第六話 『だから俺は』
「久しいな、アブラハム!」
「おぉ、エバート! 会えて嬉しいぞ!」
アブラハムが親しげに握手を交わした相手は、性別と年齢、服装から察するにシンデリカ王国の国王だろう。
「エバート、紹介しよう! この子はわしの孫のカレン・クラウセンじゃ!」
「カレン! 初めまして、我輩はシンデリカ王国の国王エバート・ウィレムスじゃ! ……何故我輩とカレンは初対面なんじゃ? アブラハムの孫は確か……いや、クラウセン?」
「それが聞いておくれ! クラウスが生きておったんじゃ!」
「何?! そうかそうか! 生きておったのか! 良かったのぉアブラハム! 良かったのぉ!」
泣きながら抱擁したアブラハムとエバートを見てカレンはどうすれば良いのかと困惑する。黒兎たちが今いる場所は大広間へと続く階段の前で、傍を通る招待客や騎士たちも困惑の表情を隠さなかった。
「ありがとうエバート! ありがとう!」
「孫は三人か! 我輩と同じじゃのぉ!」
「そうじゃな! 三人じゃな!」
「えっ、違うよ」
カレンは思わず口を挟む。アブラハムとエバートは動きを止めてカレンを見上げ、カレンは「八人だよ、私六人姉妹だもん」と困惑した表情のまま告げた。
「「なっ、何ぃ?!?!」」
「そこ言うてへんかったっけ?」
黒兎とカレン、そしてハインツにとっては既知の事実だが、知らなければ姉妹が六人もいるというのは驚きだろう。
「ろっろっ、六人?」
アブラハムは驚き過ぎて声が上擦る。カレンは腰を抜かしそうなアブラハムを「六人だよ! 六つ子だよ!」と言いながら必死に支えた。
「六人かぁ! 曾孫が楽しみじゃのぉ!」
「曾孫?! 駄目じゃ駄目じゃ、カレンたちにはまだ早い!」
「早くはないじゃろう! ジュリアンだってもう子供がいても……」
「だから何度も言っているだろう! 俺は絶対に結婚しないって!」
よく通る声で否定したのは、エバートと同じように上手から現れた男だ。招待客は虎獅狼と同年代くらいの男に黄色い声を浴びせ、すぐに自分たちの髪や服を整え始める。
「おぉ、やっと来たか。紹介しよう、この子が我輩の孫のジュリアン・ウィレムスじゃ」
ジュリアンは一瞬だけ黒兎たちを訝しんだが、「初めまして、ジュリアン・ウィレムスです」と丁寧に挨拶をした。
「ジュリアン! 久しいの!」
「えぇっと……」
「アブラハムじゃよ、キルデルシュ王国の先々代国王の」
「あぁ! スヴァインとヒルデのお爺様! お久しぶりです!」
ジュリアンはアブラハムがどこの誰であるのかを認識した瞬間に、爽やかな笑顔を見せる。
同年代の王族たちは黒兎の想像以上に交流があるようだ。スヴァインとヒルデと親しいということは、ヴィガやエスタとも親しいだろうと──カレンの表情には笑顔が戻る。
「初めまして! 私……」
「ん?」
だが、カレンが挨拶をしようとした瞬間ジュリアンは再び訝しんだ。
「ジュリアン! カレンはアブラハムの孫じゃ! ちゃんと挨拶せい!」
「カレン・クラウセンです! スヴァインとヒルデの異母妹です!」
カレンがどこの誰であるのかを認識すると、ジュリアンはすぐに無礼を詫びる。
ジュリアンは知らない人間を警戒する癖があるのだろうか。誰もが美人だと認めるリサや誰もが珍しいと認めるダチョウのシルヴァン、縦にも横にも巨大なダーさんに目を向けることもしない。そして、グリーズが珍しがった《黒の迷い子》である黒兎と虎獅狼にも興味を示していない。他の招待客と違って黄色い声を上げなかったグリーズは存在さえ認識されていないだろう。
「そうじゃジュリアン、カレンはどうじゃ? 立場も容姿も申し分ないじゃろう!」
「だっ! だから俺は絶対に結婚しな痛ッ!」
エバートはジュリアンの頭を容赦なく叩く。
「まだそんなことを言うておるのか大馬鹿者!」
「えっ、えーっ! 大丈夫?」
「あらあら! 大変!」
カロリーナが杖を振ると、ジュリアンは叩かれた頭から手を離した。エバートに反抗するその表情は、メルヒェン大陸だとしても月光国だとしても成人しているであろう年齢のジュリアンに似つかわしくない。
「王族も大変やなぁ」
ジュリアンの現状は、結婚願望がない黒兎がこの中から結婚相手を選ぶようなものなのだろう。黒兎が呟いて初めてジュリアンは黒兎に視線を向けた。
「まぁまぁまぁ! エバート陛下! それにジュリアン殿下!」
大広間から出てきたのはサンドラだ。黄色い声を聞いてきたのか、大広間に入ってきた者の表情を見て察したのか。見たことがない笑顔を浮かべてエバートとジュリアンを囲む騎士たちの下へと近付いてくる。
「おぉ。デスメット夫人」
エバートはラトゥール公爵の後妻を覚えているらしい。
ラトゥール公爵がエバートと親しかったのか、サンドラの対話能力が素晴らしいのか。
「この度はお招きにあずかり、誠に恐悦至極に存じます」
恭しく頭を下げて礼を言うサンドラだが、エバートは「はて? 招待しておったかのぅ」と困惑する。サンドラはエバートの声が聞こえていなかったのか、背後に立たせていた娘たちを前に出して今度はジュリアンに声を掛けた。
「私の娘のジゼル・メルテンスとロザリー・メルテンスです。ジュリアン殿下、よろしければ娘たちとお踊りいただけませんでしょうか」
サンドラはなんとしてでもジュリアンの視線を娘のジゼルとロザリーに向かせたいようだ。だが、ジュリアンは訝しむのではなくうんざりとした表情を見せた。
「殿下、初めまして私はジゼル・メルテンスです!」
「私はロザリー・メルテンスです!」
互いを押し退けて前に出てきたジゼルとロザリーは、燃えるようなスカーレット色の瞳を輝かせる。
「いえ、俺は……」
「ジュリアン、踊れば良いではないか! 歓迎するぞ! カレン、それとそこのご令嬢も! 是非ジュリアンと踊っておくれ!」
エバートはジュリアンの背中を叩いて、大広間へと歩を進めさせる。ご令嬢、と呼ばれたリサは「是非!」とジゼルとロザリー並に瞳を輝かせてカレンと腕を組んだ。
ここで初めてリサに視線を向けたジュリアンは一瞬だけ両目を見開くが、すぐに頭を左右に振る。
「踊らない! 踊らないぞ!」
「じゃあカレン、一緒に踊りましょう!」
「えっ? わ、私踊れるかなぁ……」
リサはジュリアンと踊りたい訳ではない。踊れるならカレンでもいいが、最近走れるようになったカレンが踊れる訳がない。
リサは黒兎と虎獅狼、そしてダーさんに視線を向けたが、三人は一斉に視線を逸らした。
「グァー!」
そんなリサの前に出てきたシルヴァンは全力で羽を広げる。
「シルヴァン! 一緒に踊ってくれるの?」
「グァー! グァー!」
「わかったわ! 一緒に行きましょう!」
「グァー!」
リサは動物の言葉も魔獣の言葉もわかるが、「グァー」しか言わないシルヴァンの言葉はわからない。それでもリサとシルヴァンはステップを踏みながら大広間へと向かっていく。
ジュリアンはそんなリサを驚きながら視線で追い掛けたが、更に前に出てきたジゼルとロザリーが視界を塞いだ。
「殿下! 一度だけでいいんです! 是非私と!」
「最初は私と! 殿下! お願いします!」
「殿下ーッ! 私ともお願いします!」
ジゼルとロザリーがジュリアンに懇願すればする程、周りの招待客も殿下に自分の存在をアピールする。そうなればもう収拾がつかない。
「い、いや! 踊らない! 踊らないぞ!」
よく通るジュリアンの声も、こうなったら誰のことも止められない。
「大変なことがたくさん起こるわねぇ」
ここにカロリーナがいて良かった。エバートの命令がなくても周りの人間の口を閉ざす魔法が簡単に使えるのだから。
「だからっ! 俺はっ! フローラと結婚するんだ!」
ただ、カロリーナは王族相手に魔法を使う程軽率な魔女ではない。
静まり返った階段で、よく通るジュリアンの声が反響した。




