34. マジックショーの開演
「ここ、港近くですよね。なんでまたこんなところで。それにチラシも持って来てくださいって書いてあったし、何をするつもりなんですかね」
「さあ、あいつはいつも予想外のことをするから、私には理解できないわ」
「楽しみですね! マジックショー」
修也を除いた一同は、テリーヌのマジックショーが行われるマルセルの港へ向かっていた。
知樹の手には、今朝ナノから渡されたチラシがある。
港へ進むにつれて、屈強な漁師が増えていくのが目に見えてわかった。
クラーケンによってマルセル湾へ出航できないのが漁師にとって相当痛手だったのか、道ゆく漁師のほぼ全員に活気のようなものが見られず、今後のことについて話すグループもいれば、何かをメモしてため息をついている漁師もいた。
「なんというか、活気がないですね」
「ここは、クラーケンの出現で最も被害を受けた場所よ。こうなるのも仕方ないわ」
最初にテリーヌに会ったときの話では、クラーケンはマルセル湾の左側におり、漁はマルセル湾の右側から出て沖の海の方に行かなければならず、漁自体も自己責任で行かなければならないらしい。
本来この時刻で有れば、漁から帰ってきた漁師が魚を選別している時間のため、港全体が忙しい時間のはずだ。
それなのにこれだけ人がいると言うことは、大半の漁師が海に出るのは危険と判断し、沖に行っていないことになる。
「はあ、これじゃあ商売上がったりだぜ」
「クラーケンが出てからと言うもの、沖に出る船は数隻だ。おれぁ怖くて行けねぇよ」
「だべだべ。おらも沖さ出ようとしたら、遠くでクラーケンの足が見えてすぐ帰ってきただ」
「こんな状況でも船を出せる奴はすげぇよ。まあ、そんな命知らずのおかげでこの町を存続できてるんだ。ある意味英雄だよ」
周りから漁師たちの悲痛な声が聞こえて来る。
こんな状況でも船を出している人はいるらしく、その勇気とも無謀とも取れる行動が、この町の漁業を存続させているようだ。
「なんだかここ全体の空気が重いです」
「師匠、こんな雰囲気でマジックショーなんか成功させられるんですか?」
ただでさえ魔法がある世界でマジックショーという訳の分からないことをしようとしているのだ。
この澱んだ空気の中、もし失敗でもしようものならテリーヌが周りからブーイングを受けるのは目に見えてわかる。
だが、この中でテリーヌを一番知っているイオナは、特に取り乱すこともなくツカツカと目的地へと向かっていった。
「私たちの目的はあくまでも元十連門の魔法を見に行くことで、マジックショーを見るわけじゃないのよ」
「師匠、多分それ意味合い的には一緒です」
「まあ私からは、あいつは成功するとしか言えないわね」
それは明らかに確信めいた言葉だった。
テリーヌのことをよく知らない知樹からして見れば、どこからその確信が出てくるのか不思議でならない。
ナノの方を向くと、ナノも自分の方を向いており、お互い首を傾げてイオナの後ろをついていく。
しばらく歩くと海沿いに人だかりができており、漁師の他に子供連れの親子や、老人に若者など、まさに老若男女が集まっていた。
そしてその中心には、目的の人物であるテリーヌ・ファクシーの姿があった。
「さあみなさん! 俺の渡したチラシは持ってきてくれたっスか?」
「持ってきたよー!」
「この紙、お兄さんが描かれてるー!」
明るい大きな声で観客全員に対してテリーヌは話している。
今日チラシが届いたはずなのにこれだけ人が集まっていると言うことは、それぞれの想いはあるにしろ、みんなテリーヌのマジックショーが気になって来ていると言うことだ。
ただ、テリーヌの話に応えているのは最前列にいる子供くらいで、後ろにいる大人たちには一貫して重苦しい空気が流れているだけだった。
「結構人が来てますね、背伸びしても見えないです」
「俺は全然見えるけどね」
「あんたは背が高いから見えるんでしょ!」
そう言うとイオナは、知樹の足にしがみつき、そのまま木をよじ登るかのように上へ上へと登っていく。
身体強化の魔法でも使っているのか、服を握る手は異常に力強く、落ちる気配を全く醸し出さなかった。
数秒後には知樹の頭へ到着し、肩に足をかけ、肩車の状態でテリーヌを見下ろしていた。
「知樹さん! 私も見えないです!」
「あーはいはい。わかったよ」
この状態でただ一人、テリーヌを目視できないナノは、知樹に対して何かを要求するように言葉を放つ。
知樹もそれを感じ取ったのか、仕方なく二つの手でナノを持ち、マジックショーが見えるように抱え込んだ。
おそらくここに修也がいたら、顔を引き攣りながら知樹に対して指を差し『このロリコンが!』と言い放つだろう。
「あ、テリーヌさんこっちに手を振ってくれてますよ!」
「そりゃこれだけ目立つ見物人は他にいないからね」
低身長の人間しかいない中、知樹一人でも相当目立つのに、それに加えて女性を肩車や抱っこで持っていれば、目を引かざるおえないだろう。
抱えてる二人は自分よりも年上のはずなのに、二児のお父さんのように見えるのは何故だろうか。
「ん? なんだ? あの紙……」
「そうね、所々に散らばってるわ」
高身長の知樹とそれにしがみつくイオナは視認できたが、テリーヌの周りに数枚の紙が散らばっていた。
「それじゃあそろそろ始めさせていただくっス! テリーヌ・フォクシーのマジックショー! 開演っスよ!」
手を高く上げ、指を軽快に鳴らす。
耳心地のいいその音と同時に、テリーヌの周りにあった紙の群れが振動を始める。
小刻みに揺れる紙は少しすると大きく揺れ、中から白い何かが一斉に飛び立つのが見えた。
それは知樹が、前の世界のテレビなどで見ていたマジックショーによく出てくる、とても見栄えのいい白い鳩だった。




