35. 道化師テリーヌ・フォクシー
海をバックにテリーヌのマジックショーが開演される。
しかし、その盛り上がりはあまりにも低く、拍手をしているのは一番前の子供くらいでだった。
鳩が飛び出て行った後、もう一度指を鳴らすとテリーヌの目の前に落ちていた紙の中から洒落た赤い布がかけられた一人用のテーブルが出てきた。
特注品なのか、普段知樹達が見ている机とは違い、ちゃんとテリーヌの身長に合わせてある。
その様子に全員、特に最前列にいた子供たちはとてもビックリした様子だったが、テリーヌは気にせず進行を進めていった。
「さてさて、取り出したるはこちらのトランプの箱。中身はもちろん未使用品っスよ」
テリーヌがポケットから取り出したのはどこにでもありそうなトランプの箱。
その中身を取り出すと、小慣れた手つきでテーブルの上に扇型に広げ、全員にトランプを確認させた。
キッチリと順番が揃えられているトランプの束は、五十二枚のカードと一番右端にある一枚のジョーカーで構成されたデッキで、誰がどう見てもそれが未使用だと理解できる。
「それじゃあこのトランプをよくシャッフルして、全部バラバラになるまで混ぜるっスよ」
机に広がったトランプを回収すると、これまた小慣れた手つきで様々なシャッフルの仕方で混ぜ合わせた。
「それじゃあそこの君。この中から一枚引いて欲しいっス」
「うーんとね。じゃあこれ!」
今度は裏側を向けてトランプを机に広げると、最前列で見ていた顔がそっくりな双子であろう少年の一人に適当なカードを選ばせる。
少年がカードを選ぶと、残ったトランプをまた回収してシャッフルしたのちに机の上に裏向きのデッキの状態で置いた。
「それじゃあ今から後ろを向くっスから、後列の人にも見えるようにトランプのカードを見せてあげて欲しいっす」
「はーい!」
クルッとテリーヌが後ろを向くと、カードを引いた少年は後ろの人たちにも見えるようにカードを天高く掲げる。
少年が引いたのはトランプの中でも一番特徴的なカードであるジョーカーだった。
「そろそろいいっスか? それじゃあ、そのカードをもうしばらく大事に持ってて欲しいっス」
「うん! わかったよ!」
全員が確認を終えると前を向き直し、少年にまだカードを持っているように促す。
「それじゃあそっちの君。今机の上にあるデッキから一番上のカードをめくって確認して欲しいっス」
「はいはーい! めくりまーっす!」
今度は双子のうちのもう一人の少年にデッキの上をめくるように言うと、少年は元気よく手を伸ばしカードをめくった。
しかし、カードの絵柄を見た瞬間少年の頭にハテナマークが浮かんだ。
「ねえお兄さん。このカード何?」
少年はその疑問を解消するために、カードの持ち主であろう目の前の男に質問をする。
周りの大人達の倍は身長がある知樹と、それにしがみついているイオナとナノは、最後列でもギリギリそのカードを視認することができた。
テリーヌに提示されたカードは先程まで入っていなかった全く絵柄の違うカードだったのだ。
その中心には赤い風船の絵が描かれている
「これ、トランプのカードじゃないよね」
「まあまあ、よく見てて欲しいっスよ」
カードを受け取ったテリーヌは、少年の疑問にはあえて答えなかった。
右手につまむように持ったカードを、全員が見えるように突き出し、たった一言こう告げる
「固有魔法『ペーパーズ・ポケット』」
カードの中の風船は、その言葉を言い放つのと同時にその中からぬるりと出てくる。
完全に出切った風船は天高く舞いあがろうと上空を目指して飛び立っていく。そして、その風船が出てきたであろう場所にはもう何もない白紙のカードだけがあった。
「『アイス・ニードル』」
テリーヌは右手でつまんでいたカードをパッと手放すと、代わりに詠唱によって出現させた細長い氷の針を手に握る。
一軒家の屋根くらいまでは飛んでいっただろうか。
テリーヌは真上に狙いを定めると、持っていた氷針を風船目掛けて放り投げる。
恐らく身体強化の魔法によって投げられた氷針は勢いよく風船を割り上空で砕け散った。
後に落ちてきたのは砕けた氷のかけらと一枚のカード。
ヒラヒラと舞い落ちるカードは、不規則な軌道を描きながらもカードを選んだ少年の元へ降りていった。
「さあ、そのカードは何の絵柄が描いてあるっスか?」
「わぁ! ジョーカーだ! すごーい! ジルが持ってるのと同じだ!」
「本当だ! ミルが持ってるの僕と同じカードだね!」
カードをキャッチした少年がその絵柄を見ると、隣にいる自分の兄弟が持つカードと同じ、ジョーカーの絵柄だった。
見事にカードの絵柄を見ないで当てたテリーヌだが、普通に当てるのではなくスタイリッシュに当てることで、周りの人々をより驚かせることに成功したようだ。
「ほぉこりゃすげぇな」
「だべだべ、紙の中から風船で風船の中から紙が、あれ、こんがらがったぞ?」
「バカかおめぇ……とにかく、すげぇってことだよ」
それを証拠に、双子の周りには子供だけでなく大人も集まり、カードの絵柄をみんなで確認している。
「それじゃあ、ちょっとカードを貸して欲しいっス」
「はーい!」
双子の少年からジョーカーを受け取ると、ポケットからペンを出し、カードの表面に向けてペンをスラスラと走らせる。
「はい、これ俺のサインっス。元十連門からサイン貰ったって自慢していいっスよ〜!」
「わーい! ありがとうお兄さん」
「そんなに嬉しくないけどありがとう!」
「えぇ、ちょっとへこむっス……」
どうやらカードに自分のサインを書いていたようだ。
二人が喜ぶと思って書いたのか、マジックを成功させた時よりも自信満々にサイン入りジョーカーを渡すが、双子は大して喜んでいないようだった。
「師匠。前見た時も思ったけど、テリーヌさんの固有魔法って」
「あいつの固有魔法『ペーパーズ・ポケット』は紙の中に物体を入れることができるのよ。さっきのも、紙の中にジョーカーのカードが入った風船をあらかじめ仕込んでいたようね」
「十連門のサイン。私も欲しいです!」
「あんたの真上に現十連門がいるわよ。後で書いてあげるから喜びなさい」
その後も、見せるマジックではなく魅せるマジックによって客を沸かせるテリーヌ。
コインマジックではお客のズボンのポケットにコインを出現させたり、動物を使ったマジックでは一匹の鳩を増やしてあらゆる場所から出現させたり。
ただ暇潰しのために見ていた人々も、次第に食い入るようにテリーヌの手元を見つめていた。
「ほら! 元十連門のサインっスよ! 記念品として欲しくはないっスか?」
「はいはい! 私欲しいです!」
しまいには知樹から降りたナノが、最前列まで行ってテリーヌのサインをもらいに行く始末だった。
ただ、最初と明らかに変わったのは後ろで見ていた大人たちの目線だった。
「次はどんなのを見せてくれるんだ?」
「まだまだこんなもんじゃねぇんだろ!」
「おら、もっとスッゲェの見たいだ!」
次々と披露されるマジックに、後ろの漁師たちもが声援を送っていた。
先ほどまでの重い空気は何処へやら。
その盛り上がりは、空元気ではなく本当に面白いと思って見ているようだった。
「すごいですね、あれだけ沈んでた空気がこんなに」
「あいつは生粋のエンターテイナーなのよ。国が主催している祭りの時も、あいつに司会を任せれば大抵上手くいってるわ。まあ、道化師のような男よ」
「……そういえば、なんか少し寒くないですか?」
「そうね、確かに肌寒いわ。潮風に乗って寒い空気でも運ばれているのかしら」
一番後ろで見ている知樹たちと違い、他の人々は目の前のマジックにしか関心がないらしく、寒さを気にしている人たちは全くいなかった。
その後も次々とマジックを披露していくテリーヌ。
マジックショーにしては異様な盛り上がりを見せており、その全てがテリーヌの手腕によるもの。
時に手軽なマジックを、時にすごいマジックを、話も織り交ぜたり失敗したかのように見せたり、とにかく人の目を惹きつけるのが上手いのだ。
しかし、始まりがあれば終わりがあるように、マジックショーも佳境へ入っていった。
「さあ、次が最後のマジックっス! と言っても実はもうマジックは終わってるんスけど」
どうやらマジックの仕込みは終わっているらしく、最後のマジックというのもあり人々の関心は頂上まで上がっていた。
しかし、テリーヌは何もせずただそこに立ち尽くしているだけだった。
静まる会場の中、誰も彼も、目の前のテリーヌですら一切身動きをせず静寂だけが時間の流れを感じさせてくれた。
「あ、俺がいたら見えないっスか? それじゃあ」
そう言ってテリーヌは右側に少しばかり移動した。
見えないも何も、そこにあるのは巨大な面積を誇るマルセル湾と奥の方に見える島だけだった。
「……あれ?」
「おい! なんだあれ!」
「し、島が。サルデニア島が真っ逆さまにひっくり返ってるだ!!」
あまりの驚きに盛り上がるどころか驚愕で誰も声を上げれないでいた。
目の前にあるのはマルセル湾にある大きな島。
その島が、誰の目で見てもわかるくらいに真っ逆さまにひっくり返っているのだ。
「安心してください。僕がこうやって手を翳せば」
海側の何もない空中に向けて腕を突き出し、空気を撫でるかのようにゆっくり腕を動かす。
すると、先ほどまで逆さまになっていた島が、見る見る内に元に戻ったのだ。
「皆さん楽しんでもらえたっスか?それじゃあテリーヌのマジックショーこれにて幕引きとさせていただくっス!」
皆の方を向き直り口上を言い終えると、指を鳴らした。
すると、テリーヌに持ってくるように指示されたチラシから、持ち糸のついたカラフルな風船が出てきた。
他の皆も同じことを指示されていたのか、あたり一面が風船によって埋め尽くされる。
だが、浮力を持った風船はすぐさま空へと飛んでいき、空の青を色とりどりの色彩で埋め尽くす。
前にいた子供のうち何人かは風船を掴んでおり、それを今日の思い出と共に持ち帰ろうとしていた。
「皆さん! ありがとうございましたっス!」
魔法の世界におけるマジックショーは知樹の予想に反して大いに盛り上がり、大成功の一言に尽きる。
拍手喝采の後に、皆今日の夢のような出来事を隣人と語り合いながらそれぞれの生活へと戻るために港を後にしていった。




