第三十話 『北へ向かえば』
これ程長い間眠れたのはいつぶりだろう。やはり睡眠は大切だ。
もう二度と寄り道せず真っ直ぐにオズ王国に向かうことを誓った黒兎は、上機嫌でオラティオの荷物を馬車に乗せる。
「俺らは俺らでなんとかするさかい、お前らはお前らでなんとかしとき」
「言われなくても。はなからてめぇらの力を借りる気はないよ」
可愛くないことを言う。黒兎はアリアドネの肩に乗るクラウジーニョを見下ろし、「やかましいチビ」と暴言を吐いた。
「アリアドネ、こいつの馬車を奪って逃走しよう」
「そんなことしたら狙撃されるわよ」
クラウジーニョは顔を歪める。自分が黒兎よりも下だとは認めたくない──それでもこの状況では何をしても滑稽だ。
「……クソ。さっさと行こう」
「了解、リーダー」
アリアドネは黒兎にひらひらと手を振って去って行く。黒兎はそんな二人を黙って見送った。
「カレーン! 何故じゃー!」
「だーかーらー、私はクロトと一緒に行くんだってばー!」
「嫌じゃー! 嫌じゃー! 一緒に帰るんじゃー!」
見ると、カレンの足に縋り付く不審者──アブラハムがいる。
「不審者やー! 通報やー!」
「ダァー? クロト、違うダァー! アブラハムはカレンの祖父ダァー! 不審者じゃないダァー!」
「祖父でも孫でも不審者や! 触ったらあかん! しっ! しっ!」
「クロトはカレンのなんなんダァー?」
「俺はカレンのリーダーや!」
なんだかんだアリアドネがクラウジーニョと共にいるように、カレンが変わらず黒兎と共にいるのは当然だ。
だからカレンを北へ向かったその先のデュアル王国に帰す訳にはいかない。というかカレンはボーディルの呪いのせいで故郷に帰ることができない。
「アブのじーちゃん、一人で帰ってもらうでぇ!」
「お願い! おじーちゃん! 離してぇ!」
「待て二人とも。北へ向かうならば我々の行く道は同じだ」
瞬間、黒兎とカレンは顔を合わせ、黒兎の胸ポケットにいるハインツに視線を下ろした。
「ほ、本当か?! カレンと共に行けるのか?!」
「マーヴァル王国にはオズ王国を経由しなければ行けないからな」
「ほな一緒やないかい!」
「やった〜!」
カレンは黒兎の手を取って回り出す。三半規管は強い方だがこんなことを長時間したいとは思わない。黒兎はカレンの手を振り払って周りを見回した。
「リサとシルヴァンは? おるな?」
「花畑まで散歩しに行ったダァー。きっとすぐに帰ってくるダァー」
「なんでやねん帰ってこれる訳ないやろがぁあのアホ鳥がぁ! サラ! 行け!」
黒兎はリサとシルヴァンを信用していない。サラは再び呆れたような表情を見せるが、嫌がることなく飛んで行った。
「いや、それよりエレンか」
エレンは体が小さ過ぎる。馬車の中でもすぐに見失ってしまいそうだ。
「ここにいますよ」
エレンは常にラウと共にいる。グレイシーがエレンに羽だけでも授けようとしたが、それにはラウが反対したらしい。
「お前らいつも一緒やな」
エレンに羽が生えたら共にいることができなくなると思ったのだろうか。誇らしそうなラウを無視して黒兎は盛大に溜息を吐いた。
「どうしたんダァー? クロト」
「虎獅狼おらんやんけ!」
黒兎は遠慮なく地団駄を踏む。朝起きた時は隣で眠っていたはずだが、朝御飯を食べて支度をして城の外に出た間に行方不明になってしまったようだ。
「ニャー」
「アルフィー! 虎獅狼探してくれ!」
「ニャー」
アルフィーは黒兎を無視して毛繕いをする。テディーはサラが口に咥えていたのを目撃した。頼れるのはアレクサンダーか。
「ん? アレクサンダーもおらんやん」
「リサとシルヴァンと散歩してるダァー」
「あのアホ犬が! 帰って来いや!」
リサとシルヴァンを連れて帰って来れない嗅覚ならば要らない。いや、そもそも帰って来なければならないと思っていないのかもしれないが。
「なんでそんな怒ってるの?」
「お前やお前!」
黒兎は肩で息をする。虎獅狼は首を傾げ、持っていた羊皮紙を丁寧に畳んだ。
「あ?」
「ん? あぁ、これ?」
「なんか書いてあんの?」
虎獅狼は月光語が書けない。そして、書けたとしても読むことができない。
「んー……。まぁね」
「は?! そうなん?! 見せろや!」
「まぁいいけど」
急いで虎獅狼から羊皮紙を引ったくって中を見ると、そこには様々な絵が描いてあった。
「落書きかい!」
思わず羊皮紙を地面に叩き付けたくなる。日記帳として買ったはずなのにこんな使い方をされるとは。いや、一度も使われないよりはマシなのか。
「んー……。そうだね」
虎獅狼は適当に相槌を打って、黒兎の手から羊皮紙を回収する。そして、何がそんなに大切なのか、やはり丁寧に畳んで懐にしまった。
「クロト坊、次の国だが」
「また違う国に行けとか言わんよな? 俺はもう寄り道せえへんで」
「そんなことは言わない。最短を選ぶつもりだ」
「ほんならどこなん?」
黒兎はハインツに映し出された地図の赤丸で囲まれた国を確認する。その国はフルール王国とオズ王国の間の国だ。
「ふん。ええやん。そこにしとこか」
「ダァッ?! ちょ、ちょっと待つダァー! そこの国は微妙ダァー!」
もう二度と寄り道はしない、そう決意している黒兎にダーさんが覆い被さった。
「重いねん! ちゅーか微妙ってなんやねん! 微妙なら行くぞ俺は!」
「ダッ、ダァー? ぐぅー……」
ダーさんの巨体も振り払って全力で睨むと、ダーさんは黒兎の想像以上に狼狽えている。
「理由は?」
一応聞いておこう。ダーさんはオラティオの恩人だ、蔑ろにしていい存在ではない。
「……ダーの友人がいるダァー」
だが、それは予想外の返答だった。
「喧嘩でもしたん? 仲直りするええ機会やん、行こうや」
「してないダァー! 最高の別れ方だったダァー!」
「気まずいん?」
「気まずいダァー! ダーはまだちょっとしか他の国を見てないダァー! まだ帰れないダァー!」
「カレンやないんやから帰れるやろ。ちゅーかこの国よりデカいんやし帰ったところでどうせ会わん」
「ダァー……。ダーは会いそうな気がするダァー」
「何モンやねんそいつ」
ダーさんは答えない。まだ困ったような表情をしている。
オラティオの一員とはいえ言えないことは山程あるのだろう。黒兎も月光国の話を必要以上にする気はない。そして、輝夜の話をするつもりはもっとない。
「ハインツ、他は?」
「少し方角が東寄りになるが、ここはどうだろう」
「その国なら行ったことないダァー! そこがいいダァー!」
「しゃーないな」
「クロト、ありがとうダァー!」
黒兎は適当にあしらって、サラが連れて帰ってきたシルヴァンを叱る。
「なんで俺様だけなんだよ!」
「リサを叱るアホがおるか!」
「く、クロト! 私のことも叱って! 私も悪いんだから!」
「こらーっ!」
「黒兎っていつも大変そうだね」
「そう思うんやったらお前だけでもしっかりせえや」
年齢不詳のハインツとダーさんを除いたら最年長者は虎獅狼だ。エレンを入れてもそれは変わらないだろう。
「そういやエレンっていくつなん?」
「え? 二十歳ですけど」
「大人やなぁ」
「そういうクロトは何歳なんですか?」
「俺? 十六」
誕生日が過ぎたのか過ぎてないのかはわからないが、過ぎたと仮定するとその年齢だ。
「「「「十六?!?!」」」」
瞬間、四方八方から驚きの声が飛んで来る。
「ん? なんやねん」
あのノッツでさえ驚いて振り向くようなことを言ったのだろうか。
「えっ、もっと下だと思ってた!」
「童顔って言いたいんかボケ」
「わ、私は上なのかと思ってたわ」
「お前らが頼りなさ過ぎるからな。ちゅーか言うてへんかったっけ?」
「言ってないダァー!」
「なんだよお前やっぱり年下かよ!」
「年上なら年上らしくしとけアホ」
シルヴァンに頭を咥えられるが、いつも以上に全力でダーさんが止めに入る。
「ちなみにコジローは何歳なんですか?」
「俺? 二十五」
「なんで覚えてんね……」
「「「「「「二十五?!?!」」」」」」
虎獅狼の頭を叩こうとすると、黒兎の時以上に驚きの声が飛んで来た。
「なんでやねんそう見えるやろ」
「もっと下だと思ってた!」
「わ、私ももっと下だと思ってたわ!」
「なんだお前ら同い年じゃねぇのか」
「それはさすがに嘘やろ!」
「でも二十五には見えないダァー」
「二十五って、だって……」
エレンはちらりとノッツに視線を向ける。
「あいつら三十代くらいちゃうん?」
「二十代だボケ!!」
そう言われると確かに虎獅狼は若く見えるような。
「不思議。《黒の迷い子》は若く見える」
この声はグリンダの声だ。気付いたらグリンダとフェアリーたちが見送りに来ている。
「お。グリンダ、後は頼むで」
「貴方もね」
グリンダはカロリーナと共に聖女フローラと月光国への道を探すことになっている。黒兎はグリンダと握手を交わし、いつも通りの点呼をして御者台に乗り込んだ。
「おし。行くで!」
「ばいばーい」
「皆様、お元気で」
グレイシーは素早く、そしてデュークはゆっくりとオラティオに向かって大きく手を振る。
これで何度目の別れだろう。またどこかで会えるグリンダには別れの言葉を言わないが、黒兎も彼らに大きく手を振った。
「またなー」
これから先も、きっと出会いと別れはある。
そして旅を続ければ続ける程、再会できた時は嬉しいのだ。
オズ王国まであと、1,257㎞──




