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47.5. 波止場での続き

 まだ日が登っておらず、空が青みがかったくらいの時刻。

 ムサシとナノはなにをするでもなく、ただ海を眺めながら太陽が登るのを待っていた。


「いい景色だがや。いつ見たって海は広いし青いがや」

「うん」


 海側は風がかなり強いが、近くで会話する分にはなんら問題はなかった。

 ただ、久しぶりに兄と二人きりになっているためか、ナノの方はまだ少し気まずさを感じている。

 対してムサシは、そうゆうものとは無縁の神経をしているため、会話がないと思うと、自ら話しかけていった。


「ナノ、おみゃーこれからどうするがや?あいつらと一緒に行動するつもりだがや?」


 妹を守るために剣聖になったムサシにとって、妹の安否は任務の次に大事なことである。

 そんな彼がナノのことや、ナノと一緒に旅をする三人のことを聞くのは至極当然の話。

 数十秒の沈黙ののちに、彼女の口が開く。


「……修也さんたちと一緒に首都のイルナスに行くつもり。お兄ちゃんこそ、任務とか言って好き勝手してるけどどうするの?」

「……俺は俺の任務をこなすだけだがや」

「またそうやってはぐらかす……」


 まるで答えになってない言葉ではぐらかすムサシ。

 彼の答えが気に入らなかったのか、一気に膨れっ面になり、自分が不機嫌なのを鈍感な兄にもわかりやすく示すナノだったが。


「ははは! 心配せんでも、ナノが助けを求めた時は、俺が真っ先に駆けつけるがや!」


 そう言いながら、ナノの頭をポンポン叩いて、宥めようとする。

 だが、これも回答が違ったのか、ナノの不機嫌はまだ治らない。


「……それでもダメな時は。あいつが、修也がなんとかしてくれるがや」


 そう言ったムサシの目は、海の向こう、どこか遠くを見ているようだった。

 修也の名前が出たためか先程の膨れっ面も、キョトンとした顔に変わっていた。


「……ねえお兄ちゃん。なんで修也さんを弟子にしようとしたの?」


 ナノからしてみれば、この質問は純粋な疑問だった。

 身勝手に剣の修行に勤しみ、いつのまにか剣聖になっていた兄は、今まで一人だけ、女性の剣士を一人だけしか弟子に迎えたことがない。

 そんな兄がなぜ唐突に修也を自分の弟子にしたのか不思議でならなかったのだ。


「なぜあいつを……か。ナノを守らせるっていうのもあるが、もっと明確な理由が一つあるがや」

「明確な理由?」


 遠い目で海を眺めるムサシ。

 その眼差しはどこか遠く、海なんかよりもさらに向こう側を見据えているような目をしていた。


「水無月修也。あいつはおそらく『主人公』だがや」

「主人公? 物語の主役ってこと?」


『主人公』

 物語の主役を指す言葉で、基本的に物語の中心にいる人物、というのがナノの思うところの主人公である。

 自分のような学校の出し物でずっと脇役を演じてた人間とは違う。

 もっとキラキラした、自分とは縁のないような人なのだろうと思っていた。

 日常生活ではまず聞き馴染まない言葉に小首を傾げるが、


「違うがや。『主人公』って言うのは国の上流階級の中でもかなり上の奴や、魔導十連門、魔導管理局の幹部とか、とにかく歴史の裏側をよく知る人間が使うスラングみたいなものだがや」

「じゃあ、その『主人公』ってどう言う意味なの?」

「使う場面や人間によって多少意味合いは違うが、その多くは歴史のターニングポイント。その分岐点に立っている異世界人を指すがや」


 すかさずムサシが訂正を加える。

 何か聞いてはいけない裏側の部分を聞いているのような、このまま聞き続けてもいいのか不安になってしまう内容だ。

 しかし、押すなと言われたボタンを押してしまいたくなるように、触れてはいけないような部分に触れてしまいたくなるのは、人間の性なのだろう。

 ナノもその例に漏れず、兄の話を止めようとはしない。


「現にライブラリの創立、アライブの開祖、メカニクトの技術発展にも異世界人が関わっていると言われているし、小さな分岐点にも異世界人の影があることは少なくねえがや」

「修也さんも、その分岐点に立ってる人間なの?」

「……まだわからんがや。ただ、このこととおみゃーらがイルナスに向かっているのが、どうにも無関係には思えんがや。だからこそ、もしもの時のためにあいつを育てておく必要があるがや」


 異世界人が歴史のターニングポイントにいるのはナノが学生時代の頃の授業では習わなかったことだった。

 上の人間が意図的に隠しているのか、知られてはまずい何かがあるのか。

 そしてもう一つ、ナノには気になることがあった。


「知樹さんは、違うの?」

「知樹……ああ、あの金髪のことか。まあ、あいつもそうだと思うがや」


 修也の時とは違い、やや歯切れの悪い返事をするムサシ。

 同じ異世界人なら、当然知樹も『主人公(そこ)』に当てはまってもいいはずだが、ナノからしてみれば、彼がこの会話に出てこないのが少し不思議だったのだ。


「確かにあいつも異世界人だが……なんというか、あいつは特殊枠なんだがや」

「特殊枠?」

「詳しいことは口止めされてるから言えんが、あいつは少し修也とは違うがや」


 口止め? 誰に?

 ここまで言ってはいけなそうなことをペラペラと話しておきながら、知樹に関しては誰かに口止めをされているらしい。

 これ以上言及してもおそらく何も出てこないと思ったのか、ナノもこれ以上なにかを言うことはなかった。


「さて、もうそろそろ腹も減ってきたし、朝飯食いに行くがや。ここから少し歩いたところに喫茶店があるから、そこで食うがや」

「……うん、わかった」


 そもそもなぜ兄は自分にこんな重要そうなことを言ったのか。

 その答えは、おそらく兄から聞いてもはぐらかされるだろうし、自分で考えても答えなんか出るはずがない。

 この話は、頭の片隅に留めておく程度にして、兄の横について歩くことにした。

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