20. 港町マルセル
カラカラと車輪が回る音に、馬の足音が重なり、非常にゆったりとした気持ちで四人はマルセルへ移動していた。
天気は快晴。あまりの心地よさに、修也は馬車に乗って早々眠りに落ちてしまう。
自動車に乗っているのとは違う、馬車ならではの乗り心地が、修也を眠りへと誘ったのだろう。
修也たちが昨日まで居たミルエネから港町のマルセルまでは一日で着くようで、おそらくもう数分で到着するだろう。
他の三人は修也が寝たのちに、たわいもない談笑をしていた。話の内容としては、主にこれからのことについてだった。
三日から四日で首都のイルナスに着くので、イオナの魔導十連門会議まで、イルナスのどこを巡るのかを話し合っていたのだ。
しかし、マルセルにもうすぐ着くと運転手のおじさんに聞かされると、知樹とナノはすぐに臨戦態勢へと入った。
「あんたたち何してるの?」
「「しぃーー!」」
イオナの質問に対して、二人は答えを出さず、静かにするように促した。
その後、気持ちよく寝ている修也の近くまで行き、知樹がゆっくりと口元まで手を持っていく。
なんの合図か、準備万端を言わんばかりに覚悟を決めた様子で二人が頷くと、ナノは寝ている修也の肩を揺らしながら。
「修也さん! もうすぐ到着しますよ!」
どうやら眠っている間は触れても大丈夫なようだ。
普通の人間であれば眠っているときに起こされれば、多少なりとも眠たそうな反応をしながら起きるもの。
しかし、修也の場合は違う。
素早く目を開け口を開く。額には若干の汗をかき、まるで悪夢から目覚めたように素早く身を前に持っていく。
そして
「うわわぁフガッ!!」
「馬鹿野郎! 馬がびっくりして暴れたらどうするんだ!」
どうやらいつものようにはいかなかったようだ。
叫び声を上げようとした瞬間、知樹の手によって口を押さえられ、前に身をもっていくことも、叫び声を上げることも防がれた。
「馬鹿野郎はこっちのセリフだ! 窒息死したらどうするんだ!」
「だったらせめて、寝起きの叫び癖を治してください」
「本当に何やってるのよ……」
一連の茶番に、呆れ返るイオナ。
わちゃわちゃと騒ぎ立てている三人をよそに、馬車の正面に付いている窓を覗くと、木々を抜けた先に白い城壁があるのが見えた。
「あんたたち、喧嘩は馬車を降りてからにして頂戴。城門が見えたわ。取り敢えず出る支度をしなさい」
言い合いはまだ続く気配があったが、イオナの一言ですぐに出る支度を始める三人。
とは言っても、さほど大きい荷物もなく、馬車からもスムーズに出ることができた。
「ご乗車ありがとね! 四人で四千ルピカだ」
「はい、一万ルピカよ。お釣りはいらないわ」
「え? いいのかい?」
「ええ、大丈夫よ。さあ、あんたたち。私についてきなさい」
人生で初めて『お釣りは結構です』を見た。
その後に見るイオナの背中は、何故だか自分よりも大きく見えてしまう。
運転手のおじさんは『ありがとな! 今後ともご贔屓に!』とだけ言うと、来た道を戻って行った。
そして、初めて知ったことだが、この国でのお金は『ルピカ』と呼ばれているみたいだ。
宿の会計は知らない間にナノが済ませていたし、図書館にも寄り道せず行ったから知らなかった。
日本円に換算するとどのくらいかはわからない。
ただ、イオナが一万ルピカを取り出したとき、一枚の紙だけだったので、案外日本円とレートは一緒くらいなのかもしれない。
「さあ、着いたわ。ここが港町マルセルよ」
城門を潜り抜けた先、そこは広間のような場所だった。
向こう側は崖なのか、落下防止用の手すりが付いているのが見える。
奥の方に海は見えるが。なぜか町は見えなかった。
「あんたたち、早く来なさい」
手招きしているイオナの元に早歩きで駆けつける。
そして、手すりの所まで行くとようやく町の全貌が明らかになった。
「すげぇ! なんだこの景色!!」
「まさに絶景だなぁ! まるでフランスとかにいるような気分だ!」
眼下に広がるのはレンガ造りで統一された様々な建物と、入り組んだ迷路のような狭い道。
その奥には横一列に何台も漁船が留まっていた。
湾の中央あたりだろうか。
非常に大きな島が薄っすらとだが見える。
遠くの方を見ると左側には大きく湾曲を描きながら続いて行く陸地、正面と右側には船一隻いない、広大な大海原が広がっていた。
湾の対極側にある陸地は全く見えない。どうやら想像していた以上にこの湾は巨大なようだ。
手すりまで行ってようやく見えた理由は、この町が急な崖の下に作られていたからだった。
「ここは主に漁業が盛んで、私たちが食べている魚のうち、四割はここのマルセル湾で取れたものと言っても過言ではないわ」
「そうなんですか。こんなところで取れた魚はさぞ絶品なんでしょうね」
「この町のレストランも、魚料理を主に出す店が多いわ」
「へー。それじゃあ寿司とかもあるのか?」
「すし? ってなんですか?」
「その一言で全てを悟ったから何でもない……」
寿司というものが存在しないことに肩を落としながら、左の方へ足を進めるイオナについて行く。
町の絶景をもっと見ていたかったが、ついて行かないと怒られるため、この景色を名残惜しみながら足を進めた。
しばらくすると、ロープウェイのようなものが見えた。
景色しか見ていなかったが、崖の側面を見てみると、面に沿うようにロープウェイが稼働している。
ただ、崖があまりにも高いためか、一直線にではなくギザギザと壁を移動しながら上へ下へと稼働していた。
「なるほどな、こんな感じに移動しているのか」
「さあ、早く乗るわよ」
「ちょ、待ってください!移動が早すぎますよ師匠!」
「あ、置いていかないでください〜!」
慌ただしくゴンドラへと乗り込む。
ゴンドラ内部から見る景色は、先ほど見た景色とはまた違っていて、これはこれでいいものだった。
例えるなら、山の山頂から見る景色と観覧車の頂上から見る景色くらい違う。
なんと言うか、感覚的なものだった。
「さあ、下についたわ。これからホテルの方にチェックインするからあんたたちもついてきなさい」
「あ、師匠、早いですよ!待ってください!」
ロープウェイを下り切り、ゴンドラを降りると、イオナが真っ先にツカツカと足を進めて行った。
景色を眺めていたときにも思ったが、この町は妙に入り組んでいる。
にも関わらず、イオナが先行して歩いて行くので、この町には何回か来たことがあるのだろう。
にしても足が早い。
町の景観も見ながらしばらく歩くと、他よりも少し大きい建物に着いた。
「着いたわよ。さあ、早く入りましょ」
「なあ、なんかさっきから早くないか?」
「皆さん! 待ってください!」
ナノが後ろから遅れてやってくる。
建物に入ると、早速ホテルのフロントにイオナが話を
しにいった。
予約をしていたのだろうか、結構すんなりと話は終わり、イオナが部屋の鍵を受け取った。
「306号室です。右側の通路の奥に部屋があります」
「わかったわ。さあ、行くわよ」
「ちょ、なんか歩くスピード速すぎない?!」
もはや歩くと言うより走っていた。
通路をダッシュで通ると、一番奥の部屋に速攻入って行った。
修也たちもそれに続くように急いで部屋に入る。
「なんだこの部屋! 広すぎだろ!」
「窓から海も見えますね〜! すごいです!」
「なあ修也。異世界転生ってこんなのだっけ……」
「それを言うな。俺も少し思ってたから。ってかイオナのやつどこ行った?」
あまりの順風満帆さ具合に、異世界転生ってなんだっけと思う異世界転生組だった。
相当いいホテルなのか、めちゃくちゃ部屋が広い。
ベットルームは二部屋あり、それぞれの部屋にとても広いフカフカのベットが設置してあった。
窓の外にはテラスがあり、そこからオーシャンビューが見渡せる。
他にもキッチンなど、それ相応の設備が揃っており、さすがは十連門と言わしめる部屋であった。
しかし、肝心の十連門が部屋のどこにもいない。
しばらくすると、水の流れる音が聞こえた。
「ふぅ、スッキリしたわ! さあ、あんたたち! 私がこの町を案内してあげるからついてきなさい!」
「なんだろう。師匠に既視感を覚えるんだけど」
「多分その既視感あってるぞ」
トイレであろう扉からイオナが出てくる。
どうやら、急いでいたのはトイレを我慢していたからだったようだ。
先ほどの口数の少なさと急ぎは何処へやら。
饒舌に喋ると、部屋のドアノブに手をかけた。
弟子は師匠に似ると言うが、この場合は逆であった。
満足げに部屋から出て行こうとするイオナに、弟子である知樹は、なんとも言えない気持ちになった。




