42. 尾行
ハルバードリッチ兄妹の後をつけ、建物やオブジェクトの影に隠れながら尾行をしていた修也。
二人は特にどこの店に入ると言うわけでもなくテクテクと小さい歩幅で港の方へと歩いていく。
しかし空が青みがかったくらいの時刻から店などやっているわけがなく、港で数少ない魚の卸売りをやっているくらいだろう。
「あの二人何しに行くんでしょうね! あの性格真逆の凸凹兄妹がどんな店に入ってどんな洋服を選んでどんなご飯を食べるのかものすごく気になるわ! って言うかムサシさんってレディーのエスコートの仕方を知っているのかしら? なんなら私が今から言ってムサシさんに助言をするのも……あ、でもそんなことしたらせっかくの雰囲気が台無しになっちゃうわよね! そこのところどう思う?」
「とりあえずこれ以上喋らないでくれ! 見つかるだろ!」
「……でも、正直気になる」
最初こそ順調に尾行をしていた修也ではあった。
しかしホテルを出て数十分コソコソしていると怪しい気配が二つ修也の真後ろに立っているのがわかった。
振り返ってみると、先に港の方に行ったと言われていた美紀と純介が修也の後ろからあの兄妹を覗くように見ていたのである。
「って言うか、あんたらなんでこんなところにいるんだ! 先に港の方に行ってたんじゃなかったのか!?」
「朝起きて久しぶりに純介の手料理が食べたいと思ってムサシさんに無理言ってお小遣い片手に純介と港に向かってたらいつの間にか道に迷ったのよ。二人でかるーい雑談をしながら歩いていたらいつの間にか知らない道にいて、あっちこっち歩き回って疲れたからどこかで休もうと思って歩いていたらちょうどあんたがいたの。それで後ろから声をかけようとしたらそれより前に面白そうなものが見えたから今こうしてあんたとあの二人を尾行してるのよ」
「丁寧な説明ありがとう。できればもう少し簡潔に話してくれ」
「……面白そうだから、ついてきた」
「簡潔すぎて情報がねえな……」
ダラダラと経緯を話す美紀とかなり簡潔にまとめる純介。
美紀は目の前の兄妹を凸凹と揶揄していたが、修也からしてみれば後ろの二人の方が凸凹している。
「まあとにかく、あんたら二人も来るってことでいいんだな。三人で行くんだ、バレないようにしろよ」
「……わかってる」
「あの二人、9歳も歳が離れてるのよね。それだけ歳が離れてるからあれだけ考え方が離れてるのかしら? そういえばムサシさん、ナノちゃんが学校に入学する頃には修行に出てたって言ってたわね。つまり二人とも兄妹だけど、お互いにお互いがよくわかっていないのかしら? そういえば兄妹なのに二人の距離が全然近くないし、あんまり話してないようにも」
「一人全くわかってないのがいるんだが……」
「……こうなった美紀ちゃんは、止めれない」
尾行に三人、しかも全員この世界の住人より体が大きいため、二人にバレる可能性が高まってしまう。
細心の注意を払いながら尾行するように二人に促すが了解したのは純介のみ。
美紀の方はハルバードリッチ兄妹の関係性について考察しており修也の話を全く聞いていなかった。
「にしてもあの二人、どこまで行くんだ?」
「……もうすぐ、港」
「魚はお前らが買ってくるって言ってたけど、それ以外に港に行く理由なんてあるのか?」
「……俺たちを探してるのかも」
「兄妹二人っきりで出かけれるって日に、あのシスコン師範がそんなことするかねぇ」
三人で行動することになった後も、なんとか見つからずに尾行することができた。
二人の目的地は港で間違い無さそうだが、どうにもその目的がわからないでいた。
「……あ、あそこ曲がった」
「よし、二人とも行くぞ」
「私が思うに二人とも一緒にいられない期間が長すぎて兄妹ながらにお互いの距離感が掴めずにいると思うの。ムサシさんは二人も知っての通りあの性格だから気にしてないかもしれないけど、ナノちゃんはムサシさんとは真逆の性格だから何をどう接していいか分からないと思うの。私としては今すぐにでもここから飛び出して二人の中を取り持ちたいけど、部外者である私があの兄妹の間に入っていいのかと言われれば決して良いとは言えなくて、でもだからこそ」
「まだ喋ってるし……」
「……美紀ちゃん。行くよ」
「あ、はいはいわかってるわよ。二人ともせっかちね〜」
T字路を二人が左に曲がり、建物で姿が見えなくなる。
大きな足音を立てないように走り、素早く曲がり角の建物の壁に張り付く。そのままバレないように顔の半分だけを覗かせると、二人が波止場で海を見つめてる様子が見えた。
「どうやら港の端っこの波止場まで来たみたいだな」
「……二人とも、海見てる」
「ムサシさんにしてはなかなかのロケーションじゃない。ただ少し言わせてもらうと、私的に海なら夕焼けの茜空、太陽が水平線に消えかかったくらいがベストタイムね」
「……人のそう言うのにケチつけるの、良くない」
「なんか言った? 純介」
「……ごめんなさい」
「お前、だいぶ苦労してるんだな……」
先ほどから美紀は、ムサシとナノの兄妹デートに様々な考察を重ねては妄想を膨らませている。
それだけならまだいいが、尾行しておきながら人の行き先までああだこうだと言うのは流石に看過できなかったのだろう。
純介が美紀に対し、その意見に苦言を呈するが、美紀がその一言を放ち睨みを効かせると、蛇に睨まれたカエルのように一瞬にして萎縮してしまった。
修也もこれには同情せざるをえない。
「いい……がや。……見たって……いし……がや」
「ん? おい、なんか喋ってるぞ」
「……波と風の音で、聞き取りづらい」
「ちょっと静かにしなさいよ聞こえないじゃない! 一体どんな話をしているの? 久しぶりに二人っきりになった兄妹の会話っていったい?!」
「聞こえないから静かにしてくれ!」
どうやら海を見ながら二人で会話をしている。
しかし、場所が波止場でなおかつ二人にバレないようにしているため、距離がそこそこ離れてしまっている。
おまけに波風の音で、二人の会話は断片的にしか聞こえないようになっていた。
「これ以上近づけないの? 私、二人の会話をもっとはっきり聞きたいわ」
「無茶言うな! ただでさえ剣聖の師範にバレないで尾行している上にこっちは三人もいるんだ。これ以上近づいたら確実に見つかる!」
「……それに、もう隠れる場所がない」
二人の会話を聞こえるようにするにはより近く必要がある。
しかし、港の端っこの波止場ということもあり、隠れるのに適したオブジェクトがどこにもない。
それに、あれでもムサシは剣聖。察知能力には人一倍長けてると思っていいだろう。
見つかる危険性を考えるとこれ以上前へ行くことができないのだ。
「ナノ、……から……あい……する……だがや」
「ん? なんか今聞こえちゃいけない言葉が聞こえた気が」
断片的にしか聞き取れないが、わずかに得た情報を頼りに頭の中で繋ぎ合わせようとする。
すると、明らかに兄弟の会話ではないような言葉が脳内に浮かび上がってきた。
「『ナノから愛するだがや』ですって!! まさかまさか、あの二人兄妹という壁を超えた禁断の恋を!!」
「いやいや。あの二人に限ってそんなこと……」
「……決めつけるには早い」
一人で盛り上がっている美紀と、流石にそれはないだろうと思う修也。しかし
「……と一緒に……イル……お兄ちゃん……好き……して……」
ナノの口から、はっきりとではないにしろ二人の関係を示すような言葉が出てきた。
「『お兄ちゃんと一緒にいる。お兄ちゃん私を好きにして』だって!! キャー! 萌える! なんとも萌える展開だわ!!」
「おい! なんか色々脚色してなかったか?!」
「……美紀ちゃん、見つかるから静かに」
音が聞こえないのは向こうも一緒なのか、幸いにも美紀の声は二人には届いていないようだった。
その後も会話をなるべく聞こうと耳を立てるが、特出すべき話は何も聞こえて来ず、ただ波と風の音だけがうるさく耳元で吹いているだけだった。




