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32. 剣聖という足枷

 鳥が忙しなく鳴く朝に、修也はふと目を開けた。

 今日の目覚めは非常に静かだった。


「ふわあぁぁ……珍しい朝だな」


 自分が発する騒音で起きることも、師範からの飛び蹴りで起きることもなく、ただスッと静かに自然に体を起こすことができたのだ。

 時計を見ると午前5時になったばかりで、おそらく全員起きていないだろう。


「あれ? 知樹は? いや、それより修行に行かないと」


 修行兼筋トレをするため身支度を済ませて寝室を出ると、すぐそこのソファで知樹が寝ているのが見えた。

 どうやら昨晩は自分にベットを譲ってくれたらしい。

 そのまま部屋を出て、昨日修行した広場へと足を運ぶ。


「なんだ、一番乗りじゃないのか」

「おお! 今日は早いがや! それでこそ俺の弟子だがや!」

「あんた何時からここにいるんだよ」


 上半身裸で大量の汗を流しているムサシが先着で広場にいた。

 修也が早く起きたことが喜ばしいのか、上機嫌にタオルで汗を拭いていく。


「その様子じゃ、筋肉痛は治ってるみたいだがや」

「そういえば……昨日あんなに動いたのにどこも痛くないな」

「おみゃーが寝てる間にナノとイオナに頼んで、筋肉繊維の修復を再生魔法で早くさせたんだがや」

「筋肉痛の期間を魔法で短くしたのか……すごく便利だな」


 本来、人間の体に筋肉痛が起きる時、人体では超回復という働きによって傷ついた筋肉の繊維を修復する機能がある。

 この超回復をすることによって、より強固な筋肉繊維が出来上がり、筋肉増強へつながるのだ。

 だが、超回復とは言っても、治るまでには二日から三日はかかるもの。

 しかし、再生魔法を使うことでその期間を一晩で押さえたのだ。

 改めて魔法の凄さを実感し、思わず感心してしまう。

 説明が終わると同時に汗を拭き終えたムサシは、上の軽鎧を身につけて編み笠を頭に被る。


「言ったはずがや。クラーケン討伐まで時間が無いんだがや。使えるもんは使わんとおみゃーを短期強化できんがや」

「こう言っちゃなんだが、あんたら三人も一緒に来ればいいじゃないか。それとも他に何か用事でもあるのか?」

「こう見えて忙しいがや。クラーケン討伐も単なる寄り道に過ぎん。俺達にゃーある目的があるがや」

「目的?」


 どうやらムサシ達も旅を続けていく上での目的というものがあるらしい。


「なあ、その目的って一体」

「さあ、おみゃーの修行を開始するがや」


 少し気になって、目的について聞こうとしたが、わざとらしく遮られてしまう。

 だが、聞いたところで修也の修行と関係がないと言われればそれまで。

 ここは優先順位を考えてとりあえず修行することにした。


 ―――


「はぁ、はぁ、な、なんで俺は町を走らされてるんだ!」

「体力をつけるためにはランニングも重要だがや。わかったら早く走るがや。じゃないと触って気絶させるがや」

「ひいぃぃい! それだけは勘弁だ!!」


 筋トレを始めて数時間。

 ムサシから課せられた筋トレメニューが三分の一くらい終えた時、刀の手入れをしていたムサシが急に話しかけてきて、『ちょっとランニングをするがや』と言ってきたのだ。

 少し軽めの運動程度に考えていたのだが、走る速度がめちゃくちゃ早い。

 しかも、修也が自分の速度について来れないと分かると、また瞬間移動のようなもので一瞬で修也の後ろにつき、遅れたら触って気絶させると言い出したのだ。


「見るのが大丈夫になっても触るのは嫌なんだよ!!」

「だったら早く走るがや! じゃないと気絶した瞬間にその速度で倒れて全身の皮膚があざらだけになるがや」

「まだそっちの方がマシだよ! マジでまた視覚気絶がぶり返しそう」

「大怪我より触られるのが嫌とかどんだけ嫌ってるんだがや……」


 走るスピードは修也も早かったがムサシほどではなく、徐々にその差を詰められていく。

 修也の発言には流石の剣聖もドン引きだが、それでも距離だけはどんどん近くなる。

 驚きなのが修也の身長の方が高く、ムサシはその三分のニ程度しか身長がないのだ。

 歩幅は明らかに修也の方があるはずなのに、それで修也よりも早く走るとなると、足の動かし方がものすごく早いことになる。


「はぁ、はぁ、クッソ! なんで俺より小さいのにあんなに早いんだ?」

「ほらほら、早くしないと捕まえるがや」

「ひいぃぃいい!!」


 修也の修行というのに嘘はないのだろうが、ムサシがこの反応を楽しんでいるのが目に見えてわかる。

 少し脅しをかけると叫びながら速度が上がるのがそんなに楽しいのだろうか。

 軽いランニングのはずがもはや鬼ごっこになっていた。

 この町の特徴である入り組んだ道を使ってなんとか逃げ切ろうと、道を曲がろうとした時だった。


「わ!」

「うわ! あっぶね!」


 曲がり角で危うく人にぶつかりそうになるが、なんとかギリギリで避ける。

 だが、相手の方はビックリして体制を崩し、尻餅をついてしまう。おそらく相手は子供だったのだろう。

 見かけはナノやイオナとなんら変わらないが、手には大事そうに握られた風船がある。

 それも、尻餅をついた時に離してしまったが。


「あ! 風船が! 待って!」

「まずい!間に合うか!」


 持ち前の動体視力で風船を掴もうとするが、避けたままの体制でジャンプしたため、思ったよりも高くは飛ばず、風船の紐を掴むことができなかった。


「ああ、私の風船が! 待って! 待ってよー!」


 そのまま風船は天高く上がって遥か上空へと移動していくかに思われた。


「全く、何をやってるがや」

「師範? よかった、風船が飛んでいって、ってあれ?」


 自分を追ってきたムサシに後ろから声をかけられ振り向くが、もうそこに彼の姿はなかった。


「どこを見とるがや! こっちだがや!」


 今度は上の方から呼ばれ、ムサシの声のする方向を向くと、なんと空中を落下していたのだ。

 しかも手には少女が手放した風船が握られている。

 さほど高くはないにしろ、それでも約二階くらいの高さから落下してきた彼は、痛がる素振りも見せず少女に風船を渡した。


「ちゃんと握ってなきゃダメだがや。今度は手放さんようにするがや」

「うん! ありがとう! おじさん!」

「おう! 気をつけるがや」


 少女に優しく注意をし、涙目のその頭にそっと手をおいて撫でている。

 ナノの話では昔からナノとムサシとはあまり会っておらず、たまに家に帰ってくるだけと聞いていたが、こうしてみると兄に見える一面もあるのだなと思ってしまう。

 まるで兄妹のような姿。

 その姿に一瞬だけ、昔の自分を投影させてしまう。


「なあ、やっぱり一緒に来ないのか?あんたがいればナノも少しは」

「それは無理だがや」


 昨日の昼食の会話を思い出す。

 やはり兄妹同士、一緒にいた方がいいのではないかと考えてしまい、思わず口に出してしまう。

 だが、この提案もあっさりと切り捨てられてしまった。


「何度も言わせないで欲しいがや。俺には目的が」

「その目的はナノの気持ちよりも大事なものなのか?」


 ナノとムサシの関係、そしてナノの気持ちを聞いてしまったからか、少しばかりナノに対して同情的になっている。

 弟子の分際、しかも部外者が勝手に口を出すような問題でないことは分かっているが、それでも納得できないものはできないのだ。


「そもそも、道理が合わないんだよ。あんたはナノを守るために剣聖になったはずだ。なんでナノの側にいてやらないんだ?」

「言ったがや。目的があるがや」

「妹の気持ちをおざなりにしてまでやらなきゃいけない目的って何なんだよ!」


 それは修也だからこそ言える言葉だったのかもしれない。

 思い出されるは自分の過去。

 そして、ムサシ『兄としてナノを守るために剣聖になったがや』というあの言葉。


「あんたはあの時、守りたいなら強くなれって言った。確かにその通りだと思う。でも手の届く距離にいなきゃ意味がないだろ! 守りたいなら、側にいてやるのが一番だろ!」

「そんなことわかってるがや」

「じゃあ何で」

「ナノを危険な目に合わせられないからだがや!」


 少しだけ、ムサシの本心のようなものが垣間見えた。

 おそらく二人が一緒にいられないのは仕方のないことなのだろう。

 それが一番悔しいのは、おそらくムサシのはずだ。

 それを証拠に、ムサシの手は硬く握り込まれている。


「詳しくは話せんが、剣聖には共通してとある任務があるがや」

「共通の任務?」


 ムサシと最初に会った頃、ナノの紹介では剣聖は世界に五人しかおらず、ムサシはその一角と言っていた。

 つまり、ムサシの他にいる四人の剣聖と共通の目的を持っていることになる。


「自分で言うのもあれだが、剣聖は剣のエキスパート。その全員の共通の任務となると、危険度も段違いだがや」

「あんたほどのシスコンなら、そんな目的より妹を優先すると思ったんだがな」

「おみゃーが想像してるより遥かに危険だがや。下手をすれば大勢の死人が出るほど。それを防ぐことができれば、結果的にナノを守ったことになるがや。それでも、いつもナノを見ていけれるわけじゃあらせんが」


 ムサシにもムサシなりの事情というものがあるのは分かりきっている。

 剣聖達全員での任務となると、おそらく相当の危険が伴うものなのだろう。

 確かに、ナノを連れては行けない。

 ムサシほどのシスコンが妹よりも任務を優先するのだ。きっとその任務に失敗すれば、ナノの身も危なくなるのだろう。


「……だからおみゃーを鍛えてるんだがや」

「え?」

「俺が守れんから、おみゃーを鍛えてナノを守らせるがや。俺が側におれんから、おみゃーがそばにいて欲しいんだがや」

「そんな勝手な」

「おみゃーらがナノを巻き込んだのなら、せめてナノを守って欲しいがや」


 最初の言葉は、ムサシが修也に修行する際に一番最初に言っていた言葉だった。

 あまりにも横暴で身勝手なその言葉は、今にしてみると相当本気だっだようだ。

 そして最後の言葉は、おそらく今までのどの言葉よりも本気で言ったのだろう。

 修也には、経緯がどうあれナノを連れ出した責任がある。


「……確かにその通りだ。それじゃあ俺が努力しない理由はないな」

「……そのいきだがや! それじゃあ早速修行を」

「修行ももちろん頑張るさ。だがその前に」


 未だあまり納得はできていないが、ムサシの理由はどうしようもないことなのだと割り切ることにした。

 それを修行の意気込みと捉えたのか、ムサシはもう一度追いかけてこようとするが、修也の思惑はそこではない。

 ムサシを自分の師範としてではなく、ナノの兄として見据える。


「あんたに一つ頼みがある」

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