39. 実力の差
バトルショーの開演を宣告するテリーヌ。
開演と同時に指を鳴らすと、周りに敷き詰められている紙がワサワサと動き出す。
「複合詠唱『アップ・ザ・ハリケーン』!!」
テリーヌの詠唱で下から突き上げるような強風が知樹を中心に、まるで渦を巻くかのように吹き出していく。
一枚一枚バラバラと地面から剥がれるように飛び立つ紙たちは、海波を乗りこなすサーファーのように風に勢いよく煽られると、風の軌道に沿うように動き、強風の形が可視化されていった。
その光景はさながら
「竜巻だ」
「その通りっス。風と風を合わせた複合詠唱。さながら竜巻に見えるっスよね」
「同じ属性を組み合わせることもできるのか……知識が広がったのは嬉しいけど、これ以上の長丁場は本当にまずいぞ……」
この戦いにおいて知樹が最も危惧していたこと、それは十連門が本気を出してしまうことに他ならなかった。
彼がハンデをつけてくれたままなら、彼が自分を舐め腐ったままなら。あるいは勝機の芽はまだ存在していたのかもしれない。
しかし、テリーヌの決断は思いの外早く、芽吹きかけていた勝機はあっけなく踏み潰されたようだ。
「ちなみに竜巻って、風の渦に巻き上げられた雲がまるで竜のようにとぐろを巻いて上へ昇っていくように見えるから「竜巻」って言うらしいっス」
「一体何を……まさか!」
巻き上げられた紙はさながら雲のようだった。
竜巻の中、ランダムな軌道を描いてクルクルと回っていた紙は風に煽られながらも先程の紙飛行機のように空中で折りたたまれていくのが見えた。
しかし、その動きは紙飛行機のような簡単なものを折っているようには見えず、より複雑な何かのパーツを作っているように見える。
「折り紙には無限の可能性があるっスけど、流石にこれを覚えるのはめちゃくちゃ苦労したっス。一個一個のパーツは複雑だし、手じゃなくて魔法で折るから精密に組み立てるのが難しいんスよ」
説明口調で自分の苦労を語るテリーヌだが、知樹からすれば正直どうでもよかった。
より正確に言えば空に佇むそれに目を奪われ、テリーヌの話など微塵も頭に入ってこなかったのだ。
上空で折られた紙は頭から順に素早く精密に組み上げられ、折り紙が尻尾と思われる部位を作り終えた頃には、その全容がまるで自身の存在を誇張するかのようにとぐろを巻いてこちらを睨みつけている。
「なんですか……それ」
「見てわからないっスか?竜、もといドラゴンっス。昔見たのを参考に作ったんスよ。大量の紙を消費するからあんまり使いたくないんスけど、イオナさんのお弟子さんに見せても恥ずかしくないくらいにはよくできてるっスよ」
「いや、見ればわかりますし。確かに凄い再現度なんですけど……」
テリーヌの真上には折り紙で折られた真っ白な竜。その見た目の再現度は実物を見たことがない知樹ですら、まるでそこに本物がいるのではないか?と錯覚できてしまうほどの完成度。頭の先から尻尾の先、鱗の表現や蛇のような胴体から出る鉤爪、その全てが精巧に作られていた。
「なんか、小さくないですか?」
ただ一点、大きさを除いて。
「しょうがないじゃないっスか! 鱗一枚一枚精巧に作ったんス! 紙が足らなすぎるんスよ!」
「いやでも何というか、ガッカリ感が否めないというか。これ原寸大の何分の何スケールですか?」
「12分の1っス」
その竜、全長にして約2.5メートル。
原寸大であれば30メートルはあったであろう竜は、紙不足という理由から随分とこじんまりした体躯へ成り下がってしまっていた。
「小さいとは言えドラゴンはドラゴンっス。舐めてかかると痛い目を見るっスよ!」
テリーヌが手をこちらに突き出すと、上空のドラゴンが生きているかのように体をうねらせながら、こちらへと向かってくる。
「何度も言ってるじゃないですか。ドラゴンだろうと何だろうと、紙なら燃やせばいいって話だって!」
「悪いっスけど、今度は通用しないっスよ」
知樹は紙飛行機の時同様に、火球をドラゴンに向けて放ち、その内数球は後ろのテリーヌに当たるように方向を調節していた。
「そういう短絡的な考えは死に直結するって覚えておいた方がいいっスよ。俺みたいな十連門級を相手にするなら特にっス」
テリーヌは帽子を深く被ると、まるで勝負が決したかのような話をしている。
そんな中でも知樹の火球はドラゴンとテリーヌの両方に向かって飛んできていた。
そして、火球がドラゴンに当たるか当たらないかのその寸前。
「忘れてないっスか? 俺の固有魔法の能力を。『ペーパーズ・ポケット』!」
テリーヌが固有魔法を詠唱した瞬間、ドラゴンの口から前方の広範囲に向けて、水流が発射され、火球全てを打ち消してしまった。
「ちょっと待て! ドラゴンって普通火炎を吐くもんですよね! 何で水なんですか!」
(え? そっちなの?)
(知樹さん。そこは魔法が消されたことに驚いてください……)
そこじゃないと見学者の二人は思ってしまうが、咄嗟の出来事で口に出すまでには至らなかった。
質問した方は自身の了見違いのドラゴンに驚きを隠せず、質問された方は自信満々に手に持っていた紙を取り出した。
「俺の固有魔法はさっき説明した通り、紙を媒体に俺が作った空間に物を出し入れできる魔法っス。当然、魔法を入れることだってできるんスよ」
「ってことはまさか……」
「紙の数だけ遠隔で魔法を使うことができるっス。つまり」
ニヒルな笑みを浮かべるのとその事象が起こった瞬間にさして差はなかったであろう。
知樹の眼前まで来ていたドラゴンはその純白の体を急に燃やし始めたのだ。
いや、燃えただけではない。ある部分では水が発生し、別の部分では尖った氷が露出。尻尾の先端では紙が勢い良くビラビラとなびいていたのだ。
「複数の魔法を入れれば、それら全てを同時に行使することができるんスよ!」
「もはやドラゴンの原型を留めてないですよね!」
その見た目はまさにカオスの一言につき、ドラゴンというよりは魔法の塊だった。事実そうなのだが。
「ヒィ! ちょ! タンマ!」
「タンマは無しっス。悪いっスけど逃さないっスよ!」
腰を抜かしながらも両手両足を器用に使って後退りをしようとする。
しかしその抵抗も虚しく、目の前の物体から光る鎖のようなものが出てきて知樹の両手両足を縛りつけた。
「『チェーン・バインド』は縛った対象の動きだけじゃなく魔力も拘束する魔法。これ、どっかで聞き覚えないっスか?」
「本当に待って! 痛いのは勘弁!」
「ちなみに俺の紙は水の魔法をかけてあるから、並大抵の火力じゃ燃えないんスよね」
先ほどまで知樹優勢だったが立場がものの数分で大逆転し、当の本人は惨めに命乞いをする始末。
しかしそれも虚しく、ドラゴンのような物体の口がパカっと開くと、明らかに火でも水でもない咆哮が知樹目掛けて発射されようとしていた。
「クソ! もう打つ手なしか!」
チェーン・バインドで縛られ魔法が使えない知樹にこれ以上何ができるのだろうか。
自身の死期を悟り、走馬灯のようなものまで見え始め、恐怖で目を瞑ってしまう。
もうおしまいかと思ったその時。
「そこまでよ!」
先ほどまで見学していた師匠が声高らかに終了の宣言をすると、ナノと共にツカツカと二人の元へと歩いていく。
テリーヌの方もこれ以上の攻撃は意味のないものと判断したのか、ドラゴンの咆哮を中断し、知樹の拘束を解いた。
「勝負はテリーヌの圧勝よ。でも途中ハンデを外したのはどうかと思うけど」
「あはは、すいませんっス。でもそれだけ知樹さんの才能が凄いってことっスよ」
「本当に凄かったです! お二人ともハイレベルな戦いでしたよ!」
魔力抑制の腕輪を外して戦ったのは大人気ないとイオナに窘められるテリーヌ。
知樹がテリーヌの方に意識を向ける頃にはドラゴンの体は白に戻っており、テリーヌはドラゴンの側へと向かっていた。
そして腰を抜かした知樹の前まで行くと、先程の笑みとは違った、いつも通りのテリーヌが手を出してきた。
「君の才能には目を見張るものがあるっス。それにいい才能といい師匠を持ったのは、かなり運がいいっスよ」
「あはは、ありがとうございます」
知樹はテリーヌの手を取ると、お互いに握手を交わす。
地面に座っている今だからこそ、テリーヌの小さな体が大きく見え、その大きな存在と握手できているという感覚が、自分はまだまだなんだなと自覚させてくれる。
「この調子で日々精進っス」
「……わかりました! 俺、頑張ります!」
互いに熱い握手を交わすと、テリーヌは十連門として、魔法の大先輩として励ましの言葉のエールを送った。
それが終わると、二人を見ていたイオナが話の話題を切り替えるようにパンパンと手を叩く。
「さあ、もうそろそろお昼頃よ。今日は助かったわテリーヌ。約束通り、レストランでご馳走してあげる」
「やったっス! もう俺お腹ぺこぺこっスよ」
「師匠、本当にあそこ行くんですか? 初見にはかなりキツいですよ?」
「まあ、味は美味しいですし……」
「……もう疲れたしいいか」
テリーヌとの手合わせを終え、時刻は丁度お昼時。
見た目と味のギャップを文字通り味わって欲しいのか、イオナの意向で昼食は先日も行った深海魚のレストランへ。
ウキウキするテリーヌを横目に、疲れた知樹はナノの言葉を聞くとイオナの意見に反論する気も失せ、流れに身を任せることにした。
ただ多少罪悪感は残るらしく、心の中でテリーヌへ謝罪していた。




