表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/53

31. 夢の続き

 筋トレを開始してからかなりの時間が経った。

 日はもう沈む直前で、街の明かりがポツポツと点灯していく。

 街の明かりのみが照らす修也の体は、夜とは思えないほどテカテカと光っており、腕や額には文字通り汗の結晶ができていた。

 どれだけこの場で継続して筋トレをしていたのかが伺える。

 知樹とイオナは先にホテルに帰っており、今この場にいるのは修也のみとなっていた。


「497……498……499……500!!」


 腕立て、腹筋、背筋、そして今現在スクワットが終わり、ムサシから課された筋トレメニューは残り半分を切っていた。

 しかし、修也の体力は半分どころかすでに底を突いており、スクワットが終了すると何かが切れたように仰向けに大の字になって倒れてしまった。


「はぁ、はぁ、き、休憩。少し、休憩を」


 だが、倒れるのも無理はない。

 いくら高校二年生で若々しい体とは言っても限界は必ず存在するのだ。

 特に運動部などに入っていなかった修也は、普段から部活などで体を動かしている者よりも体力の減りが早いのは火を見るよりも明らかだった。

 体育の授業などでギリギリ運動不足には陥っていないが、それでも一般的な高校生よりは体力がない。

 明らかに無茶なメニュー、現役高校生が部活で課されたら悲鳴を上げるレベルのメニューを、半分とは言えやり遂げることができたのだ。

 だが、残り半分と思った瞬間に修也の体は途端に動かなくなる。


「クソッ。ピクリとも動かねえ……こんなことならサッカーでも野球でもいいから部活に入っておくべきだったな」


 今更ながら自分の過去を恨めしく思う。

 なんでもいいからスポーツをしていれば変わっていたのだろうか。

 サッカーはコートを走り回るから体力がつくだろう。野球は自分の動体視力を生かしてバットにボールを当てることぐらい容易くできただだろうし、それを剣術で活かすことももしかしたら可能だったのかもしれない。

 他にも何かスポーツをやっていれば今よりは苦労をせずに済んだのだろうか。


「どうがや。筋トレは終わったがや?」


 月明かりと街頭の光の中、星の輝きをただボーッと眺めていると、頭上から修也の顔を覗き込むようにムサシが立っていた。


「終わったよ……半分はな」

「そうか」


 ここで回数などを詐称しないあたり、変に真面目なところが出ている。

 悪態こそつくが、理由があればキッチリやるのが彼のスタンスでもあるのだ。

 だが、終わっていないことに変わりはなく、今からまた再開すると確実に日を越してしまう。

 それでもやらなければ、いつまで経っても終わらないのは確実。疲れ切った体に鞭を打ち、ヨロヨロの体で立ち上がろうとした時だった。


「今日はもう休むがや」


 その言葉を聞いた瞬間、頭を後ろから前に突き飛ばされる感覚があった。

 人の手の感触。だが、その手は修也のものよりも明らかに小さいものだと理解できる。

 その事実だけで倒れるには十分すぎる材料だった。

 膝に乗せていた手が力を失い、足先や手先から力が一気に抜けていくのがわかる。

 そのまま久しぶりに帰ってきた家のベットにダイブするように倒れ込んでしまった。


「明日は明日で頑張ればええがや」


 上の方から耳に入った言葉を最後に、修也の意識はまるで糸を切ったようにプツリと途絶えてしまった。


 ―――


「ねえ、修ちゃん。遊ぼ」


 自分はなぜ倒れたのだろう。

 筋トレのしすぎで疲れ切ってしまったから?

 それもあるかも知れない。

 だが、おそらく気絶のトリガーとなったのは、師範がヨロヨロの自分に触れたことによるものだろう。


「ねえ、何して遊ぼうか?」


 この世界の人間を視認して大丈夫になってから、触れて気絶したのは今回で二回目。

 そのどちらともハルバードリッチ兄妹によるものだ。

 自分はあの二人と何が深い縁でもあるのだろうか?

 もしかしたら前世同士が知り合いだったって可能性も考えるが、どれだけ妄想に頭を働かせても答えなど出るわけもない。


「ねえ修ちゃん! 聞いてるの?」


 どれだけ目を背けても、目の前の『真実』はずっと自分に語りかけてくる。

 これで何度目になるのだろうか。

 真っ白な空間の中、ドス黒く渦巻く修也の感情。

 そこには後悔や苦悩、不甲斐なさに嫉妬。あらゆる負の感情をかき集め圧縮した何かが枷として自分の足に必要以上にはめられていた。


「無理だよ。無理なんだ。今の俺に、お前の手を取る資格はないんだ」

「ねえなんで! 遊ぼうよ!」


 どれだけ理解を得ようとしても彼女はお構いなしにせがんでくる。

 座っている自分を無理矢理揺らし、動かそうと試みる。だが、どれだけ力を振り絞って動かそうとしても、子供の体で男子高校生を動かそうとするなど土台無理な話である。


「なんでお前は俺と遊びたがるんだ?」


 今まで真実に対して目を背けてきた。

 しかし、これまでの人との関わり合いで何か心境の変化でもあったのだろうか。

 単純だったが聞くのが怖かった質問を彼女に投げかけてみた。


「んー。だって、修ちゃんと遊ぶの楽しいんだもん!」

「……そうだよな。子供の頃の好奇心に深い意味なんてないんだよな」


 誰かと遊ぶのも、おしゃべりするのも、読書をするのも、喧嘩をするのも、やってはいけないことをするのも。

 楽しいから、好きだから、面白いから、気に入らないから、気になるから。

 そんな深い意味などない、興味だけの好奇心。

 子供の全ての原動力は、好奇心というただ一つの衝動のみで、それ以外に理由などない。

 だからこそ、子供は嫌いなのだ。

 だからこそ、何をするにもより明確な理由を求めたいのだ。

 それが見えた時、初めて努力しない理由を無くすことができるのだから。


「修ちゃんは私と遊ぶの楽しい?」


 それはこれまでになかった兆候だった。

 彼女が一方的に遊びをせがんできて、自分がそれを不可能だと言う。それを永遠と続けた末に夢から目覚める。それが今までのこの夢のあり方だった。

 それこそ、彼女が自分に質問をするなど今までにないパターンだったのだ。


「楽しい……か」


 ふと、彼女から目線を落とし考えてみる。

 自分の過去、幼少期の思い出を手当たり次第にかき集め、彼女と遊んだ日々を写真一枚一枚を手作業で焼き上げるように丁寧に思い出していく。


「ああ、楽しかったな」

「私も! 修ちゃんと遊ぶのとっても楽しいよ!」

「ああ……俺も、楽しかったよ」


 少女の笑顔は何ものにも代え難い、唯一無二の太陽のような笑顔だった。

 おそらくそこに、邪な感情など何一つないのだろう。

 その笑顔を見るだけでも腹が立った。

 少女にではない。他でもない、無力だった頃の自分自身にだ。

 思い出したくもない苦い過去も見えてしまったのか、思わず歯を食いしばってしまう。


「どうしたの修ちゃん? 私、何か悪いことした?」

「悪くない……全部あいつらが……全部俺が悪いんだ」

「大丈夫。修ちゃんは何も悪くないよ」


 頭を抱え、子供のように泣き出しそうになる。

 あの時、何か一つでも違う要素が含まれていれば、何事もない日々を過ごせただろうか?

 年下の子供をあやすように修也の頭を撫で、慰めようとする少女。

 その手は、気絶する前に感じた感触と似ていたが決定的に違う、温かみのようなものがあった。

 修也は悪くないと、言い聞かせるように穏やかな声で慰めてくれる。

 だがそれでも彼は、真実には向き合えないでいた。


 クラーケン討伐まで、後6日

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ