21. 動き出した何か
「はぁ?! 船が出せないってどういうことよ!!」
ホテルを出た後、イオナがこの町を案内してくれると申し出たので、それに着いて行くことにした。
ただ、観光をするためには、まず首都のイルナスへ行くための船と定期船の出港時間を確認する必要があるため、とりあえず港近くにある定期船の受付を行なっている建物まで足を運んだ。
そしたらいきなり船が出せないと言われたのだ。
「なんでよ! 私たちはイルナスまで行かなきゃいけないの! なんで船が出せないのよ!」
「只今このマルセル湾全体に厳重な警備網が引かれているんです。ですから船は」
「だから、その理由を説明しなさいよ!」
「この湾に、クラーケンが出没したんっスよ。だから船が出せないらしいっス」
イオナが受付のお姉さんと揉めていると、後ろから横槍を入れてくる者がいた。
全員で振り返ると、そこにいたのは黄色を基調としたコートに、白いカッターシャツと黒いズボンを着た小さい男性が立っていた。
肩からかけるタイプの黒い鞄をつけており、頭にはこれまた黄色を基調とした帽子をつけている。
背丈はナノと同じくらいで金髪碧眼の童顔。
なんと言うか、知樹を子供にしたような姿だった。
「あんた、テリーヌじゃない!」
「どうも! お届け率100%の運び屋、テリーヌ・フォクシーっス!」
軽くお辞儀をした後、爽やかな笑顔を見せる。
修也と知樹は共通して『誰この人』という感想を抱いていたが、ナノだけは前回、文文琴葉に会った時と同じ感じで目を煌かせていた。
「クラーケンってどういうことよ」
「どういうことも何も、そのまんまの意味っス。一週間前から、このマルセル湾に超巨大なクラーケンが現れて、漁船を襲ったんスよ」
「なるほどな。上で見たときに海のどこにも船がないと思ったが、そういうことだったのか」
「幸にも、クラーケンは湾の左側に出たから、右側の海の方だったら漁業はできるんスけど」
城門を潜り抜けたときに見た絶景を思い出す。
確かに、漁業が盛んと聞いた割に湾内に出ている漁船は一隻も無かった。
その時は絶景に見惚れていたが、よく考えてみればおかしな話である。
今出港している船は湾から出て、海の方まで行って漁をしているらしい。
ただ、それでも危険が伴うから、漁は自己責任、客船に関しては絶対に出せない状況なのだと言う。
「あんたはなんでこんなところに?」
「俺はここに仕事があってきたんスけど、元十連門って事でクラーケン退治に無理矢理協力させられたんス。ところで後ろの三人は何者っスか?」
イオナと話た後、改めて三人を一瞥するテリーヌと名乗った男。
こちらを怪しむと言うよりは、単純な興味で聞いているのだろう。
まあ確かに、国のトップクラスの魔法使いである十連門と同行していれば、興味の目で見られることも理解できない訳じゃない。
「俺た」
「旅の仲間と私の弟子よ」
自己紹介をしようとしたらイオナに遮られ、簡潔にまとめられてしまった。
これじゃあイオナと愉快な仲間たちという、誤った情報を与えてしまう。
まあ、あながち間違ってはいないのかもしれないが。
「ほら、あんたたち早く自己紹介しなさい!」
「あ、させてもらえるんだ。俺は水無月修也」
「白沼知樹です。訳あってイオナさんの弟子にさせられました」
「ナノ・ハルバードリッチです! ど、どうぞよろしくお願いします!」
ナノだけはなぜか緊張と興奮で声が裏返っていた。
このパターンは前回見たので、ナノのこの挙動だけで、なんとなく目の前の男が何者なのかわかる。
「俺はテリーヌ・フォクシーっス。元魔導十連門九位で今は運び屋をやってるっス。トレードマークはこの帽子っス。よろしくっスよ!」
「運び屋……なんか危険な香りが」
「うちはクリーンな運び屋っス! そういう仕事も来るっスけど、全部お断りしてるっス」
どうやら危ない人ではなさそうだ。
するとテリーヌは何を思ったのか、いきなりナノの前に立って肩からかけているカバンをガサゴソし始めた。
「えっと、ハルバードリッチさんにお届け物っス」
「え?私にですか?」
「自宅まで届けろって言われたんスけど、いなかったんでどうしようかと思ってたんスよ」
そう言って取り出したのは一枚の紙だった。
何やらいろいろ書いてあるが、この紙がお届け物なのだろうか?
「それじゃあいきますっスよ。固有魔法『ペーパーズ・ポケット』」
そう詠唱した瞬間、紙の中から箱が出てきた。
ナノやイオナが言っていた、魔導十連門が持つ特別な魔法『固有魔法』
イオナも『マジック・パワード』という固有魔法を持っているが、なにぶん効果が魔法の順当な強化なので、少しわかりにくい物だった。
だからか、ザ・固有魔法と呼べるようなものは初めて見た気がした。
「わ! ビックリしました! でもこの箱って……」
「お兄さんからっス。お得意様なんでちゃんと届けないと切り殺されるんスよ……」
「あはは、すみません……お兄ちゃんか〜。なんだろうなぁ」
そう言いながら箱を開ける。
中には、ネックレスと『誕生日おめでとう』と書かれた、一枚の紙が入っていた。
「ネックレスです! 早速つけますね!」
銀の鎖に、青い宝石が埋め込まれた綺麗なネックレスだった。
大人しそうな見た目のナノが付けると、落ち着いた雰囲気がより引き立つ。
ナノのことをよく知っているからこそ選べる。
そう思わせるネックレスだった。
「よく似合ってるじゃない! とても綺麗よ」
「ありがとうございます!」
「ってか、ナノってアニキがいるんだな」
「言ってませんでしたっけ? 私には九つ上の兄がいるんです。とは言っても、最近は会ってないですけど」
「お兄さんは今何してるの?」
「えっと、それは……」
何やら言いにくそうにしている。
あまり知られたく無いのだろうか。
それをいち早く察したのは、同じ女性であるイオナだった。
言うかどうか迷っているナノの手を掴むと、強引に引っ張り、受付所の出口に向かった。
「あんたたち行くわよ。これから私がこの町を案内してあげるから感謝しなさいよ!」
「なんで上から目線なんですか師匠」
ナノの手を引っ張りツカツカと出ていくイオナ。
困り顔の修也と知樹に対して、隣にいたテリーヌはなぜか微笑ましくその様子を見ていた。
「なにニヤニヤしてるんだ?」
「いやぁ。イオナさん、嬉しそうだなって思ったんスよ」
「あれのどこが嬉しそうなんだ?」
「イオナさん。ああいう性格だから、十連門とかに仲の良い人があまりいなかったんスよ。だから、こういう仲間ができて嬉しいんだと思うんス」
意外なところでイオナの過去を知る。
言われてみれば、琴葉の時も、彼のことを邪険にしているように見えた
琴葉の方は別になんとも思っていないように感じたが。
「ほら! あんたたち早く行くわよ!」
「あ、待ってくださいよ!師匠!」
扉の外からイオナの大声が聞こえてくる。
だがテリーヌからイオナのことを聞いたからか、この声も補正されて少し嬉しそうに聞こえるような気がした。
「クラーケンを討伐するまでは、俺もしばらくこの町にいるっスから、もし届け物があったら、俺に任せてほしいっス!」
「ああ、それじゃあ俺たちはあいつについて行くからこれで」
知樹と修也も、イオナとナノの後を追って部屋から出て行った。
―――
テリーヌは四人が出て行った後、しばらく受付所のベンチに座っていた。
すると、受付所の扉がガチャっと開き、三人の男女が入ってきた。
「依頼のものはちゃんと届けたっスよ。全く、ポストに入れるんじゃなく直に届けろとか、どんな依頼っスか?」
「仕方ないがや。もしポストから盗まれたらどうするんだがや」
「家にいなかった時はマジで焦ったっス。この町で会えてラッキーだったっスよ……ところで、会わなくて良いんスか?」
「後で会うんだがや。おみゃーが心配することじゃあらせん」
「まあ、俺には関係ないから良いっスけど」
三人のうちの一人がテリーヌの座っているベンチの横にどっかりと座り、話を始めた。
「クラーケンは二週間ごとに海上に出てくる習性があるがや。それまでは獲物が来るまで出てこないし、出たとしても足だけだがや。つまり一週間後までは手も足も出せないがや」
「それまではどうするつもりっスか」
「適当に観光でもするがや。おみゃーも一緒に来るがや?」
「俺は遠慮しとくっス。それより、後ろの二人の案内をしてあげてほしいっスよ。ここは魚介はうまいっスからね〜」
「それもそうだがね」
男は用事が済んだのか、ベンチから立ち上がると扉の前に立っていた後ろの二人を見上げた。
「純介、美紀。一緒にうみゃーもんでも食いに行くんだがや!」
そう言うと、軽快に名古屋弁で話していた男は、二人を連れて受付所から出て行った。
クラーケンを倒すまでの一週間、この一週間の間に何かが動き出しそうな予感を一人受付所で感じていたテリーヌだった。
トレードマークの帽子を深く被り、ため息をつく。
「あの……用がないなら出て行ってもらえますか?」
一人で船の受付もせず座るテリーヌ。
今までの全ての会話を聞いていた受付のお姉さんは、特にそんな予感も感じず、何もしないテリーヌの退出を促した。




