41. いつもより騒がしい
「うわわぁぁあああああ!!」
いつも通りの朝。
師範との修行の時間に今日も悲鳴を上げながら目覚める。
「ヤッベ! 修行……じゃなかったな。今日は約束の休日だった」
師範との約束から三日が経ち、今日はとうとうその約束が果たされる日だった。
忙しなく修行の準備をしようとする修也だが、今日ばかりはゆっくり身支度ができる。
隣では修也の悲鳴を間近で聞いておきながら全く起きない知樹。
イオナとナノもこの時間はいつも寝ているため、改めて自分が早い時間に起きたことを自覚できる。
「さて、こんな時間に起きても店はどこもやってないだろうし、マジで暇だな」
二度寝でもしようかと思ったが、またあの夢を見るのは嫌だし、寝てしまってはせっかくの休日が勿体ないと言うもの。
早起きは三文の徳とも言うし、二度寝してもいいことはないだろう。
「異世界にコンビニとかってないのかね〜。まあ、あってもそこだけで時間を潰せるわけじゃないしな〜」
寝室を出て誰もいないリビングへ直行し、どっかりとソファに座る。
横長のソファの真ん中で座り、手をソファの後ろに回して天井を見る。
頭の中で今日のスケジュールを組み立てようとするが店が開き始めるのは8時か9時くらい。
どう考えても2、3時間は暇を持て余してしまう。
仕方がないので、時間をたっぷり使って今日の計画を考えることにした時だった。
「迎えに来たがや!!」
「うわ! ちょ、なんで入ってこれるんだよ! っていうか今日は修行じゃないだろ?」
「用があるのはおみゃーじゃにゃーがや」
鍵をかけておいたはずの扉を何故か開けて、そのままツカツカと修也一行の部屋へと入っていくムサシ。
修也の前を通り過ぎると、奥の方にあるイオナとナノの寝室の前へ仁王立ちをする。
「おい師範。まさかとは思うが」
「ナノ! 起きるがや!! 今から出かけるがや!!」
「あんたには躊躇いというものがないのか?!」
勢いよく二人が寝ている扉を開け、二人が中にいる掛け布団を引っぺがす。
あまりの躊躇いと思いやりの無さに、目の前の人物の弟子になったことを恥ずかしく思う。
「え? お兄ちゃ……キャーー!!!」
「ちょ?! なんであんたがここに!!」
恥ずかしく思っているのは当然被害者側もだ。
ただ、修也の感じているものとは違うからか、頭を抱える修也に対して二人は顔を赤らめていた。
ナノはいつもの三つ編みを解いてストレートの黒髪になっており、白のシャツとドロワーズを着ていた。
イオナも金髪のストレートになっており、高価そうな黒のランジェリーを身に纏っていた。
「ナノ! 今から出かけるがや!」
「で、出てってよお兄ちゃん!!」
「何してるの修也! そいつをつまみ出して頂戴!!」
「いや、俺触れないんだけど。触ったらここでぶっ倒れるんだけど。あと俺は何も見てないからな」
今の修也にできることと言えば、自分の無罪を誇張する様に目を手で覆い隠すことくらいだった。
「だったら私が今ここで!」
「はい師範、向こうで俺と一緒にプライバシーの勉強をしましょうねー」
イオナが明らかに何かしそうな雰囲気だったが、こんなところで魔法を撃たれてはたまったもんじゃない。
修行初日の明朝にムサシがやっていた襟だけを持って引っ張り上げる技を、器用にやってのける修也。
ただ、身長差の関係で今のムサシは首をつままれた猫のようだった。
これ以上女性陣の怒りを買わないように、そのままそそくさと部屋を出て行く。
「あんたなぁ! いくら妹だからって遠慮がなさすぎるだろ!」
「家族だから関係ねえがや」
「イオナがいることを忘れるな! あいつ怒らせたらホテルごと焼け焦げる!」
「興味ねえから関係ねえがや」
「何でそうも主観的なんですかねえ!」
どう考えてもムサシが悪いのだが、全く悪びれる様子は全くない。
修行をしていた時もそうだったが、ムサシが自分の考えを修也に話すことはあっても、修也の考えをムサシが考慮してくれたことはほとんどなかった。
それこそ、今回の休みの件くらいである。
「ふあぁ〜。うるさいぞ修也、寝室まで響いてたぞ。あ、ムサシさん来てたんですね」
眠たそうな目を擦りながら身支度を済ませた知樹が寝室から出てくる。
どうやら先程の騒ぎで起こしてしまったようだ。
だったら何で修也が叫ぶタイミングでは起きないのか不思議ではあるが。
「あとの二人はどうしたんですか?」
「美紀と純介は港に出かけてるがや。美紀が久しぶりに純介の手料理が食いたいってワガママ言うから小遣い渡して二人で魚を買いに行かせてるがや」
「あいつ料理できたのか。意外だな」
修也は今までずっと修行をしていたので、美紀と純介とはほとんど会話をしていなかったが、一緒にいるところはよく見かけていた。
純介は完全に美紀の尻に敷かれるタイプだと思っていたが、案の定であった。
「ナノちゃんと師匠は?」
「もうすぐ出てくると思うぞ。弟子として、師匠のご機嫌取りだけはしっかりしとけよ」
「ちょっと待てそれどう言う意味だ?」
ムサシの粗相を見ておらず、話の内容もあまり理解していない様子を見ると知樹はうるささで起きただけで何が起こっていたかはわかっていないようだ。
首を傾げながら考える知樹。その時、女性陣の寝室が勢いよく開けられたかと思うと、中から怒り心頭のイオナと、表情には出ていないが確実に怒っているのがわかるナノがいつも通りの服で出てきた。
何が起こるのかある程度予想がついていた修也は大丈夫だったが、話の内容を理解していない知樹は思わず体をビクつかせてしまう。
「プライバシーの勉強とやらは終わったかしら」
「ああ、まあ一応」
「お兄ちゃん。私はもう何も思わないからいいけど、イオナさんに迷惑をかけるのはやめてね」
「おう! 今度は気をつけるがや。それじゃあ、出掛けに行くがや!」
「ちょ、お兄ちゃん! 私まだ色々支度が!」
ナノの注意を一言で軽く流したかと思うと、今度は手を取って無理矢理外へナノを連れ出したムサシ。
「本当に忙しない男ね。兄妹かどうか疑いたくなるくらい、ナノとは似ても似つかないわ」
他人を思いやる気持ちが強い妹と、他人の気持ちに鈍感な兄。
おそらくムサシは生まれてくる時に「思いやり」と言う概念を母親の中に残したまま生まれたのだろう。
「……気になるな」
「気になるって何がだ?」
「兄妹水入らずで出かけるのは微笑ましいんだが、いかんせんあの師範に女性向けの店選びとかができるのだろうか」
「無理でしょうね」
「だよな〜」
いくら兄妹とはいえ、ナノもあの見た目で22歳だ。
さっき妹のプライバシーをガンガン侵害していたムサシが、年頃の女性に合った店を選択できる程のセンスを持っているかと聞かれれば答えはNOに決まってる。
「マジで心配になってきたな……俺ちょっと様子を見てくる!」
「あ、じゃあ俺も」
「あんたは私と午後まで修行よ。それと私今機嫌が悪いから、キッツいメニューにすることにしたわ」
「それ俺で鬱憤晴らそうとしてますよね師匠!」
修也は出て行った二人に追いつくために、修行で鍛えた足をフルに使って颯爽とホテルを去っていった。




