第二十八話 『エレンの呪い』
「貴方に差し上げるお食事などございませんけれど?! 身の程をお知りなさい!」
大広間に戻ってきた黒兎に向かって叫んだのは、先程黒兎を追い出した魔女だった。
「やかましい。グリンダ、こいつ今すぐクビで頼むわ」
「まあ! グリンダ様に向かってそのような口の利き方をなさるなんて!」
「お前やアホ! 誰に何言うてんねん!」
黒兎はグリンダの肩に軽く手を置く。悲鳴を上げたのは、それを見ていた魔女たちとカレンだった。
「お前はなんでやねん」
カレンは黒兎とグリンダが手を組んだ瞬間を目撃している。にも関わらず、グリンダの肩に置かれた黒兎の手を全力で払った。
「駄目なものは駄目!」
「なんでやねん」
カレンがそんな反応をする意味がわからない。
「リタにそれ見せられるの?!」
だが、そう言われたら返す言葉がなかった。
「なっ、なっ、なっ、何故ですのグリンダ様……!」
「私はクロトに協力する。聖女フローラを探す為に」
グリンダが聖女フローラを探し求めていることは周知の事実だったのだろうか。何故黒兎と力を合わせる必要があるのかという困惑はあるだろうが、グリンダが選んだ道ならばと誰も反対の意を示さない。
ここにいる魔女たちの大半は、自分の人生に選択肢がなかった者たちだ。
彼女たちは何も選ぶことができなかった苦しみを知っている。自分を解放してくれた恩人が選んだ道ならば、正しい道なのだと信じている。
あまりにもグリンダにとって都合のいい魔女たちだ──。わざわざそんな人間を手に入れたグリンダを黒兎はやはり肯定することができないが、トロイメライとアレックスのようだと思えば納得はできた。
「どういう風の吹き回しダァー?」
「良かった、お友達になれたのね」
「おいお前! ふざけんなよ! こいつは呪いの魔女だぞ?!」
「ねぇ、何の話?」
黒兎は、虎獅狼の疑問だけを無視してこうなった経緯を説明する。
「本当? なら、クロトもコジローも元いた世界に帰れるかもしれないのね?」
「ダァー……。オンダーラ帰っちゃうダァー?」
「やめろや。お前ら気ぃ早いねん」
リサもダーさんも善意の塊のような人間だが、まだ何も解決していないのに嬉しそうにされるのも悲しそうにされるのも困る。
顔を近付けたリサとダーさんを手で押し退けて溜息を吐き、「ほんでな」と黒兎は続けた。
「呪いのことも聞いてみてん」
黒兎が視界に入れたのは、グリンダの到着を待たずに晩御飯を盗み食いをして満腹状態となったエレンだ。
エレンは誰にも気付かれていないと思っているが、黒兎と虎獅狼の目は誤魔化せていない。皿にもたれかかって満足そうな表情をしているエレンにわざわざツッコむ気がない黒兎は、エレンを呪ったグリンダを一瞥した。
「貴方に掛けた呪いは解ける」
自分を呪った魔女を殺して解呪に成功した黒兎と、解呪の条件を満たしたリサ。呪いを解く方法は今のところ二つしかない。
「えっ」
「嘘だろ?!」
「良かったわね! エレン!」
呪いの魔女は死んだが、解呪の条件を満たしていないシルヴァンは余程衝撃的だったのだろう。ダチョウが膝から崩れ落ちると、大広間が軽く揺れた。
「い、いつ……?」
「それはわからない」
エレンは怪訝そうな表情をする。
「私は、罪を償わせる為に貴方を呪った」
エレンが犯した罪は、エレンとグリンダしか知らない。エレンはごくりと唾を飲み込む。
「その呪いは、貴方が心を入れ替えたら解ける」
エレンはグリンダから視線を逸らした。
エレンは自分の呪いを解きたいとも、解きたくないとも言わない。そして自分を呪ったグリンダのことを普通の魔女と言った女だ。罪を犯したことを認め、自罰的に生きてきたのかもしれない。盗み食いは認めていないが。
「なら何故クラウジーニョを呪ったんですか」
この場にはノッツもいる。ダーさんの手によってグリンダの暗殺を何度も阻止されているノッツは、クラウジーニョの呪いはグリンダの死でしか解けないと信じていた。
「クラウジーニョは大陸の癌」
「有罪や有罪! 無害面すんなボケ!」
「……お前は誰の味方なんだ」
クラウジーニョが無罪な訳がない。フィジョンカでさえクラウジーニョの無罪を訴えることができず、急にクラウジーニョを糾弾した黒兎を睨む。
「お前らの味方した日なんか一度もないわ!」
「その呪いは、貴方が心を入れ替えたら解ける」
「解けたらあかん! あかんでほんま!」
「心を入れ替えたら、の話だろう」
ハインツはクラウジーニョが心を入れ替える訳がないと思っているのか。黒兎は黒兎よりも辛辣なことを言うハインツを胸ポケットに押し戻した。
「お前らの大将どこにおるんか知らんけど、ちゃんと言うんやで〜」
「そうねぇ。ちゃあんと言っておくわ」
アリアドネはくすくすと笑っている。呪いの魔女になったからか、それとも他人事なのか、リーダーが呪われていても焦っていない。ドミニカとヴィハーンは興味がなさそうだった。
こうなったノッツは、パーティとしてもう長くないのかもしれない。
グリンダは正義感で人を呪っている訳ではないのだろうが、エレンにとっても罪のない人々にとってもグリンダは悪女ではなくて。
カロリーナや聖女フローラ程ではないとすれば、グリンダは確かに普通の魔女だった。
「お前はまだ心入れ替えてないんやな」
黒兎はエレンの目の前に座り、オラティオにも座るように促す。
「……そうですね」
エレンは体が小さいことを利用して盗み食いをし、黒兎の一口以下の量で満腹になる女だ。エレンの今までの生き方によってはこのままでいいと思っていてもおかしくはない。
だが、これからどんな道に進んで行くのかはエレンが決めることだ。そして、それは黒兎にとっては関係のない話だった。
「いただきます」
黒兎は手を合わせていつも通り挨拶をする。そして誰かが用意した晩御飯を口元に運び、リサに食事を勧められて遠慮するエレンを観察した。
「盗み食いすんなや」
「ぐっ」
遅れてツッコむとエレンは気まずそうな表情を見せる。一応駄目なことだと理解していているようだ。だが盗み食いは認めない。
「きゃはは! 人間って胃袋小さいのね!」
瞬間、今の今までどこにもいなかったのにグレイシーが飛んで来た。
「邪魔すんねやったら帰って~」
グレイシーは呼んでない。黒兎にとっては蚊が飛んでいるのと一緒だ。手をひらひらと振って蚊を払う。
「ちょっと! なんなのよ!」
「クロト、意地悪なこと言わないで」
「多分この人怒らせたら怖いよぉ〜」
リサとカレンを無視して肉を頬張ろうとすると、黒兎の頬にグレイシーがぶつかった。
「あべっ」
そのまま歯で頬の内側を噛んでしまう。これで口内炎になったらどうしてくれるのか。痛みをあまり感じない黒兎でさえ不快感を覚えてしまうのに。
「ほんまに何しに来たん」
食事中は食事に集中したい。にやにやと笑うグレイシーが黒兎の次に視線を向けたのは、エレンだった。
「貴方と燕に感謝を言いに来たのよ」
「あぁ。エレンさんと燕、頑張ってましたもんね」
視野が広い虎獅狼はエレンが何をしていたのかを見ていたらしい。スコープを覗いていた黒兎でさえ、エレンとラウが何をしていたのかは見えていないのに。
「えっ、いや、私は何もしてないです」
エレンは心当たりがないのか戸惑っているが、そんなエレンとグレイシーの周りに二十人程のフェアリーが集った。
「あっ、デューク」
その中の一人はカレンの知り合いらしい。デュークはカレンに一礼してテーブルに降り立ち、戸惑いのあまりラウを抱き締めたエレンに向き合った。




