む。
「ダーはたくさん食べられるダァー」
ダーさんはエレンを煽るような性格はしていないが、幸せそうに様々な料理を口に運んで頬張った。
「……絶対呪いを解くから」
少し前まで「少量で満腹になる」ところを自分の体の利点に挙げていたエレンだが、生活に不安がなくなった今、様々な料理を食べたいという欲求が出てきたらしい。
「しゃーないなぁ。冷凍して持ち帰んで」
「レイトウって何?」
「どないすればええんや? 氷魔法とかあんの?」
「あるにはあるけど難しいダァー。氷は火でも水でも風でも地でもないダァー」
「工夫が必要なんやな」
「要するに水を出して温度を下げればいいんでしょ?」
「でけへんこと簡単そうに言うなや」
「凄いダァー。正解ダァー」
ダーさんは何故水属性でも火属性でもないのに氷魔法の仕組みを知っているのか。冷凍も氷魔法も理解していないエレンはつまらなさそうな表情でラウを呼び、ダーさんの肩から離れていった。
「コジローは天才ダァー、コジローには氷魔法の才能があるダァー」
「そうなん?」
「なんで?」
「氷魔法の仕組みを知っているのは強いダァー。コジローは火属性だから水属性を習得すればすぐにできるダァー」
「それは無理かも」
虎獅狼は火属性の力をほとんど使わない。旅の途中で火に困れば、同じ火属性で魔法をよく使うシルヴァンに頼む。
「可能性あるならカレンやろ」
カレンは火属性を克服した。カレンが出す水の量ならば街一つを雪で覆うことも簡単だろう。それこそ現在のドナトリア王国のように。
「それもそうダァー」
「後で呼ぶかぁ」
この舞踏会はジュリアンの婚活のようなものだ。ジュリアン以外の男は、舞踏会に参加していない騎士と特別に招待されたアブラハムの臨時騎士である黒兎たちだけ。踊りたい女はジュリアンと踊れなければ他の女と踊るしかない。そうして一人で踊っているカレンの邪魔を一体誰ができるというのか。
一方、ジュリアンはまだフローラを諦めていないのか、舞踏会が始まってから二時間が経っているにも関わらず誰とも踊る気配がない。お節介なカロリーナが我慢できずにジュリアンを説得しに行く程だ。
アブラハムはエバートと話し足りないらしくエバートの隣にいるが、エバートもカロリーナに負けない程の熱量でジュリアンを説得している。せっかくの舞踏会なのに、主役の周辺はちょっとした老人会になっているようだ。
「……ん?」
と思えば、騎士の一人がエバートに駆け寄った。騎士から耳打ちされたエバートは騎士に何か指示を出し、騎士はすぐさまその場を離れる。ジュリアンは険しい表情で騎士を視線で追い掛けるが、招待客から常に見られている彼はその場から動くことができない。
アブラハムに視線を移すと、アブラハムは視線で黒兎、虎獅狼、ダーさんに指示を出した。
「行くで」
「だっ、ダァー? 急にどうしたんダァー?」
「向こうで何かあったみたい」
「エレンはまだ食べるん?」
大量の料理から味見にもならないような量を齧っていたエレンは、テディーのようだ。すぐさま口元を手で覆うくらいには羞恥心があるようで、隣にいるラウに無理矢理乗って付いてくる。
「何があったん?」
知っている可能性があるのはハインツだけ。
「私にもわからない、が……大方予想は付くな」
騎士たちを動かす騒動は、鏡のない場所で起こったようだった。
「そうなん?」
「フローラさんですか?」
「え、そうなん?」
確かにフローラ・ラトゥールは別れてから一度も大広間に姿を現していない。黒兎は招待客に訝しがられない程度の速度で移動する。
大広間の外に出れば、騒ぎの下に駆け付けるのは容易だった。現場に向かう五人の騎士たちを追い掛けると、外にある渡り廊下を素早く駆ける人物が視界に入る。
「おっ」
月明かりに照らされた女は、太陽に照らせばベビーブルー色に見えるようなドレスの裾を掴んで柵に足を掛けた。
飛び降りる──それを理解した時点で何もかもが手遅れで。黒兎を一瞥して五階はありそうな高さから飛び降りたのは、間違いなくラトゥールという姓を持つ方のフローラだった。
「いかついねーちゃんやなぁ」
黒兎はエレンとラウに視線を移して、指で後を追うように指示を出す。
フローラの敵になるつもりはないが、味方になるつもりもない。自分たちの害になると判断すればいつでも撃てる心境だが、舞踏会に来る前のフローラを見ていると、何か事情があるのだろうと推察することはできる。
「なんだお前たちは!」
「俺らはアブのじーちゃんの騎士や」
カロリーナには常識もセンスもあった。黒兎は衣服の一部に使用されたキルデルシュ王国を表す蜜柑色を指し、自分たちが捕らわれないように努める。
「それは失礼」
騎士たちはすぐさま謝罪をしたが、フローラの仲間だと思われても仕方がない。黒兎は自分たちがフローラの侵入を手助けしたことを悟られないようにも努めた。
「何したん? あのいかついねーちゃん」
騎士たちは答えてくれるだろうか。
「保管庫から薬草を数点盗んだらしい」
国の機密情報ならば答えられなかっただろうが、騎士たちにとってその窃盗は部外者に教えられない情報ではないらしい。
「ほー……ん」
国の機密情報でも国の宝でも王族の私物でもない窃盗は、一体どれ程の罪になるのだろう。城の保管庫からならば相応に重い罪になるのだろうか。
「誰かが病気なんですかね」
虎獅狼はフローラが去っていった森へと視線を向ける。エレンとラウならば追えるだろうが、慌てて魔法を使って空を飛んだ騎士たちは闇に溶けたフローラに追い付けるだろうか。
「病気なら仕方ないダァー、許してあげてほしいダァー」
フローラが公爵家の人間ならば金はいくらでも持っているはずなのに。王太子殿下のジュリアンが結婚したがっているフローラでもあるはずなのに。
舞踏会を機に城に侵入し、保管庫から薬草を盗み、一体誰を救おうと言うのか。
「いや、盗まれたのは薬じゃない。薬草で治る病気なんてたかが知れてる」
残った騎士たちはそう言うが、追い掛けた騎士たちは焦っていた。
「作ろうと思えば作れるじゃないですか」
この事件は王国騎士の沽券に関わる事件ではある。それでも、あの焦り方には違和感がある。
「薬も、薬物も、知識があれば」
虎獅狼には、黒兎やダーさんが見えていない世界が見えていた。




