49. 修行最終日
「うわわぁぁあああああ!!」
いつも通りの朝。
いつも通りの夢を見て、いつも通り叫んで起きる。
隣で寝ている知樹はなぜ普段うるさいとか言ってくるくせに真隣で寝ている時は起きないのか不思議でならなかった。
しかし、そんなことを気にしている余裕はなく、朝の修行の時刻は間近に迫っていたため、身支度をしたのちに、すぐに広間へ移動した。
「お、来たがや。どうだったがや、昨日一日休んだ感想は」
「体力的には問題ないが、精神的にやつれた気がする……特に美紀のあの性格には参った」
本来であれば、休暇は休むためにあるもの。
そのはずが、自分で巻いた種に偶然が重なって全く休むことができなかった。
あの後知樹の修行も見に行ったが、修行というよりマニアックなプレイをしているようにしか見えず、声をかけずにホテルへ戻ってしまったし。
総合して、質の悪い休みになってしまっていた。
「あいつも相当反省してるようだし、許してやって欲しいがや。それよりも、今日は修行最終日。今日はおみゃーに居合を教えるがや」
「お! 待ってたぜ! ようやくそれっぽいことができるのか!」
修也の修行は、華やかな魔法とは無縁の泥臭く地道な筋トレであった。
剣聖から直々に言い渡されたそのメニューはどれも体力づくりのためであって、剣術などはほとんど教わっていない。
故に、ようやくそのレベルの修行ができることに、正直ウキウキしているのだ。
「ただ、おみゃーに教えるのは少し特殊な居合だがや」
「少し特殊……難しいのか?」
「いや、そういう意味じゃねえがや。この居合は、俺らが使うのと異世界人が使うのとで、技の意味合いが違ってくるがや」
そう言いながらムサシは、近くにあるベンチへとテクテク歩いていき、そこへどっかりと腰を据える。
「まず、居合について教えてやるがや。第一に、居合とは何かを説明してみるがや」
「えっと、鞘に入れてる刀を素早く出して、相手を斬りつける技術……でいいのか?」
アニメや漫画でも、刀を使うような作品は数多くあるが、修也の知識はそこから得たものがほとんどのため、その中での知識を語るとなるとこれくらいの説明が限界である。
「まあその認識で問題ねえがや。じゃあ次に、何故実戦で居合を使う必要があるのか、説明してみるがや」
「実戦で……か。相手より素早く攻撃できるから……斬撃を飛ばせる……ん? なんか違うな」
「その偏った知識はなんなんだがや……」
もちろんこの知識も、アニメや漫画で見てきたもので、作中では目にも止まらぬ速さで抜刀したり、斬撃を飛ばして遠距離攻撃をしたりと、あまりにも現実離れしたものばかりである。
無論現実でそんなことできる人間はいないとは思うが。
「実戦における居合の利点。それは、相手の間合いが読みづらいことにあるがや」
「間合い?」
「そうだがや。仮に、刀を抜いた状態の相手と抜いていない状態の自分を想像してみるがや。こっちは相手が刀を抜いているから間合……つまり距離感を把握できるが、逆に相手はこっちの刀身が見えないから間合が掴みにくい。つまり、場合によってはこっちに有利な状況を作ることができるがや」
「な、なるほど……」
確かに実戦で居合を使う理由を聞かれたが、自分が想像しているよりもかなりリアリティあふれる内容だった。
いや、自分が想像ていたのがフィクションすぎていたのか?
「それじゃあ居合について知ったところで、次は理論を説明してやるがや」
一通りの説明を終えたのか、ベンチから立ち上がると修也との距離をある程度開けた場所へ移動した。
「今からおみゃーに教える居合を使う。おみゃーはそこに立っとくだけでええがや」
「え? 俺に対して使うの?」
「寸前で止めるから心配ねえがや。それじゃあ行くがや」
「え、ちょ、ま……ッ!!」
速かった。何もかもが速かった。
そんなに遠くでは無いにしろ、二人の間にはそこそこ距離が空いていたはずだ。
刀を構えた瞬間それを一瞬で詰め、自分の下に潜りこんだかと思えば次のシーンではすでに目の前に切り上げた刀身が見えていた。
刀を上に振り切ってはいるが、ギリギリ当てなかったのだろう。痛覚が一切反応しなかったため、自分の体が傷物になっている心配はない。
それより驚くべきは、ここまでの一連の作業を、天邪鬼の瞬間移動能力を使わずに行ったということだ。
あらゆるものに即座に反応できるはずの修也の目が、その体の挙動を捉えるだけで精一杯だった。
もし仮に、天邪鬼の能力でこれを喰らっていたらと思うとゾッとして冷や汗が出てしまう。
「心臓に悪いパートツーだ。マジで何もかも漏らしそうだったぜ」
「何言っとるがや、おみゃーの目なら全部見えてただろうに」
「速すぎて光かと思ったわ! 間合いがどうこうとか言うレベルじゃねえぞ! あんなの刀を抜いてても対応できるかどうか……」
少し前に天邪鬼の能力を見せてもらったが、天邪鬼抜きにしてもここまで格の違いを見せつけられてしまっては、今までの自分の努力が小さく見えてしまう。
と言うかそれ以前に、速すぎて参考にすらならないのだが。
ムサシの方はこれがさも当たり前かのように、平然と天邪鬼を鞘へ戻す。
「今のを見て、何か気づいたことはあるがや」
「いや、速すぎて見えなかっ……」
無茶を言うムサシに反論しようと思った矢先、さっきの刹那とも言える時間の映像が頭の中で再生される。
そして、それが答えかどうかはわからないが、その中で気になったことがひとつだけ。
「いや、そういえば下に潜り込まれた時、刀を構えた時よりも姿勢が低かったような」
「……やっぱり見えてるがや。俺はおみゃーに向かって直線で動いたと言うよりも、斜め下の足元に向かって動いたがや」
「そうなると何か違うのか?」
「俺らが使うと下に潜り込むための技術っていうふうに解釈される。だが、おみゃーのような異世界人が俺らに対して今のを使うと、さっきも言った通り意味合いが全く違ってくるがや」
自分の修行は知樹のと違い、かなり理屈っぽいというか、まるで授業を受けているような感覚になってしまう。
もちろん修也は知樹のような感覚派の人間ではないため、こっちの説明の方がわかりやすいが。
「そうだがや……おみゃーらの世界に地上を速く動く……馬車みたいなものってあるがや?」
「馬車みたいなものって言うと……車か?」
修也の頭の中に速攻で浮かんできたのが、科学文明の力の代表とも言える自動車だった。
「その車? ってのが、遠くから走ってきて、しばらくすると自分の横を通り過ぎる想像をしてみるがや。もちろん物体の速度は変えないことを前提にするがや」
「ああ、わかった」
言われた通り、元の世界の情景を思い出しながら、自分が脇道を歩いていると遠くから車が来るのを想像する。
最初は、遠くにある点のような車が、徐々にこちらに対して速度を上げてくるように見える。そして最初ゆっくり近づいてくるように見えた物体は、あっという間に自分の横を通り過ぎていった。
「どう見えたがや」
「最初はゆっくり動いてるように見えたけど、近づいてくるにつれて速度が上がってるように見えた」
「そう、その通りだがや。こっちに向かって動く物体は、近づいてくるにつれて速度が加速しているように見えるがや。そして、向かってくる物体の角度が自分に対して小さければ小さいほど、急に速度が上がったように感じるがや」
なんというか、まるで物理の授業を受けているようだった。
師範の学力は知らないが、決して頭が悪いようには見えず、むしろ地頭はかなり良い方に思える。
修行に費やした時間を勉学に注げばかなりかなり頭のいい人間になっていたのだろう。
「でもそれと今の居合になんの関係があるんだ?」
「おみゃーがさっきの動きを俺に対して使うと、俺の正面に立つ頃には目線が同じくらいになるはずだがや」
自分とムサシの身長差は大体四十センチくらいはあるだろう。
構えた時でも体制を低くする上に、近づくにつれて体制を下げていけば、確かに切るときには同じ目線の高さにいるはずだ。
「自分よりでかい人間が、真正面から徐々に体制を低くして近づいてくると、いくら人間の目でも距離感が掴みにくくなる。それに加えてさっき話した速度の錯覚の特性を組み合わせて間合いを詰めようとすれば……」
「……距離感や速度が分かりづらいから、一瞬で間合いを詰められたと勘違いさせれる」
「その通りだがや。とは言っても、人の目は両目で見るものを立体視することができるから、上手くやっても視界の認識のズレを生み出せるのは一瞬だけだがや」
これだけ理論を並べて、それが上手くできたとしても生み出せる隙はほんの一瞬。
今から自分は、この一瞬を確実にするための修行をし、一日で習得する必要があるのだ。
考えただけでかなり無理のあるメニューだということを再確認させられる。
「けどその一瞬を間合いの読みづらい居合で詰められると、相当対処のめんどくさい技になるがや。相手にとってはかなりウザいし、俺がやられてもイラッとすること間違いねえがや」
「それ俺が嫌われるのでは?」
「別に切る相手にどう思われようと関係ねえがや」
確かに、鬼メンタルの師範だったら相手にどう思われようと関係なさそうだ。
それに、相手を切らなきゃいけない状況になるってことは、最悪相手は自分を殺しに来てる可能性もあるってことだ。
そんな状況下で人の顔色を伺ってたら即死するに決まってる。
「……理屈はわかった。一日しかないんだ。さっさと実践に移らせてくれ」
「話が早いのは嫌いじゃねえがや」
お互い次に何をするべきか理解したようで、修也は右手で自分の刀を握り、いつでも抜刀できる状態に。
ムサシは天邪鬼の身を鞘から抜き出すと、いつでも修也の攻撃に対応できるようにした。
「今回は俺自らおみゃーのサンドバックになってやる。さあ、どんどんかかってこい!」
「おう!」
勢いと威勢のある一喝を入れると同時に、最終日の修行が本格的に始まった。




