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45. 実際には

「師範にナノ……どうして後ろに……」

「扉が閉まったときに、ナノを抱えて店の屋根に登ったがや。んで、おみゃーらが出てきたときに降りてきたんだがや」

「物音一つしなかったんだが……」


 やってることが想像の外側にあり、俄には信じがたいが、『この人ならやりかねない』という謎の信頼感も同時にあった。

 それよりも考えなければならないのは、この場をどうやって誤魔化すかというその一点である。


「それで、皆さんはどうしてここに?」

「……たまたま」

「三人ともさっき俺たちのこと探してたがや」

「そう! 二人に用事があったのよ。どうしても伝えなきゃいけないことが」

「それで、その用事ってなんですか?美紀さん」

「うっ……」


 言い訳しようにも八方塞がりである。

 美紀に関しては自分で自分の首を絞めているようにしか見えなかったが。

 この兄妹もわかっている上で言っているのか、余裕の表情を一切崩さない。


「美紀、純介。もう無理だ。素直に言おう」

「私たちが二人を尾行してたことを素直に言ったら、怒られることなんか目に見えてるでしょ?!」

「尾行してたんですね」

「あ」


『あ』じゃねえよ。

 自分で何もかも綺麗さっぱり素直に自白した美紀に、これ以上フォローすることなんて何一つなかった。

 美紀は咄嗟に『テヘ☆』っと可愛く、やっちゃったアピールをするが、今の修也の感情には呆れ以外何もない。


「さっきそこのバカが言った通り、俺たちは二人を尾行してた」

「今バカって言ったわよね、バカって言ったわよね! 純介! 今こいつ私のことバカって言ったわよ!」

「……」

「なんでなにも言ってくれないのよ!」


 修也の中で美希の存在が『苦手な人』から『ただのバカ』へクラスチェンジしたようだ。

 もちろん美紀はそれに不服を示し修也の肩を揺らすが頭が振れるだけで反応なし。

 純介にも同情を求めようとするが、それに対してなにも言わないあたり、純介もわかっているみたいだ。

 流石にこれは応えたのか、美紀はその場でへこたれながら地に膝をつけていた。


「なんで尾行なんてしたがや」

「師範がナノをちゃんとエスコートできるか心配だったんだよ」

「エスコート……ってなんだがや?」

「そこからかよ!」


 エスコートすら知らないムサシに美紀と同等の呆れを覚えるが、朝の件でデリカシーすら知らないことが既に判明していたので、もうこれ以上なにも言う気力が起きない。

 純介の方は項垂れている美紀の頭を撫でながら『よしよし』って言っているし。


「とにかく! 今日一日ナノと仲良くお出かけできるか心配だったんだ!」

「ああ! そう言うことだがや! それなら大丈夫だがや。今日一日で色々できたがや」

「……ならよかったけど。ナノも楽しかったか?」


 満足そうに笑うムサシであるが正直ナノの意見の方が気になるところである。


「はい! 久しぶりにお兄ちゃんとお出かけできて大満足です。ですから修也さん。今日はありがとうございました」

「ん? なんで俺にお礼なんか言うんだ?」

「お兄ちゃんから聞いたんです。本当だったら今日も修也さんの修行だったけど、修也さんが頑張って一日空けてくれたって。だからお礼を言わせてください」

「別にいいさ。俺も休みたかったしな」


 最初兄と会った時はどことなくぎこちなかった二人だが、今ではちゃんと兄妹らしく見える。

 どうやら、今日という日は二人にとって大切な一日になったようだ。

 話が終わったと思ったのか、純介も美紀を慰めるのをやめて立ち上がる。


「それじゃあ、俺たちはお邪魔にならないように別の場所に行ってる。それじゃあな」

「おう! 後でホテルで落ち合うがや」


 兄妹仲も良好な二人に、もうこれ以上言うことはない。

 後は二人だけの時間を楽しんでもらうために邪魔者はそそくさと退散することにした。


「ストーップ!! ちょっと待ちなさい!」


 お互いに話が終わったため、後ろを向いてそれぞれの時間を享受しようとした矢先に、美紀からストップがかかる。

 彼女の復活はどうやらかなり早いらしく、フラつきながらも心と体を立て直していた。


「はぁ……せっかくいいところで終わったのに、まだ何かあるのかよ」

「当たり前よ! まだ色々と聞きたいことがあるじゃない!」


 そう言いながら、美紀はムサシに向かってビシッと指をさした。


「まず第一に、朝の波止場でなにを話してたの?」

「おみゃーらそこから見とったのか……えっと確か」


 ―――


 まだ日が登っておらず、空が青みがかったくらいの時刻。

 ムサシとナノはなにをするでもなく、ただ海を眺めながら太陽が登るのを待っていた。


「いい景色だがや。いつ見たって海は広いし青いがや」

「うん」


 海側は風がかなり強いが、近くで会話する分にはなんら問題はなかった。

 ただ、久しぶりに兄と二人きりになっているためか、ナノの方はまだ少し気まずさを感じている。

 対してムサシは、そうゆうものとは無縁の神経をしているため、会話がないと思うと、自ら話しかけていった。


()()、おみゃーこれ()()どうするがや? ()()つらと一緒に行動()()つもり()()()?」


 妹を守るために剣聖になったムサシにとって、妹の安否は任務の次に大事なことである。

 そんな彼がナノのことや、ナノと一緒に旅をする三人のことを聞くのは至極当然の話。

 数十秒の沈黙ののちに、彼女の口が開く。


「……修也さんたち()()()()に首都の()()ナスに行くつもり。()()()()()こそ、任務とか言って()()勝手()()るけどどうするの?」

「……俺は俺の任務をこなすだけだがや」

「またそうやってはぐらかす……」


 まるで答えになってない言葉ではぐらかすムサシ。

 彼の答えが気に入らなかったのか、一気に膨れっ面になり、自分が不機嫌なのを鈍感な兄にもわかりやすく示すナノだったが。


「ははは! 心配せんでも、ナノが助けを求めた時は、俺が真っ先に駆けつけるがや!」


 そう言いながら、ナノの頭をポンポン叩いて、宥めようとする。


 ―――


「お兄ちゃん! 必要ないところまで話さないでよ!!」


 波止場での出来事を話していたムサシだったが、自分の恥ずかしい場面まで語られてしまったため、ナノはムサシの口を塞ぐことで物理的に話を中断させた。


「おっと、すまんがや」

「私が想像してたものと全然違う!」


 どうやら風の影響で辛うじて聞こえていた部分が奇跡的に繋がり、そこに美紀の想像が合わさることで盛大な勘違いが発生していたわけである。


「つまり、俺らの……というか、美紀の完全な勘違いだったってことか」

「じゃ、じゃあ、喫茶店でのあの出来事はどうよ! あれは言い逃れできないでしょ!?」

「言い逃れってなんのことだがや?」


 喫茶店ということは、ムサシがナノに朝食を奢ってもらったことだろう。

 美紀にとって妹に奢ってもらうということはどうしても許せないことだったらしく、あの時も宥めるのが大変だった。


「忘れたとは言わせないわよ。ナノちゃんに奢ってもらったわよね」

「ああ、あれはたしか」


 ―――


 波止場から移動してきた二人は、朝食を取るために港近くの喫茶店に来ていた。

 奥の方へと座ると、メニューをひとしきり見た後にウエイトレスに注文をする。

 お互い同じものを頼んだらしく、トーストに、ウィンナーやベーコン、スクランブルエッグとサラダが乗ったプレートを雑談しながら食べていた。


「これ美味しいね。たまには作るんじゃなくて外食もいいかも」

「ナノはこの町に来て何か食ったがや?」

「うん、色々食べたよ」

「なにが一番美味しかったがや?」

「美味しかったもの……ごめん、あんまり思い出したくない」


 ナノの脳裏によぎったのは、二日目にみんなで食べたあの深海魚を扱うレストランの料理だった。

 今思い返しても確かに味は絶品だった。

 しかしそれ以上に、料理とは思えない衝撃のビジュアルが記憶にこびりついていたため、特に食事中には思い出したくなかった。


「そうか。そういえば純介や美紀と出かけた時は」

「ねえお兄ちゃん。あれ」


 話題が切れたと思ったのか、次の話へ切り替えようとした時、ナノがふと、自分たちの座っているテーブルから右側にある入り口付近の窓を見る。

 奥側に座っていた二人からは手前の客が邪魔で少し見えづらかったが、確かにその窓に自分たちがよく知る三人の顔が張り付いてあった。

 特にピンク髪のツインテールは窓に顔を近づけすぎて、息で窓を曇らせていた。


「あれどう見ても美紀さ」

「ナノ、今は見て見ぬ振りするがや」


 いくら鈍感なムサシでもあれに触れてはいけないと思ったようで、ナノにこれ以上見るなと促す。


「あいつらなにしてるがや? 明らかにこっちを凝視してるがや」

「うーん。修也さんや美紀さんなら私たちを見かけたら声をかけて来ると思うし……」

「とにかく、今は気づかないフリをして探ってみるがや」


 その後も、熱い視線を感じながら美味しい料理を食べ進めるが、どうしても三人の……特に美紀の視線が料理の味をかき消すくらい気になるので、『食事』という行為が食べるというより胃に流し込むだけの作業となってしまった。


「美味しかった……よね? うん! 美味しかった……はず」

「腹は膨れたが満足感が満たされんかったがや……」


 二人は会計をするために、二人とも立ち上がりレジの方へと向かう。

 その間も、美紀の視線を全身に浴びながら移動したため、妙な冷や汗が出てきてしまう。


「会計を頼むがや」

「はい、全部で千六百ルピカになります」

「あ、待ってお兄ちゃん。ここは私が払うね」


 懐から財布を取り出そうとするムサシだが、ナノがそれよりも早く財布を取り出し、札と小銭を準備している。


「別にええがや、これくらい俺が」

「お兄ちゃん。最近食費をだいぶ払ってるよね?」


 兄として妹に払わせるわけにはいかないのか断ろうとするが、ナノの一言で懐にある財布を掴んだところで手が止まる。

 自分の手に握られた使い慣れた財布は、手で握っただけで異様なまでに軽いことがわかる。

 自分で使っている財布なら特にだ。


「今は三人で旅してるんだし、美紀さんはよく食べるでしょ?」

「ナノは四人で旅をしてるがや。それに男が二人いたら食費もそれなりに」

「修也さんも知樹さんも美紀さんほど食べないよ。それにうちにはイオナさんがいるし……」

「……すまんがや」


 この前ナノと美紀と純介の三人で出かけた際に美紀がジャンボパフェを食べていたのは記憶に新しい。

 その前にもとんでもない量の食事をとっていたらしく、金額的にかなりの出費になっているはずだ。

 いくら剣聖の給料でも限界がある。

 ナノとしては兄の財布の中身が心配だったため、今回率先して会計をしたのだ。

 事実、ムサシの財布にはあまりお金が入っておらず、懐で握られた財布は、出てくることなく手から離れた。

 そしてそのまま、ナノが会計を済ませ店を後にする。


「助かるがや。今度銀行で金をおろしてくるから、その時に返すがや」

「いいよ別に。私こそ旅に出る前まではお兄ちゃんの仕送りに助けてもらってたし」


 兄として妹の気遣いが心に染みたのか、自然と笑顔が滲み出てしまう。


「そういえば、美紀たちはどこに行ったがや?」

「さっきまでそこにいたのに……」


 先ほどまで窓に張り付き熱い視線を送りつけていた三人はもうどこにもいなかった。

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