25. 覚悟を決める
小鳥が囀り出す明朝。
昨晩の激闘から一夜明け、どっかりとベットで眠る修也。
イオナが取ったホテルの部屋は所謂スイートルームと言うやつで、修也と知樹が寝ている大きめのダブルベットも最高級の寝心地だった。
流石は魔導十連門と言わざるを得ない、不満の「ふ」の字もつけられないほど満足という言葉に尽きる部屋だった。
このままいつまでも眠りこけていたい。
だが、どれだけ良いベットで寝ても、結局のところ見る夢は普段と何も変わらない。
いつものパターンを繰り返し、後はそのまま声を張り上げて起きる。ただそれだけの作業。
「うわあぁグヘ!!」
「起きるがや!もう集合時刻は過ぎとるんだがや!!」
叫ぼうとしたその瞬間、腹部に強烈な痛みが走った。
夢の途中で、文字通り叩き起こされる。
腹を抑え、蹲っていると、上の方から声が聞こえてきた。
「早く行くがや。時間は待ってくれないんだがや」
声の主は、蹲っている修也の襟の後ろを掴むと、その小さな体からは想像もし得ないほどの力で修也をベットから引きずり下ろし、そのまま玄関まで引きずろうとしてきた。
修也の体重と引っ張る力で襟は相当伸び、そのおかげか、襟を掴む手に触れていないため、意識を保つことはできていた。
だが、この場合は手に触れて気絶しておいた方が良かったのかもしてないが、突然のことでそこまで頭が回らなかった。
「ちょ、え?なに?!知樹!ヘルプミー!!」
昨日同様、混乱する状況下で未だ起きる気配のない知樹に助けを求める。
しかし修也の悲痛な叫びも虚しく、知樹が起きることは無いまま玄関まで引きずられ、ホテルの廊下、フロント、ホテル前と順に引っ張られ続け、そのまま約束の地である広場へ放り投げられた。
「ガハッ!」
「さあ、今日からクラーケン討伐までの間、みっちり修行をするがや」
「なんだろう。いつも見る悪夢より今日はこっちの方が悪夢なんだが……」
「その前に、おみゃーにプレゼントがあるがや」
未だ地面に伏している修也の頭目掛けて、何か細長い物がぶつけられた。
その衝撃でようやく目の前の現実を見る気になったのか、頭にぶつけられた物を握りしめて立ち上がる。
「これは」
「見ての通り刀だがや。昨日おみゃーが使っとった両刃剣より軽くて良い代物だで、今度からこっちを使うとええんだがや」
「ありがとうございます師範。それじゃあ俺はこれから人間の三代欲求の一つをを満たすために部屋に戻るので」
「ナノを襲ったら頭と胴体を切り離すんだがや!!」
「普通に寝るんだよ!!なんでそっちの発想になるんだ!!」
爽快な笑顔を見せ、全てをうやむやにして帰ろうと思ったが、そうは問屋が下さなかった。
振り向いた瞬間には何故か師範が目の前におり、昨日使っていた刀を抜刀して鬼の形相でこちらを見ていた。
「そもそも、なんで俺を弟子に」
「……昨日戦って分かったことが一つあるがや」
先程の表情は何処へやら。
刀の構えを解き、一瞬で神妙な面持ちへと表情を変える。
「おみゃーは昨日の戦いで俺の斬撃を全部避けるか剣で受け止めとったがや」
「それが俺の弟子入りとどう関係があるんだ?」
「戦闘経験豊富な奴は基本、自分の視覚と培った感の両方で斬撃を捌くがや。でもおみゃーにはその感がにゃーにも関わらず視覚の情報、動体視力だけで俺の斬撃を全部捌いとったがや」
「まあ、確かに一撃も喰らわなかったが」
「それだけの動体視力。使わないてはにゃーがや」
ムサシが修也を弟子にした理由は至極単純、「剣術に使えそうな才能を修也が持っていたから」ということだった。
確かに、子供嫌いを矯正する実験を行った際、その副産物として修也の動体視力が異常に発達していることは判明していたが、まさかここでその力を使うことになるとは思ってもみなかった。
「ナノと旅を続けてゃーなら、おみゃーにはナノを守る使命があるがや。弱いままじゃ守るもんも守れんでな」
「そんなタイミング実際に来るのか?」
この世界で強くなることは損では無いと思うが、強くなって誰かを守るというのは、あまりイメージできなかった。
修也としては漫画やアニメみたいな、やる気の出る名台詞みたいな言葉を期待していた。しかし
「来る。確実に来るがや」
予想外な言葉に少し驚いてしまう。
編み傘から片目を覗かせ睨みつけるような、何かが絶対に起こるとでも言いたげな目で修也を見る。
何故そんな確信めいたことを言えるのだろう。
「いや、なんでそんなことが」
「さあ始めるがや。準備運動をした後に、素振りを千回やるんだがや」
まるで聞かれたくないかのように、わざとらしく会話を逸らす。
っというよりも修也としては逸らすために出てきた話の方が気になり過ぎて、追及するどころではなかったのだ。
「ちょっとまった。今なんて言った?」
「準備運動の後に素振りを千回。そのあと俺と打ち合いの稽古をひたすら続けるがや」
「なんか増えてる!!」
「時間はにゃーがや。これくりゃーこなさな強なれんがや」
そのあと、時間いっぱい素振りをし、余った時間で打ち合い稽古をさせられた。
その間も『腹から声を出すんだがや!』『このくらいでへばってどうするがや!』と、欲しくもない気合の一喝を浴びせられていた。
朝の修行が終わる頃にはヘトヘトに疲れ果て、これから毎朝こんな地獄を味合わされる事に、恐怖を抱きながらも、その恐れから現実逃避する様に地面に倒れ込み、そのまま目を閉じてしまった。
多分これが初めて子供に関すること以外で修也が気絶した瞬間だった。
―――
「うわわぁぁあああああ!!」
「うわ!ビックリしたがや」
雄叫びと共に目を覚ます。
いきなり飛び起きた修也に、近くで見ていたムサシは思わず体をビクつかせる。
周りを見ると旅のメンバー三人と、ムサシ一行の三人が、自分達の泊まっているホテルのベットルームに集合していた。
チラッと部屋の時計を見ると、11時になっていた。
「あれ、俺どうしてここに」
「修行が終わったら倒れたんだがや。そこにちょうど良くこいつが通りかかったで、ここまで運んでもらったんだがや」
ムサシは、自分の後ろあたりにいた知樹に親指で指を差す。
対して、自分を運んできた知樹は相当疲れたのか、近くにある椅子に座って、休憩していた。
「ナノ達からおみゃーの子供嫌いは聞いたがや。触れられただけで気絶するほど拒絶反応を強う示しとることも」
「それじゃあ。俺の弟子の件は取りやめって事で」
「何を言っとるがや。修行の内容を変えるだけだがね。おみゃーの動体視力を生かした、相手に触れないで戦う方法を考えるがや」
「えぇ……」
「もう!お兄ちゃん!修也さん嫌がってるでしょ!」
流石は兄妹。剣聖相手でも臆することなくはっきりと意見を言う。
この時だけは幻覚魔法にかかっていないにも関わらず、ナノに少しだけ感謝している自分がいた。
だが、兄の方はどこ吹く風と言いたげに妹を見た後、修也の顔をじっと見る。
そして、何を思ったのか拳を握りしめると、修也の顔面目掛けて思いっきりグーパンチを浴びせた・・・ように見えたが、ほんの数センチのところでこぶしは止まっていた。
いきなりのことで思わず目を瞑ってしまう。
「な、なんだよ一体」
「これで死ぬがや」
「え」
「今のおみゃーじゃこの一発が当たれば即気絶。後は煮るなり焼くなりできるがや」
「そんなの、わかって……」
「さっきはナノの兄として言っとったが、今回は剣聖として言わせてもらうがや。今のおみゃーじゃこの先確実に死ぬ。おみゃーは仲間どころか自分すら守れず死ぬがや」
朝の修行の時と同じかそれ以上の確信を持った目で修也を見る。
見上げられているはずなのに、なぜか見下ろされている気分だ。
まるで自分より上位の存在に生きるか死ぬかの選択を迫られている感覚、ここで間違えたら何もかもが終わってしまう錯覚すら覚えてしまう。
「俺は……」
これまでのことを思い返してみる。
振り返ってみれば嫌な記憶の方が多く、その大多数がが子供嫌いのせいで起こったことだ。
そのたびにナノや知樹に迷惑をかけ、挙句の果てにイオナに無理矢理ではあったが、子供嫌いを矯正され前よりはだいぶマシな状態になった。
だがこれから先、戦わない状況が果たしてあるのだろうか?朝にも同じようなことを言われたがあまりピンとこなかった。
今も何故そんなに確信めいたことを言えるのかがわからない。
だが、なんとなく修也の中で答えのようなものは固まっていた。
「もし戦う状況になったとき、この世界じゃ俺が断然不利だ。でももし、この目を活かせるなら、みんなを生かすための力が手に入るのなら、努力しない理由はない……と思う」
「よう言ったがや!そうと決まれば早速修行だがや!」
「いや、流石に早すぎない?!俺これでも結構考えて」
「飯を食ったら午後1時に広場に来るがや!純介、美紀、飯を食いに行くだがや!」
「……わかりました」
「はーい!それじゃあナノちゃんイオナさん!また後でね!」
修也なりに苦渋の決断をしたはずが、それをあっさりと受け入れられ、速攻修行の話に切り替わる。
何も言い返すことができず、そのまま嵐のように部屋から出て行き、部屋の扉が閉まるのと同時に静かな空気が流れた。
流石に少しやるせなさを感じるが、あの人はああいう人だと思っておく事にする。
「ひとまず、私たちも昼食にするわよ」
「わかりました。昨日町を歩いた時に、行ってみたいレストランがあったのでそこで食べたいです!」
「へえ、どんなレストランなの?」
「深海魚を取り扱ってるレストランで、見た目以上に美味しいって評判らしいです!」
「多分、味以上に見た目が異常だからじゃないかな……」
おそらく気を使ってくれているのだろう。
特に普段と変わらない会話をしているが、心なしか優しさというものが垣間見える。
「そうと決まれば修也も行くぞ!」
「ああ、わかった」
ベッドから降り、そのまま四人でナノが言っていたレストランに向かう事にした。
修行での疲れか、仲間の優しさからか、今日はなんだかいつも以上に美味しいご飯が食べれそうな気がする。




