第一話 『運び屋エレンⅠ』
「見えてきたで〜」
黒兎はオラティオ全員とアブラハムに声を掛ける。三日掛けて辿り着いたのは、目的地としていた新しい国だ。
「ダー! やっとダァー!」
「おわっ?! ダーさんあかん! 戻ってくれぇ!」
巨体を持つダーさんが身を乗り出せば、馬車は当然大きく傾く。ガタガタミシミシと恐ろしい音が聞こえてきて、黒兎でさえ肝を冷やすくらいだ。
「ダッ、ダァー、ごめんダァー」
「し、死ぬかと思ったわ……アッ、エレンは?!」
黒兎は慌てて振り向いて、黒兎としょうゆの馬車に乗っていたエレンを探す。
「大丈夫。ここにいるから」
すると、黒兎の右側から声が聞こえてきた。見るとラウがエレンを乗せて飛んでいる。いつの間にか外に出ていたようだ。
「中におったら吹っ飛んでたな」
「私もそう思う」
「ダー! ごめんダァー! エレーン!」
「せやから戻れ言うとるやろがぁ!」
ダーさんはエレンに謝る為に再び身を乗り出して馬車を傾け、黒兎に叱り飛ばされる。そうこうしてるうちに門に辿り着き、オラティオは難なくシンデリカ王国に入国した。
青い空に白い雲、焼けた肉の美味しそうな匂いが鼻腔を擽る。食欲をそそられるそれのせいで黒兎とシルヴァンの腹が豪快に鳴った。
今までの国と同じく、この国も門がある地域は栄えているようだ。思わず耳を塞いでしまいたくなる程に視界に入る人間全員が興奮している。
「なんなんこの国〜」
「今夜お城で舞踏会があるみたいよ」
耳がいいアレクサンダーから事情を聞いたリサは、久々に聞いた単語に心を踊らせた。
歌と踊りと楽器はリサの得意分野だ。そんなリサの噂をどこで聞いたのか、様々な国の舞踏会に招待される度に喜んで参加したことを覚えている。
「ほ〜ん。ここにいる奴らの大半は関係ないのにな」
黒兎は遠くに建っている真っ白な城を一瞥した。城よりも高い建物がない上に空気も綺麗に澄んでいると、この場所からでもよく見える。どう考えても気軽に行ける距離でもなければ全員が入れる広さでもない。
「この国の未婚の女性全員が招待されているみたいよ」
「なんでやねん」
「えっ?! じゃあ私も行けるってこと?!」
「この国の人間ちゃうやん」
虎獅狼とポーリーヌの馬車を連れながら馬車を停める場所を探す。その間に視界に入った若い女たちは、全員妙に色めき立っていた。
「ウーリ国王やヴィガ国王が結婚したんだもの! 絶対殿下の結婚相手を探してるんだわ!」
「やだぁ〜! どうしよう! 選ばれたら私王女様よ!」
「何着ていけばいいの?! ドレスなんて持ってない!」
「普段着でいいみたいよ! 信じられない! 私たちにも殿下の花嫁になれる可能性があるなんて!」
「絶対罠やろ」
そんな都合のいい話がある訳がない。シンデリカ王国はベルロワ王国に匹敵する程の国土を持っている。
そうしなければならない理由があったベルロワ王国は未婚の女全員を招待したのだろうが、それを簡単に実現させることができるのはドナトリア王国くらいだろう。……シルヴァンは結婚せず、ドナトリア王国を治めている女は既に隣国の国王と結婚しているが。
「そういうこともあるんじゃない?」
虎獅狼は薄緑色のマントを羽織った騎士たちが持つ招待状の束を顎で指す。
今まで多くの騎士団を見てきた黒兎は彼らが偽物だとは思わない。それ程までにこの国には花嫁となれる女がいないのか。黒兎は見ず知らずの王太子殿下と国王に同情した。
*
「エレン! 頼む! これ取ってくれぇ!」
黒兎が新しい国に到着した瞬間に目指したのは、冒険者ギルドではなく宿だった。
ベッドに寝そべる黒兎は必死になって腕を伸ばすが、途中で入らなくなって断念する。ハインツから腕を抜いてエレンを見下ろすと、エレンは溜息を吐いて腕を組んだ。
「なんでそんな奥深くに置くの」
「入れたら奥に行くんやもんしゃーないやん」
エレンの前にハインツを置くと、エレンは呆れながらもハインツの中に入っていく。今のハインツはドナトリア王国の宝物庫と繋がっており、エレンはそのまま興味深そうに辺りを見回した。
「盗ったらあかんで」
黒兎はエレンに釘を刺す。人に頼み事をする立場だが、悲しむリタは見たくない。……リタは黒兎の為ならば喜んでそれらを差し出すだろうが。
「そんなことする訳ないでしょ。宝石も、武器も、家具だって腹の足しにはならないのに」
「売ったら金になるで」
「金になったら食べ物が買えるね」
黒兎の背後から虎獅狼が顔を出す。大部屋で安く泊まるか、一人部屋にして静かに過ごすか。この二択で迷うことなく大部屋を選んだ黒兎は、自分の背中に腰を下ろした虎獅狼の尻を遠慮なく叩いた。
「盗みは駄目よ」
「盗まれたら悲しいもんね」
大部屋にはリサとカレンもいる。そしてエレンの宿代は払っていない。誰にも見せられないというのもあるが、一人分の宿代が浮いた黒兎は今機嫌がいい。
支払いはすべて黒兎に任せているリサとカレンは未払いに気付いていないようだ。これからも気付かないままでいてくれることを祈りながら「せや! 盗んだらあかん!」と同意した。
「何言ってるの。クロトが言ったことでしょ」
エレンは銃弾を一個だけ抱えて持ってくる。エレンが一人で持てるのはそれくらいだろう。
「すまんがあともう九個」
それでも一個だけではまったく足りない。テディーやラウでは一個も持てないのだ、黒兎はエレンに足を向けて寝られないと思う。
「そんなに?」
「一発だけでええんか」
一発だけではグリンダには勝てなかった。一発で勝つのが理想なのだろうが、回復魔法を待つ魔法職が相手では、即死を狙わない限り難しい。
そして、オラティオの誰もが無闇矢鱈に命を奪いたい訳ではない。
多分、エレンだってそうだ。武器を盗もうとしていないのがその証拠だと黒兎は思っている。
「良くないけど」
エレンは渋々宝物庫へと戻っていった。それを繰り返して十個の銃弾が黒兎の手元に収まる。
「ほんまおおきにエレ〜ン」
「報酬は衣、食、住で」
「エレンならいくらでも買うたるわ〜」
「え〜?! エレンだけ狡い! 私も役に立ってるからなんか買ってよ!」
「嫌やお前しょーもないもんばっか買うて来るやん」
「なんじゃと?! カレン、ならわしが買うてやろう!」
海にいたカレンにとって、何か月も陸にいても目に映る物すべてが未だに珍しい。市場に行けば食べ物以外のどうでもいい物ばかり手に取って黒兎に無理矢理戻されるのだ。
せめて食べ物や魔法道具ならば黒兎も十秒は考えるが、宿代が浮いていないカレンに買う物はない。そして、エレンが欲しがる物すべて買ったとしてもそれはエレンの浮いた宿代には遠く及ばない。
「やだぁ〜! クロトがいい〜!」
「買うとしてもリサやわ」
リサが両親から譲り受けた黄金はまだ換金していない。他人の金には絶対に手を出さない黒兎は黄金を持っている虎獅狼を一瞥し、「え。持っとるよな」と急に不安になった。
「え。何を?」
「黄金や黄金! 失くす訳ないよなお前やもんな?!」
虎獅狼の記憶力は信用していないが、虎獅狼が物を失くす男ではないという信用はしている。虎獅狼は「あぁこれ?」と懐から黄金を取り出した。
「それやー! びっくりさせんなやドアホ!」
「いや、黒兎が勝手にびっくりしたんでしょ」
それはそうだ。
「何か欲しいもんあったら言ってな」
黒兎は不満そうなカレンに気付かない振りをしてリサに尋ねる。
「……ドレス……」
「どれす?」
聞き間違いだろうか。リサが欲しがる物にしては高価過ぎるような気がする。
「お願いクロト! 私、舞踏会に参加したいの!」
いや。聞き間違いではない。ベッドに寝そべっていなければ黒兎はひっくり返っていただろう。
「行くかアホ! 絶対ろくでもない結果にしかならんやろ!」
だが、物事はいつだって黒兎の思い通りにはならない。
結局舞踏会に行くことになるのだろうと、黒兎は諦めたように布団に顔を埋めて叫んだ。




