23. 理不尽な決闘
「それで、あんたはなんでこんなところにいるのかしら?」
あのカオスな状況下では、ろくに事情を整理することもままならないとイオナが判断したため、一同はとりあえず自分たちが泊まっているホテルの部屋へと移動することにした。
移動の間も美紀は終始イオナやナノと話をし、イオナは面倒臭がりながら、ナノは兄の方をチラチラ見ながら返事をする。
修也もナノの兄を見ているが、剣士というか侍のような見た目だった。
上半身は侍がつけているような銀色の鎧を身に纏っており、下は黒いブカブカのズボンを着ている。
頭には上が平たい編み笠をつけており、少し長いボサボサの深緑色の髪を後ろで束ね、腰にかなり目を惹く刀を帯刀している。
部屋に着くと、とりあえずリビングのソファや椅子に各々腰をかける。
ただ、これだけ大所帯だと座る場所も無いため、修也と知樹はイオナとナノが座っている後ろあたりに立っており、対面には左から純介、ナノの兄、美紀の順にソファに座った。
「なんでも何も、町の連中から依頼されてクラーケンを倒しに来たんだがや」
「隣の二人は?」
「異世界に来たときの第一発見者が俺だったもんで、その縁あって旅に同行させてるんだがや」
「なるほど、それであんた……いや、あんたたちはここに居るのね」
会話の内容を聞く限り、イオナとナノの兄はどうやら知り合いのようだった。
っとなるとなんとなく想像は付くんだが、今回はナノがいつもの反応とは違った感じでソワソワしていた。
「なあ、この人は誰なんだ? また知り合いっぽいけど、この人も魔導十連門なのか?」
「違うわ、こいつは魔導十連門じゃないわよ。まあ、それくらいの実力は持っているだろうけど」
いまいち要領を得ない回答だった。
話し方からして、魔導十連門とタメをはれる程の実力者だということは窺えるが。
そしてその答えを示したのは、意外にもナノだった。
「お兄ちゃん……ムサシ・ハルバードリッチは剣聖なんです」
「剣聖?」
「たった一人、剣一本で怒り狂うドラゴンを討伐した者に贈られる称号。それが剣聖です。剣聖は世界に五人しかおらず、まさに剣の頂点に君臨する人達。その一角が私の兄なんです」
「ハルバードリッチ……どこかで聞いたことがあると思ったけど、まさかこいつの妹だとは思わなかったわ」
あまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。
この世界にドラゴンが存在していることにもビックリだが、何よりそのドラゴンを一人で倒したという、あまりにも真実味の無い話にも驚きを隠せない。
そして、ナノが兄のことを話すのを躊躇った理由がなんとなくわかった。
確かにこんな凄い兄がいたら、劣等感から話すのも躊躇ってしまいたくなるだろう。
少しばかりナノに同情の目を向けてしまう。
「それじゃあこっちも質問だがや」
そう言った途端、ソファの後ろにいた修也と知樹に得体の知れない感覚が襲った。
ナノの方に向けていた視線を恐る恐るムサシの方へ移す。
その目は敵意丸出しで明らかに二人を睨んでいた。
前の世界では絶対に味わえないであろう感覚。
全身から冷や汗が溢れ出て、今にも逃げ出したくなるが、グッと堪えて早くなった動悸を落ち着かせる。
そして、ゆっくりとムサシの口が開き。
「その二人……おみゃーらはナノのなんなんだがや!」
「「え?」」
冷や汗が一瞬で引いていくを感じる。
先程の感覚は何処へやら。
剣聖らしからぬ発言に、またまたビックリさせられた。
「俺の目の黒いうちは、ナノには指一本触れさせんがや!」
二人が先程とは違う意味で驚きを隠せない中、握り拳を作りながら悔しそうにそう宣言する男の姿は、もはや剣聖の迫力など微塵も感じられなかった。
「いや、まず触れたく無いんだが」
「なにぃ! 可愛いナノが汚い言いてゃーのか?! 今すぐにでもその言葉を撤回するんだがや!!」
「なんか色々脚色されてるんだが?!」
「ナノちゃん……これは一体」
「……察してください」
今ようやくわかった。
こいつシスコンだ。しかも重度の。
ナノが兄のことを話したがらなかったのは、決して劣等感があるからなどではなく、むしろこの恥ずかしい兄の存在を知られたく無いという抵抗感からのものだったようだ。
ナノの方を見ると、虚な目でため息をついている。
「はぁ、落ち着いてお兄ちゃん」
「これが落ち着いていられすか! そっちのおみゃー。名前なんて言うんだがや」
「え? 俺?」
机を叩きながら修也の方を見て指を差す。
一方、指を差された方の修也はなぜ自分が選ばれたのか理解できなかった。
が、とりあえず自己紹介はしておくことにする。
「水無月修也だ」
「おみゃーの背中に背負っとる物、おみゃー剣士か?」
「いや、剣士って言うか、これは護身用って言うか」
「ごちゃごちゃ言っとらんと表に出るんだがや。おみゃーがナノと旅を共にするのにふさわしいか試してやるんだがや!」
「はぁ? ちょ、なにその展開!」
「早う行くんだがや! 格のちぎゃーを見せつけてやるんだがや!」
「えぇ……」
あまりにも理不尽な理由で決闘を申し込まれてしまい、急すぎる展開にツッコミどころか理解すら追いつかなかった。
なにがなんだかわからないまま一同は外へと移動することになった。
―――
一同はホテルの近くにある広場へと移動した。
時刻は七時。もうすでに日は落ち、太陽の代わりに街頭と月明かりが一同と広場を照らしていた。
広場の中心でムサシと修也の二人は相対しており、隅には他の全員がその結末を見届けようとしていた。
「もうそろそろ晩飯時だし腹減ったんだが」
「勝負のルールは簡単。俺に一撃でも与えられたらおみゃーの勝ちでええんだがや」
「話聞いてる?!ってか一撃って。もし本当に当たったら……」
修也の懸念は空腹だけではない。
今まで全く扱ってこなかった剣を人に向けて使うのだ。
もし怪我をしたら、怪我をさせてしまったら。そんなことばかりが頭に思い浮かぶ。
アニメや漫画なら、練習だの特訓だので仲間やライバルと戦うシーンがある。
しかし、なぜ攻撃が当たりそうになると寸止めできるのか、なぜあれだけやって怪我を負わないのか不思議でならなかった。
戦いとは無縁の修也からしてみれば理解できないシーンだ。
背中の剣の柄を握りはしたが、そのことが頭にちらつき、なかなか引き抜けないでいた。
「おみゃー。剣を使ったことがにゃーのか?」
「……ああ、無いな」
流石は剣聖といったところだろう。
今まで剣を使ったことがないと一発で見抜かれてしまった。
正直、柄を握っている手は少し震えている。
「その感情は正常な証だがや。恥ずべきことじゃにゃー。だが! それとこれとは話は別だがや! 安心しーや、俺から攻撃はせんし、ど素人のおみゃーの一撃を喰らうこともにゃーでな」
「……わかった」
初めて扱う剣。
引き抜いたのはミルエネの宿にいた時以来だ。
その時とは違うなんとも言えない重量感が修也の手にのしかかっていた。
それは、決して剣の重さだけではなく、頭にちらつく恐怖へのプレッシャーもある。
目の前の男を切ってしまわないだろうか。その恐怖が剣を握る手を震わせる。
「俺は剣聖だがや。剣に関しては全面的に信頼を置いてええんだがや」
そう言って、ムサシも帯刀している刀を抜いた。
全体が紫がかったその刀は、なんというか不思議な力を感じさせる。
月明かりに照らされて妖艶に輝くその刃には、目を奪われるものがあった。
素人目にもわかるほど、自分の剣とは根本的な何かが違うと直感で理解できた。
「ちょ! あんた素人相手にそれを使うの?!」
「……ムサシさん、それは」
先ほどまで隅で傍観していた何人かがざわめき出した。
どうやらムサシが使う刀は相当凄い刀みたいだ。
「もしもの時のためだがや。本気は出さんで安心するんだがや」
こちらを見ながら挑発するように言葉を吐く。
挑発すればこちらが乗ってくるとでも思っているのだろうか。
だが、流石に今のには少しイラッと来たのも事実。
剣聖相手に勝てるとは思っていないが、一泡吹かせたいと一瞬考えてしまった。
まだ震えている手を剣を強く握ることで止め、改めて目の前の相手を見据える。
向こうはいつでもかかってこいと言わんばかりに刀を構えている。
息を吸い、頭の中にある考えを吸った空気と一緒に大きく吐ききった。そして悪いものを出し切ったのちにもう一度息を大きく吸う。
頭の中を一新し、新たな考えが生まれてくる前に大きく一歩を踏み出した。




