43. 尾行2
二人は一通り話し終えたのか波止場から移動し、現在は喫茶店で朝食をとっている。
もちろん三人もついて来てはいたが、純介と美紀は港に行った時にちゃっかり目的の魚を買ってすでに金が無く、修也はそもそも金銭の類を持ち合わせていないため、喫茶店の外から窓を中腰で覗き込むくらいしか出来なかった。
「二人とも何を食べているのかしら? ここからじゃ手元が見えないからかなりもどかしいわ。でもきっと兄妹だからお揃いのものを食べてるのね! それとも一つの料理を二人で食べてるとか!」
「……美紀ちゃん。多分違う」
「あんたの中であの二人はどう映ってるんだ? って言うか、流石にこの状況は恥ずかしんだが……」
異世界人三人が喫茶店の窓を覗き込む様子はあまりにも異様であり、道を歩く人々は一様に不審者を見る目で三人を一瞥していた。
「仕方ないでしょ! 三人ともお金持ってないんだから。って言うか、あんたともう一人の金髪っていつもナノちゃんやイオナさんにお金払わせてるの? だとしたら最低のヒモね」
「財布の紐を握られてるのはお互い様だろ。まあそもそも俺たちの世界の通貨はこっちじゃ使えないんだ。仕方ないっちゃ仕方ない」
「……ムサシさんからもらったお金、魚に使ってもうない」
転生組が知っている通貨とこちらの世界の通貨は全くの別物で、そうなれば当然財布の偉人たちはただの紙切れになってしまうのだ。
純介の手にはただ、魚の入った袋が握られているだけである。
「そういえばあんたたち、こっちの世界に来た時の持ち物ってどうしたの? あたしたちはなんでか知らないけど、こっちの世界に来た時には無くなってたのよね。ねえ、もしスマホ持ってたら貸してくれないかしら。私のSNSのアカウント確認したいのよね」
「生憎だが、お前らと状況は一緒だ。通学の時に買った飯、鞄や教科書の類、んでポケットに入れてたスマホも全部無くなってた。文字通りその身一つでほっぽり出されたってわけだ」
こちらの世界に来た時に、なぜか手持ちのものが全て消えていたのだ。
修也と知樹は目が覚めた時にはナノの家に運ばれていたため、具体的にどこに転生したのかや所持品の有無についてはよく覚えていない。
というか、修也の子供嫌いのせいでそれどころではなかったのだ。
「あ、二人とも何か喋ってる! 一体どういう会話を繰り広げているのかしら? あ! 今ナノちゃん笑ったわよ! ムサシさんもにこやかにナノちゃんの話を聞いているわ! なによなによ、鈍感しか取り柄がないと思ったら、妹一人を笑わせることくらいできるじゃない!」
「なあ、お前だけ少女漫画見てる?」
「……こうなった美紀ちゃんは、止められない」
一人だけ目線が少女漫画視点なのか、兄妹の微笑ましい一挙手一投足を数秒たりとも見逃さず感想を述べている。
ただ、先ほどからずっとこの調子の美紀を見ているため、修也も慣れてきたのか簡素なツッコミをするだけで目線はちゃんと兄妹の方に向いていた。
「立ち上がったわ! 歩いたわ! レジの前に立ったわ!」
「実況が細かすぎるわ! いちいちそんなことで口を出すなよ」
「あんたにはわからないでしょうね。数年ぶりに会った兄妹のドラマチックな再会! 二人っきりになってなにを話すのか! そして人目をしのんで手を繋ぎ、最後には……ああ! 想像しただけで涎が……」
「新手の変態か?」
「……こうなった美紀ちゃんは、止められない」
窓越しで見るだけでは飽き足らず妄想の世界へトリップし、先程まで兄弟を見つめていたその目はどこか焦点があっていない。
一人妄想に浸る間も、窓越しに兄妹は会計を済ませようとするが
「あれ? 今ナノが金払ったよな」
「……うん」
上の空になっている美紀とは違い、修也と純介は兄妹の動きをしっかり見ていたため、会計に使われた硬貨がナノの財布から取り出されるのをしっかり見ていた。
特に修也の動体視力は剣聖ムサシも太鼓判を押すほどなので、見間違いはないだろう。
「え? ちょっと今なんて言ったの? 今ナノちゃんがお金払ったの?」
「ああ、俺にはそう見えたが」
「んもうなんでムサシさんが率先して払わないのよ! 久々に会った妹なのよ! せめてここは兄らしい気概の良さってやつを見せてもいいと思うわ! って言うか割り勘ならまだしも、妹であるナノちゃんに奢ってもらうってどう言うこと!!」
自分の予想していた展開と違ったのだろう。
今すぐにでも文句を言いに行きそうな勢いのまま、窓の奥にいるムサシに聞こえない怒号で捲し立てる。
もちろん聞こえてはいないので、会計は無事にナノが済ませたのだが。
「はぁ、はぁ、これは今すぐにでも文句を言わないといけないわね」
「落ち着け! もう会計は終わったんだ。すぐにここを離れないと見つかっちまうだろ!」
「関係ないわ! 私はナノちゃんにとって理想のハッピーエンドにするためのキューピッドになるのよ!」
「……それ、ただの自己満足」
妹に奢らせたのが余程解釈違いだったのか、感情の向くままに二人が出てくるであろうドアの前に行こうとする。
だが、ここで見つかって二人の時間を台無しにするのはダメだと判断した修也が、美紀の腕に手を回し、物陰まで引き摺り込もうとした。
「離しなさい! 私は、私は理想のハッピーエンドを!」
「暴れるな! って力強すぎだろ。おい純介! こいつの両足を持ってくれ!」
「……了解」
美紀はこの世界の住人ではないため、修也でも問題なく触れることができた。
しかし、何かしら鍛えているのか、修行で筋肉をつけた修也が危うく振り解かれそうになる程、力が強い美紀。
純介に足を持ってもらい、二人が出てくる既の所で路地まで運び込むことができた。
「あっぶねー。危うく見つかる所だった」
「いい加減離してよ! 痴漢で叫ぶわよ!」
「やめろやめろ! 冤罪もいいとこだぞ!」
取り押さえるためとはいえ実際触れてはいるので、ここで人に見つかると絶対に言い逃れはできないのだが。
とりあえず純介と修也はゆっくりと美紀から離れると、落ち着いたのかこれ以上暴れることはなかった。
「全く、これだから男子は。もう少しレディの扱いを心得て頂戴!」
「似たようなことイオナにも言われたことあるな……なあ、どうしてそこまであの二人にこだわる? こう言っちゃなんだが、赤の他人だろ」
修也には、美紀の気持ちがよくわからなかった。
もちろん修也も、困っている人を助けたりだとか、そうゆうことには理解はある方だ。
ただ、美紀の二人への執着は決して赤の他人に対して向けるようなものではない。
「……私たちがムサシさんに助けてもらったことは知ってるわね」
「ああ、確かムサシさんがお前らの第一発見者で、それ以降三人で旅をしてるんだったか?」
「そうよ。その旅の中で、何回もナノちゃんの自慢話を聞いたの。でもほとんど何年も前の話ばかりで、最近のはあまりなかったわ」
「そうなのか?」
「……うん。十年以上前の話がほとんど。最近の話は片手で数えるほどだった」
一緒に旅をしている純介にも確認を取るが、どうやら本当のことらしい。
修也からしてみれば、あのシスコン師範が十年もの間ナノに会っていないというのは驚きの事実であった。
「ムサシさんは私たちの命の恩人なの。旅の途中で何度も助けてもらうこともあった。でも私たちは魔法の適正もあまりないし、実力も前よりはマシになったけど、それでもムサシさんと一緒に戦えるほどじゃないわ」
いつも騒がしい印象の美紀からは想像もできないくらい暗い声。
顔も俯き、路地の影でさらに顔が暗く見える。
「それでも私はムサシさんに幸せになってほしい。十年も前じゃなくて、もっと今の話ができるようになってほしいの。だから、私が動いてでも二人にいい思い出を作ってほしいのよ」
「……美紀ちゃん」
「恩人の幸せを願うのはダメなこと?」
彼女とナノは出会って日が浅く、赤の他人と言っても何ら差し支えない。
しかし、その兄であるムサシは二人にとって、決して他人と呼んではいけない人だった。
助けられた側が恩人に恩を返したいと思うのは至極当然の話。
それが命を救われたとあれば尚更である。
「……にしては師範に当たり強くない?」
「あれはムサシさんが悪いわよ! いいロケーションのところに行ったと思えば全然会話が聞き取れないし! せっかく兄らしさを見せれるところでナノちゃんに奢ってもらってるし!」
「はぁ〜、とりあえず、そこの角から覗いてみろ」
修也の言われるがままに喫茶店につながる通りの角で、見つからないようにこっそりと二人を覗く美紀。
そこでは、会計を終えた兄妹は次はどこに行くかを決めているのか、先程まで三人がいた窓の近くで話をしている。
その二人の顔は、純粋にこのお出かけを楽しんでいることがわかるくらい満足そうな笑みであった
今、美紀の目の前にあるのは、まさに彼女が思い描いた理想の兄妹像である。
「誰かに指図されなくても、二人とも十分満足そうだろ? 俺はお前らよりは師範との付き合いは長くないが、それでもあの人が生粋のシスコンってことは知ってる。それにナノも、純粋に兄貴との時間を欲しがってるようだったしな」
この町に来て二日目の昼食の時、ムサシからもらったネックレスを不服そうに見ていた彼女だったが、今のナノは満足そうに笑っていた。
「どうする? これでもまだ尾行するのか?」
「ええもちろんよ」
「即答かよ! あの笑顔を見てまだ尾行する気か?」
「当たり前でしょ? またムサシさんが何かしでかさないか心配なのよ。もう無闇に出ていこうとはしないから安心して」
美紀の中でまだ満足がいっていないのか、尾行はまだ続行されるらしい。
「あ、二人が移動するわ! さあ、兄妹のハッピーシーンを見逃さないためにもさっさと行くわよ!」
「もう帰りたいんだが」
「……同じく」
俄然やる気の出てきた美紀とは違い、修也も純介ももうこの結果に満足していた。
しかし、この性格の彼女が二人を帰らせることなど許すはずもなく、仲良く町を歩いて行く兄妹の後ろをまた三人でコソコソとついて行くのだった。




