38. 『ペーパーズ・ポケット』
テリーヌの周りを飛び回っている紙飛行機たちは、上下左右に方向を変え、中にはクルッと一回転するものまであり、まるで生きているかのような、もしくは誰かが操縦しているような動きをしていた。
そしておそらくはその操縦士である男が右手を前にかざした瞬間、紙飛行機は一気に方向を変え、知樹目掛けて一斉に飛びかかってきた。
「相手が紙飛行機なら、燃やせば済む話ですよね!」
知樹は紙飛行機と同じかそれ以上の火球を周りに出すと、狙いを定めて火球を一気に打ち出した。
しかし、ヌルヌルと滑らかに動く紙飛行機は燃えるか燃えないかのギリギリを攻めながらもしっかりと避け、まるで知樹を煽るかのような余裕の旋回を見せていた。
「甘いっスよ。素人の魔法が当たるわけないじゃないっスか」
「甘いのはそっちですよ」
「え?」
知樹が放った火球は軌道をよくよく見てみると、全弾テリーヌ目掛けて飛んできていたのだ。
今現在知樹によって作られた沼に足を取られているテリーヌは、身動きが取れない状態にあり、格好の的になっているのだ。
「動いている物体には当てられなくても、止まっている人間に当てるくらい訳ないですよ」
「それならまた水で」
「俺が何の対策もしてないと思ってますか?」
テリーヌが再度水の壁を貼ろうとするが、それよりも前に知樹が指を鳴らす。
すると、沼の中から光を放つ鎖が突如飛び出してきてテリーヌの小さな体と手足に巻き付き、沼からの脱出をほぼ不可能にする。
そのまま、何の魔法も出てこないまま無数の火球がテリーヌに直撃し、当たらなかった数発は地面に直撃して砂埃を巻き上げていた。
「『チェーン・バインド』は縛った対象の動きだけじゃなく魔力をも拘束する魔法。師匠にこれを食らった時、魔法を使えなかったからまさかとは思ったけど、案の定だったな」
その魔法は、修也の子供嫌いを矯正するために使われ、修行から逃げ出そうとした知樹を拘束するためにも使われた、エクスプロージョンに次いでイオナがよく使用している魔法だ。
知樹の魔法が当たったのに対して、テリーヌの紙飛行機は一つも知樹に当たることなく横を通り過ぎ、風に煽られたのか上空へと飛んで行くものもあれば地面に落ちるものもあった。
「くぅ〜! こういうのやってみたかったんだよな〜。にしても俺の才能マジで凄いな。これなら十連門入りも夢じゃないぞ!」
「ちゃんと教えていないのにどんどん吸収していくわね……師匠ながら弟子が怖く思えてきたわ」
「すごいですよね。魔法を操る才能が一流の魔法使いそのものです」
遠巻きに見ている二人はこの世界に来てからの知樹を知っているが、それでもこの所業には称賛を通り越してドン引きである。
知樹の攻撃をまともに食らったからか砂埃の奥からは何の動きもなく、ただただ視界を遮られているだけだった。
気絶をしているのか怪我をして身動きが取れないのか、どちらにしても知樹の勝利は誰の目からしても確実なように見た。
「さあテリーヌさん。これで俺の勝利です! とは言っても、気絶してもう聞こえていないかもしれないですけど……あれ?」
勝利を確信し額に手を当ててカッコつけるように砂埃に対して指を差すが、宙を舞う砂埃が落ち着いてくるとそこにたはずのテリーヌの姿はなかった。
本当に砂埃に対してカッコつけていた知樹は、思わず拍子抜けした声で現実を見てしまう。
「俺の『ペーパーズ・ポケット』はあらかじめ紙に込めた魔力を使って発動してるっス。だから俺の魔力だけを縛っても意味ないっスよ」
「な! テリーヌさんの声……どこだ? どこにいる?!」
どこからともなく聞こえてくるテリーヌの声。
前でも後ろでも右でも左でもない方向から、ただ淡々と余裕を持って能力の解説をしている。
相手が見えないからか、致命傷どころか傷すら与えていないのでは?と錯覚しそうになってしまう。
「そして『ペーパーズ・ポケット』は物体を紙に封じ込める固有魔法ってよく勘違いされるけど実は違うんスよね」
「クソッ……なんでどこにもいないんだ」
「何やってるの知樹! 上よ!!」
全体に響き渡っていたと思ったその声は、上空にいたテリーヌから発せられていたものだった。
イオナの助言でようやく気づくことができ、指示通りに上を向くと、片足を紙飛行機に乗せて上空でバランスをとっているテリーヌがいるというあまりにも異様な光景が目に入ってきた。
テリーヌは自分のカバンの中に手を入れると、相当分厚い紙の束を地面にそのまま落とした。
空中分解されていく紙の束は、まさに紙吹雪と呼ぶにふさわしいほど空中でバラけ、仕組まれたかのように一枚一枚が重なることなく広場に満遍なく敷き詰められた。
「紙が、そこらじゅうに……」
「俺の固有魔法は紙を媒体にして、紙に押し当てた物体を俺が作った魔力空間に閉じ込めることができるんス」
説明を一区切りしたかと思うと、今度は自身が立っている紙飛行機にぬるりと体をくねらせながら入っていくという質量や体積を度外視したパフォーマンスを見せられ、思わず固唾を飲んでしまう。
「つまり紙は物体を入れるための扉に過ぎないんスよ。これのおかげで俺の生活が成り立ってると言っても過言じゃないっス」
今度は地面に無数に落ちている紙の中の一枚からからぬるりと解説をしながら出てきた。
マジックショーの時も、紙の面積以上の体積を持つ風船を割ることなく出していたため、おそらく面積や体積云々の話では説明がつかないのだろう。
イオナの固有魔法しか見たことがない知樹にとって、その光景と戦い方はあまりにも未知であり、同時に「そういうもの」だと自分に思い込ませるしか今はできないと思い、とりあえずは目の前の未知に対しての警戒を強めた。
「ちなみに、俺はイオナさんと同じ火と水と風の魔法が扱えるっスけど、特に風の魔法が得意なんス」
知樹の警戒とは裏腹に、飄々と説明を続けるテリーヌ。
確かに今思えば、紙飛行機を操ったり紙を満遍なく地面に撒き散らすことができたのも風の魔法を使っていたからなのだろう。
「この言葉の意味。わかるっスよね」
「ッ!!」
先ほどまでの態度とは一変し、その目は今から目の前の人一人を殺すと宣言しているような。
殺気のこもった嫌な真っ直ぐな目に思わずたじろいでしまいそうになる。
「何を……するつもりですか?」
「さっきの一発で確信したっスよ。甘いのは自分だったって。そもそも、異世界人とはいえ十連門の一番弟子に手を抜いてたんじゃ、あんたにもイオナさんにも失礼っスよね」
「いや、俺としては甘い考えのままでいいと思うんですけどねー」
テリーヌはハンデとしてつけていた腕輪を取り外して投げ捨てる。
太陽の光で銀色に輝く腕輪は、テリーヌがばら撒いた紙の上に転がっていくと、そのまま紙の中へと飲み込まれていった。
おそらくは本気で向かってくる相手に、知樹は更に警戒を強める。
「さあ、テリーヌのバトルショー。開演っスよ」




