29. 努力するしかない
知樹と共に行った修行は知樹による一方的な蹂躙という結果で幕を閉じた。
休憩も終わり、次の修行へと進む前にムサシにまた話があると呼び止められる。
また何か聞かされるのかと思い、話の内容を聞くと思いがけない修行内容を聞かされた。その内容を言うのが。
「はあ? これからしばらく筋トレ?!」
「そうだがや。今日を含めた五日間、全部筋トレと体力作りに費やすがや」
これから剣の型や技を教えてもらうのかと思っており、修行内容の続きにも少しウキウキしていたため、この悪い意味で期待を裏切った修行内容には驚きを隠せないでいた。
「剣の型は? 技は? これから五日間ってことは後はクラーケン討伐の一日前しか時間がないじゃないか!」
「まあ待つがや。おみゃーには剣の型は教えんし、技も居合に関するもんしか教えんがや」
「いや、でもなんでよりによって筋トレを……」
最悪剣の型も技もいい。
だが、剣の修行で剣が使えないのはどうしても納得がいかない。
ちゃんとした理由を聞かなければ、込み上げてくるモヤモヤを解決することができない。
「さっきの修行で分かったことがあるがや。おみゃーの動体視力は俺の想像以上のものだったがや。でもいかんせん体力がない。もし長時間戦い続けれるほどの体力をつければ、基本的に敵の攻撃を受けることはなくなるがや」
「……剣の型を覚えない理由は?」
「変に型を覚えると、柔軟な対応ができないがや。おみゃーの目はおそらく目の端に捉えたものにも即座に反応できるがや。その時に型を覚えてると意識的に型で受けようとして、かえって時間のロスになるがや」
「なんで居合だけは覚えるんだ?」
「おみゃーの目と一番相性がいいからだがや。居合はスピードと精密さがものを言う。普通の剣撃ならその目があれば遅れることはにゃーだろうし、後は経験の問題だがや。でも、居合を覚えておけば戦いを有利に進めることができるがや」
修也の疑問にを的確に返していく。
剣は完全に初心者のため、ムサシがどのような意図でほぼ筋トレオンリーの修行にしたのかわからなかった。
ムサシもそこは理解しているのか初心者でも分かりやすいように修行の意図を説明していった。
「納得が行かんのは百も承知だがや。だが、この地道な筋トレが強くなるための最善手なのは理解してほしいがや」
ナノのことになると性格がガラリと変わるが、剣のことになると真面目になるあたり、剣聖なんだなと思わせてくれる。
その剣聖であるムサシがここまで筋トレすることを勧めてくるのだ。おそらく本当にこの方法が一番良いのだろう。
「わかった! 師範がそこまで言うならきっと大丈夫なんだろ。それでどのくらい筋トレすれば良いんだ?」
「腕立て千回、腹筋五百回、背筋二百回、スクワット五百回、腿上げ二百回、逆立ち」
「ちょっと待て。それはこの五日間のトータルの回数か?」
「そんなわけあらすか、五日間なら今言った回数の五倍だがや」
「つまり一日でその量を?」
無言で首を縦に振るムサシ。
編み笠から覗かせるその顔の様子から、何も特別なことを言っているようには見えなかった。
おそらくムサシにとっては普通のことを言っているつもりなのだろうが、前の世界では普通の男子高校生だった修也にとって、この筋トレの量は明らかに常軌を逸していた。
「筋肉痛で死ぬぞ」
「俺が山で修行してた時は、岩を抱えながらこれの倍は動いてたがや。おみゃーはまだ楽な方だがや」
「剣聖と一般人を同一視しないでほしいんだが! 明らかに一桁多いだろ!」
「修行してた頃はまだ俺は一般人だったがや。剣聖の称号はおまけにすぎんし、本気を出せばこれくらい造作もないがや」
「た、確かに……」
今だからこそ剣聖の称号を持っているが、ムサシが修行をしていた時は確かにまだ剣聖ではなく一般人だ。
妙に説得力のある言葉に説き伏せられてしまい、反論ができずそのまま肯定してしまった。
「五日間、朝からこのメニューをやってもらうがや。その後は居合の技の練習もするから楽しみにしておくんだがや」
「居合ができるのはちょっと嬉しいな。なんかかっこいい感じがするし」
「まあ、覚悟はしておくんだがや。それじゃあ俺は用事があるからちゃんと筋トレしとくんだがや」
少し意味深な発言をすると、広場から立ち去ろうとするムサシ。
どこへいくのか少し気になるが、それよりも今は彼から言い渡された修行メニューをこなすことを最優先にしないといけない。
明らかに桁数が一つ多い筋トレ。早めにやらないと確実に終わらないため、とりあえず腕立てから始めることにした。




