48. 知樹とイオナ
「師匠、どうして俺は木にくくりつけられたままなのでしょうか。修行が終わったのならせめて下ろしてもらえませんかね」
「まだ修行は終わってないわ。今回はあんたの魔力耐性を上げるために、あらゆる魔法をあんたに撃ち続けるの。だからまだそこから下ろすわけにはいかないわ」
「せめて休憩時間には休憩させてもらえませんかね?!」
「下ろしたらあんた逃げるでしょ」
修也がムサシとナノを追いかけに行った明朝。
ムサシの無礼講によって不機嫌度マックスのイオナは、修也が出かけた後知樹を拘束し、知樹をサンドバック……もとい、彼の魔力耐性を上げるために致し方なく知樹を広間の木にくくりつけ、無抵抗の彼に対して魔法を撃っていた。
修行を開始してすぐに知樹の体はボロボロになっていたが、その度にイオナが再生魔法で、知樹を復活させ、また魔法を撃つというのを繰り返す。
ドM仕様のかなり鬼畜な修行であった。もちろん知樹にそっちの気は無い。
今はその修行? のようなものが終わり、二人で休憩をしている最中だ。
「……師匠はどうして魔導十連門になったんですか?」
「いきなり急にどうしたのよ」
「いえ、もし師匠が十連門じゃなければこんなことにはならなかったなと思いまして」
「あんたの才能がここまで飛び抜けてなかったら、こんなことしないわよ」
かなり過去へ遡ったタラレバをこぼすが、自分の隣で座り込んで本を読んでいる彼女には、一切響かない。
それどころか、知樹の愚痴に正論を返す余裕さえある。
自分は後どれくらいこの状態なのだろう。
『チェーン・バインド』によってくくりつけられているため魔法も使えず、真の意味で退屈であった。
「師匠〜、修行再開しないんですか?」
「……」
「えぇ、無視ぃ……」
余程本に集中しているのか、修行が続行される様子が全くないため、知樹にできることといえば、ため息やあくびをすることくらいしかやることがない。
そして、しばらく時間が経った後、彼女は今まで読んでいた本をパタンと閉じた。
すると、
「いいわよ」
「え? 何がですか?」
「私が魔導十連門に入った理由を教えてあげるわ」
「会話のレスポンスが遅すぎる!」
あまりにも遅すぎる質疑応答に思わず全力でツッコミを入れてしまう。
人は集中すると体感時間が短く感じるというのは本当らしく、何もできなくて退屈な知樹と本に集中していたイオナの間で体感時間の差がかなり開いていたのだ。
「とは言っても、そんなに大した理由はないわ。成り行きで入ったとしか言えないわね」
「成り行きですか……」
「そうね……その前に、魔導十連門の入り方について説明しておきましょうか。あんたにも関係のある話だろうし」
「え、俺にもですか?」
魔導十連門へ入るための方法が自身にも関係があるらしく、少し嫌な予感がした。
イオナの方は、知樹の方に視線を移したかと思うと、また本の方へ視線を落とす。
「魔導十連門には、大きく分けて推薦、撃破、後継の三つの入り方があるの」
「三つあるんですか」
「推薦は、魔導十連門の誰かの推薦をもらって、その後受けるテストで合格して入る方法。撃破は、正式な試合で魔導十連門の誰かを倒した時に、入れ替わりでその順位に入る方法」
「撃破の方は、前にナノちゃんから聞いたな……最後の後継は?」
「引退後、弟子を自分の後継者として入れる方法。この場合テストのようなものはないわ」
「へえ、色々と方法があるん……ん? 弟子?」
『弟子』この言葉のにどうしても引っかかってしまう。
今自分が置かれている状況、今横にいる人物、そしてその人と自分の関係性。
思考を随分と遠回りさせて考えた結果、知樹はある一つの答えに否応にも至ってしまう。
「えっと、つまり、俺って魔導十連門六位候補ってこと?」
「候補も何も、私の目標はあんたをそこに就かせることよ」
「はあぁぁあああ?!」
何となくで発した会話の種から、驚愕の事実を得てしまった。
どうやら知樹は、魔導士の最高峰、魔導十連門の六位候補に知らぬ間になっていたらしい。
「ちょ! 俺そんなこと聞いてないんですけど」
「言ったらあんた逃げるでしょ」
「せめて事前に話してください!」
イオナの下に弟子入りさせられたあの日、彼女はそんなこと一言も口にしていなかった。
「あんたの性格は読みやすいのよ。自分が何かをするときはめんどくさがるのに、人のために何かをするときはやる気を出す。典型的な凡人の性格ね」
「……」
思い当たる節がかなりあるのか、先程イオナ向けていた抗議の目を、イオナがいる場所とは反対側の地面に向ける。
「図星ってわけね。まあ、そんな性格だから私は何も言わなかったのだけれど……私もそんな感じで自分が魔導十連門六位だってことをいきなり知らされたわ」
「知らされた?」
「私にも師匠がいたのよ。とある国とのいざこざに巻き込まれて死んじゃったけど」
なんだか急に重たい話になってしまう。
表情は一切崩していないが、声のトーンが明らかに下がっており、明らかに触れてはいけないものに安易に触れてしまったように感じた。
「魔導十連門が何らかの理由で死んだ場合、遺書とかがなければ弟子が後を引き継ぐの。私もそれで唐突に魔導十連門に所属することになったわ」
「……」
何となくで聞いてしまったことを酷く後悔した。
人の心の地雷原に土足でダッシュし、後戻りできなくなってしまう。
「あの人に弟子入りしたのも魔法の腕を磨きたかったからで、魔導十連門に入ろうとなんて思ってなかったしもちろん断ることもできた。でも、お世話になったあの人の空席を、他の誰かで埋めたくなかったのよ。だから私は、私が認めるに値する奴が現れるまで、魔導十連門六位であり続けようと思った。ただそれだけの話よ」
「重たいです。あまりにも重すぎます師匠」
自分が今言える感想としては、この程度が限界だ。
おちゃらけるわけにはいかず、かと言って真剣に聞くのもなんか違うなと思った知樹からは、これ以上の気の利いた言葉が出てこなかった。
「そうね、確かに重い話だったわ。でもあんたなら、私の空席を埋めるにふさわしい魔法使いになれる。だからあんたを鍛えて、私の後継者として魔導十連門に放り込んでやるわ」
「えぇ、俺そういうの嫌なんですけど……」
「今はそれでもいいわ。でもゆくゆくはあの琴葉に勝って、私の方が優れてると認めさせるわよ!」
「結局そっちが目的なんじゃないですか!」
魔導十連門候補の話も琴葉に勝つという話も、どちらにしたってイオナの私欲がほとんどで、そこに知樹の意思はあまりない。
知樹がイオナに弟子入りしたのも半強制的であった。
自身の目的を語ってやる気が出たのか、本をバタンと閉じると、立ち上がって前へ歩いて行く。
「両方私の目的よ。あんたも教える立場になれば、私の気持ちがわかるようになるわ」
知樹にかなりの期待を寄せているからこそ、修行も厳し目で行われている。いわば愛の鞭だ。
しかし、未だ修行の身で、才能を上手に使いこなすための訓練をしている今の知樹に彼女の気持ちは到底わからないのだろう。
「さあ、修行再開よ。今度はもう少し出力をあげるわ! 覚悟しなさい!」
「ちょ! 痛いの勘弁! 魔法を撃つ修行の方をしましょうよ!」
「問答無用!」
「ぎゃああぁぁあああ!」
ある程度の距離まで離れてから振り返ったイオナは、未だ木に縛られて身動きの取れない知樹に対して火属性の魔法を放つ。
この修行のおかげか、最初の頃に比べ外傷はほとんど見られず、ただただ痛いだけであった。
自分の弟子を強くしたいイオナにとっては、これは愛の鞭かもしれないが、知樹から見てこれは愛の鞭というよりただの鞭である。




