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第二話  『我らラトゥール公爵家』

 そもそもオラティオはシンデリカ王国の舞踏会に招待されていない。黒兎くろとはなんとかドレスを買わずに済む方法を考えたが、孫に甘いアブラハムがいれば、不可能も簡単に可能となった。


「ほんまに意味がわからん……」


 シンデリカ王国の国王と旧知の中だというアブラハムが騎士団に言えば、話はあっという間に進む。

 アブラハムとオラティオはキルデルシュ王国の先々代国王とその騎士として舞踏会に招かれることになり、その情報は瞬く間に国中へと広まっていった。


 インターネットの代わりに魔法がある世界だ。カレンの魔法で黄金を元の大きさに戻して一部を切り取り、換金所に持って行って金貨に交換し、黒兎は何も持っていない振りをしつつ背中を丸めて嫌々歩く。


「クロトー! 早くー! お店閉まっちゃうよー!」


「シルヴァーン! クロトをお願いねー!」


 瞬間、シルヴァンが黒兎の股に首を潜らせて黒兎を無理矢理背中に乗せた。

 リサに頼まれなければシルヴァンは絶対に黒兎をこんな方法で背中に乗せることはなかっただろう。リサが見ていないからか、シルヴァンは黒兎を振り落とすように背中を動かしながら歩いていく。


「仕立て屋はあの場所だ」


「りょうか〜い!」


 そして、カレンは黒兎の胸ポケットから落ちそうになっているハインツに手を振り、リサよりも先に仕立て屋の中に入っていった。


「カレ〜ン、ドレスを選ぶのはわしに任せるのじゃ〜!」


 リサは跳ねるようにカレンを追い掛けるアブラハムを微笑ましそうに眺めながら先に行かせ、自分も瞳を輝かせながら中に入っていく。

 カレンもリサもパトリシアのようにドレスや装飾品に惹かれる心があるようだ。黒兎はそんな二人に混じって先に行っていた老人の後ろ姿を思い出す。


「アブのっ、じーちゃっ、楽しそうやなぁ!」


「失った家族との時間を取り戻そうとしているのだろう」


 成程。そういうことなら理解できる。

 遅れて仕立て屋に辿り着いた黒兎はシルヴァンを殴ってから下に降り、仕立て屋の汚れ一つない外観を見上げた。


「ぐ、ぐぅ〜!」


 ダチョウの振りをし続けているシルヴァンは、黒兎に対して何も言えない。シルヴァンはダチョウとは思えない唸り声を上げて黒兎を睨む。


「お前のもあるとええな」


 黒兎はシルヴァンを無視して胸ポケットにいるエレンに声を掛けた。


「いや、要らないから」


 ハインツと共に顔を覗かせたエレンは、冗談なのか本気なのかよくわからない黒兎を見上げて何度目かの溜息を吐く。エレンはパウラが作ってくれたエメラルドグリーン色のドレス以外のドレスを着るつもりがない。そもそも、エレンの体に合うドレスがある訳がない。エレンは黙って黒兎の胸ポケットの中に戻っていった。


 エレンの傍を離れたがらないラウはシルヴァンの頭部に止まっているが、他の動物たちには宿で留守番をさせている。

 アルフィーとテディー、そしてアレクサンダーが何もしていないか不安になって、黒兎は急いでハインツを覗いた。


 ハインツは黒兎が何を見たがっているのかを理解している。ハインツが映したのはリタではなく宿にいる三匹と一羽だ。

 彼らが宿で大人しくしていることを確認した黒兎は安堵してエレンにハインツを押し付ける。水の中にいるクラーケンが三匹と一羽を止められる訳がない。一刻も早く宿に戻る為に黒兎は虎獅狼こじろうとダーさんにシルヴァンを任せて扉を開き、ぐるりと店内を見回した。


「ぎょーさんドレスあるんやなぁ」


 壁一面に掛けられているのは鮮やかなドレスで、庶民向けとは思えない質と品揃えの多さに黒兎は驚く。


「着るのはカレン嬢とリサ嬢だからな。最高級品の方が良いだろう」


「ドアホーッ! 何してくれとんねん!」


 舞踏会の開催目的が王太子殿下の結婚相手を探すことだと噂されているのだ。その気がないカレンとリサを着飾ってどうすると言うのだろう。


「カレン嬢とリサ嬢に恥じない物を着させるべきだろう」


「顔がええんやから何着ても大差ないやろ! ペラッペラなモン着こなしてこそカレンとリサや! 知らんけど!」


 月光国げっこうこく出身の黒兎だからそう思うのだろうか。ハインツとアブラハムを見ているとメルヒェン大陸の価値観がそうではないことに気付く。


「ほぉ〜! カレンはどんな色でも似合うのぅ!」


「え〜?! ほんと?! ありがとうお爺様!」


「アブラハム様、私のドレスも見ていただけますか? これはどうでしょう?」


「ふぅむ。リサ嬢は淡い色の方が似合うと思うぞ。これとかどうじゃ」


 アブラハムはカレンしか見ていないが、リサを蔑ろにするつもりはない。孫の友人として適切な距離を保ちながら、黒兎の目から見てもリサに合うドレスを見繕う。


「お前さんはこれじゃな」


「ゲェーッ! 要らん要らん! 俺は要らん! なんで俺も着なあかんねん!」


 アブラハムが黒兎に差し出したのは、レースがふんだんに使われた巨大なジャボ付きの礼服だ。それは騎士ではなく貴族が着るものなのだろう。月光国の男である黒兎には到底受け入れられないデザインをしている。


「何を言うておる。お前さんも舞踏会に招待されておるじゃろう?」


「俺は騎士としてやろ?! 甲冑着るわ甲冑! 持っとるから!」


 リタならば黒兎が革命時に着ていた黒色の甲冑を快く貸してくれるはずだ。ウーリに頭を下げることになるなら、ドナトリア王国のどこかに眠っている古い甲冑でもいい。


「何を言うておる。騎士だとしてもお前さんはキルデルシュ王国の騎士として参加するんじゃ。他所の国の甲冑を着ることは許さぬぞ」


 抵抗しても無駄なようだ。黒兎は窓の外にいる虎獅狼に視線を向けるが、虎獅狼は黒兎の視線には気付いても黒兎が伝えたいことには気付かない。アブラハムが持つ礼服を指すと興味深そうに眺め出す。


「あいつは着るらしいわ」


 それで勘弁してほしい。そんな黒兎にアブラハムはもう一着礼服を差し出した。


「なんでなぁん」


 黒兎はアブラハムから距離を取る。騒いで拒絶しないのは、先程外に視線を向けた時に仕立て屋に向かう人間が視界に入ったからだ。

 黒兎たちから遅れて仕立て屋に訪れたのは一人の夫人と二人の娘のような関係性の三人で、黒兎は自然と場所を譲って隅に逃げる。


「見ない顔ね」


 夫人は何を思ったのか、カレンとリサを一瞥して、仕立て屋の男を睨んだ。

 声色は恐ろしく、顔には笑い皺があるようには見えない。黒兎は何かあったらすぐに飛び出せるように警戒する。


「旅人のようでいらっしゃいますね」


 三人のドレスは絢爛豪華で、グリンダと戦闘した後のカレンとドラゴンに乗った後のリサ、そして現在は吟遊詩人であるアブラハムの服は見窄らしい。それでも最高級品のドレスを扱う仕立て屋の男が三人を客として見ているのは、アブラハムの所作や佇まいが庶民のそれではないからだろう。


「そうじゃ。旅人じゃ」


 アブラハムは否定しない。それどころか笑っている。

 そんな態度が気に障ったのだろう。


「今すぐここから出て行きなさい!」


 そう叫んだ夫人は、娘たちと共に自分たちがここラトゥール領を治めているラトゥール公爵家の人間であること、屋敷一杯の財産を所有していること、民たちは全員自分たちを崇めていることを主張する歌を歌った。


「ハムのじーちゃん! カレン! リサ! こいつらむっちゃヤバい奴やからさっさと行くで!」


 最後まで聞く義理はない。黒兎は急にミュージカルが始まることに慣れている三人を引き摺って外に逃げた。


「あぁっ、ドレスが……!」


「トロイメライに頼めばええやろ!」


 なるべく頼りたくはないが、トロイメライに頼めば無料で済む。


「あぁ。確かにそうね!」


「トロイメライなら絶対リサに似合うドレスを作ってくれるよ!」


「誰じゃあトロトロメロンというのは」


「後でわかるわ! ほんで三人ともあのヤバい奴に吠え面かかせてやり!」


 同じ舞踏会の参加者でも、あの三人は招待客で自分たちは主賓だ。行く気のなかった黒兎だが、あの三人の吠え面ならば見たいと思う。


「お前らも行くで!」


「ダァー? どうしたダァー? 何も買ってないダァー?」


 黒兎は不思議そうな二人と一羽のことも引き摺って、トロイメライが呼べそうな──ラトゥール領の中で最も人気のない場所を目指した。

挿入歌

『我らラトゥール公爵家』

歌唱:サンドラ・デスメット/ジゼル・メルテンス/ロザリー・メルテンス

作詞作曲:威圧

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