26. 昼食の時間
お腹を鳴らしながら目的のレストランへと足を進め、何事もなく目的地へ着く。
海が見えるテラスの席へ通され、爽やかな潮風に髪をなびかせながら渡されたメニューを見る。
高級レストランにありがちな写真が載っていない文字だけのメニュー表だった。
各々が料理を注文し、いまかいまかと待ちながら海をボーッと眺める。
このシーンだけを切り取れば、まるでフランスの港町に旅行に来たようにも見える。
だが、修也が見ている海の底には、前の世界には到底いないであろうクラーケンが文字通り潜んでいるのだ。
目の前に自分達の旅路を阻んでいる障害が隠れており、その居場所も分かっているのに手が出せないのは、あまりいい気分ではない。
しかし、そんなことで嘆いても何も変わらないことはわかっているので、料理を待ちながら談笑をする事にした。
「クラーケンを討伐するまで、みんなどうするんだ?」
「私は討伐隊のところに行って作戦の概要を聞いてくるわ。そのあとはムサシ同様、弟子の修行をするわ」
「え、師匠それ聞いてない」
「私に歯向かったら修行に全く関係ない筋トレを追加するわ」
「それなんの嫌がらせですか!」
ムサシの横暴さ加減も大概だったが、あっちもあっちで苦労している。
なんとか説得しようと口論に転じようとする度に、腕立て伏せを増やされていく様は見るに堪えなかった。
だって見ると笑いそうになるし。
「私はお兄ちゃんを監視しながら、暇を見つけて買い物でもしようと思います」
「なぜだろう、ナノがすごく眩しく見える」
知樹の方は酷い有様だったが、こちらにはナノと言う抑止力がいるからか、だいぶマシだった。
この場であの剣聖に強く出れるのは、ほぼ同等の地位にいるイオナか、兄妹のナノくらいである。
イオナはこちらには不干渉を貫くだろうし、知樹は自分より酷いので助けを求めれない。
頼れるのはナノだけである。
「まさかここでもナノに助けてもらう感じになるとはな。全く、ムサシの横暴さはナノとは似ても似つかないな」
「……昔からそうなんです。私が物心ついた時にはすでに剣の道に走ってましたし、学校に入学する頃には武者修行とか言って家を出て行きましたし、たまに顔を見せたと思ったらいつの間にかいなくなってましたし」
「ナノちゃん……」
どうやら地雷を踏んでしまったようだ。
昔のことを思い出しているのだろうか。
顔を俯きながら細々と話すその姿から、今まで兄とどのような付き合い方をしていたのかがなんとなく想像できる。
「そのくせ過保護で、なにかの記念日になるとプレゼントばかりよこしてくるんです。私が何を欲しいのか知りもしないのに」
ふと胸にぶら下がっているネックレスを見てみる。
青く輝く宝石は太陽の光でより一層光度を増していた。
確かに客観的に見ればよく似合っている。
ナノのことをよく知っているから送られてきた物だと最初こそ思っていたが、むしろ逆で、ナノの印象しか知らないから、兄の主観的な目線で見ていなかったから、本当に何を欲しているのか知らないから、その埋め合わせで送られてきた物のように見えてしまう。
「……ナノ」
「お客様、お待たせしました。こちら、テルカポスのマリネでございます」
タイミングよく、と言えるかどうかはわからないが、しんみりした空気を入れ替えるきっかけが来たようだ。
それぞれ別のものを頼んだが、一様にまだ料理の姿は見えない。
高級レストランのように、銀色の半球の蓋を被せてあり、開けるまでどのようなものかわからない仕組みになっているのだ。
イオナの方にはグラスに白ワインが注がれ、より一層オシャレに見える。
この見た目でアルコールは大丈夫なのかと心配になるが、よくよく思い返してみればイオナは30歳だったので全然問題はない。
まあ、この世界のお酒に関する法律はよく知らないが。
「さあ、しんみりした空気はおしまいよ。早いとこ食べて余った時間で買い物でも……」
全員、一斉に蓋を開ける。
ゲテモノだった。このなんとも形容し難い混ざり物を一言で表すならその言葉が一番正しかった。
そもそも魚のマリネは魚と野菜を、酢やレモン汁などの漬け汁に浸す調理法だ。
魚や野菜の種類、漬け汁も特製のものを作ることができ、簡単な割にアレンジの幅も広い料理である。
なのにこれはなんなのだろうか。
ここに来る前に深海魚を取り扱っているレストランだとは聞いていたが、こんなゲテモノが来るなんて聞いていない。
明らかに魚と野菜以外に何か入ってるし、レストラン特製であろう紫色の漬け汁に浸された物体からオーラが漂っている。
明らかに前の町の宿で食べたものとは違うが、おそらくこう言う料理もあるのだろうと自分に言い聞かせる。
他の三人の料理はどうなっているのか見てみると。
「アババババババ」
「……」
「わ、わぁ、美味しそう……うっぷ……」
「ダメだ……全員やられてる」
イオナは言語野がやられ、知樹は目の前の物体に沈黙。
店にいる手前、なんとか料理を褒めようとするナノは表情で真実を語っていた。
全員、別々の料理を頼んだはずなのに、それぞれの目の前に置かれている物体は全て一緒くたにまとめれるほど見た目が同じだった。
「いや、見た目に騙されちゃダメだ。それに、出てきたものを残すのは俺のポリシーに反する」
「まさか修也これを食うのか? やめとけって。修行に響くぞ!」
「いや、だからこそだ。こんな困難に打ち勝てないようじゃ、師範の修行にはついていけない!」
机の上に置かれていたフォークを手に取り、目の前の物体に突き刺す。
刺された箇所から『ぶちゅ』と言う音と共に汁が中から弾け飛ぶ。
いくつかの食材が刺されたフォークを自分の口元に恐る恐る近づけ、口の中へと入れる。
しかし、舌が食材と触れるのを躊躇っているのか、なかなか口が閉じない。
だが覚悟を決め、思いっきり口を閉じる。
「あむ……ッ!!!」
「どうした修也!」
どうしたもこうしたもない。
口に入れたマリネが舌に触れた瞬間だった。
まず初めに走ったのは衝撃。
そのあとに感じたのは、幸せ。口の中に入った魚は、修也が知っている味で言ったら大トロに近かった。
口に入れた瞬間に魚の味が口いっぱいに広がる。そしてすぐに消えてしまう魚に食感を足すために入れられた野菜がシャキシャキと軽快なリズムを奏でながら魚の味と共に口の中で芸術を築き上げる。
魚や野菜の特有の生臭さは特製のソースで綺麗さっぱり消え去り、むしろ鼻から突き抜けるオリーブオイルのような風味が、爽快感すら感じさせる。
「うまい……これめちゃくちゃうまい!!」
口の中のものが無くなるとすぐに次のが欲しくなる。
口の中でこの味をもっと楽しみたいからか、飲み込むのを少し躊躇ってしまうが、咀嚼された食材はあっさりと胃の中に入ってしまう。
後味がさっぱりとしているのが次から次へと口へ食材を運ぶこの手を止まらなくさせている。
「うそ……これ本当に美味しいの?」
「でも師匠、修也の食いっぷり。本物じゃ」
「み、みんないっせーので食べてみましょう」
修也の発言と食材を口へ運ぶ手のスピードに他の三人はつい面を食らってしまったが、次に見たのは目の前に置かれている料理だった。
各々フォークやスプーンで食材を取ると、勢いよく口へ運ぶ。
「ッ!!……こ、これは」
「うまい、うますぎる」
「口の中が幸せで満ちてますぅ!」
全員の評価は総じて良好。
普段から高級料理を食べていそうなイオナですら、自分の手が自分で止められない程だった。
「いっやーめちゃくちゃ美味かったな!」
「ふぅ、ごちそうさま。後でここのシェフを褒めてあげなくちゃ」
「なんかこの後の修行にも身が入りそうですよ!」
「ごちそうさまでした! もうお腹いっぱいです!」
あっという間に完食。
料金も相当良心的な価格で、見た目こそ酷かったが味は絶品の言葉以外に言い表せない程のものだった。
もし仮にこの世界でみんなに向けて食べ物をレビューできるならおそらくこう書くだろう。
『見た目は酷いが味は絶品』★★★☆☆




