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14. ようやく始まったような気がする

 数時間は経っただろうか。

 現在進行形で椅子に縛り付けられている修也は、今の時間を把握できないくらい疲労困憊していた。

 幻覚魔法をかけては解除、かけては解除。

 その間、ナノやイオナ。図書館の職員の協力も得ながら交互に彼女らを視界に入れ、気絶しそうになれば無理矢理叩き起こされ、それを繰り返していくというとんでもない荒治療を強要させられていた。

 しかし、こんな荒治療でも効果はあるらしく、回数を重ねていくごとに気絶するまでの時間が延長されていった。


「さあ、そろそろ終盤よ! みんな! 気合い入れて取り掛かるわよ!」

「「「「うおぉぉぉおおおおお!!」」」」


 そして、なぜか仲間意識が芽生え、今ではここまで一致団結するようになった。

 一つの目標に対して集団で物事に取り組むと、どうやら見ず知らずの人同士でも結束力というものは生まれるらしい。

 しかし、この空間でただ一人その輪に加われていない実験体(修也)はみんなで叫んでいる中、よりその孤独を強く感じていた。


「だいぶマシになったけどもう無理だって! ってか今何時だよ!」

「あんたは少し黙ってなさい!」

「時間ぐらい教えてくれてもいいんじゃないですかねぇ!」


 ここまで来ると仲間外れというより、もはやいじめである。

 実験途中、何回も説得をしようとしたが、その度に『少し黙ってなさい!』の一言で発言権を剝奪されてしまう。

 少しどころか、だいぶ黙ってから説得をしても同じことを言われるので、どうやら自分の入り込むすきは全くないようだ。

 悲しみを通り越して喪失感が襲ってきた。


「私の見立てではあと数回で視認しても大丈夫なようになるわ」

「何をどう見立てたらそうゆう計算になるんだ!」

「ようやくだ、ようやく修也の子供嫌いが改善されるんだ……」

「哀愁漂わせてるとこ悪いけど、俺の子供嫌いは一生ものだからな!」

「よかった……よかったです……私……もう……うぅぅ」

「泣くな泣くな! こんなことで感動を生み出すんじゃない!」


 ここにいる全員疲れているのだろうか。

 実験体の修也が疲れているのはもちろんのことだが、ここまで魔法をかけ続けているナノやイオナ。

 その他職員たちも、あまりの成果の出なささに壊れてしまったようである。


「さあ、これで最後よ! 今から幻覚魔法を解くわ。これで成功しなかったら、今までの鬱憤をその体に刻み付けてあげるわ!」

「何その理不尽! いや、ちょっとまって!!」


 修也の制止もむなしく、イオナは何のためらいもなく幻覚魔法を解除した。

 おそらくこれに失敗したら、修也の体に一生ものの傷がつけられてしまうだろう。

 キズモノになった自分を想像して悪寒がした修也は、恐怖からかその目を閉じ、死刑執行の猶予を秒単位で引き延ばそうと試みる。


「さあ! 早く目を開けなさい!」


 何かの魔法だろうか。強固に閉じていた瞼が、あっさりとその開門を許した。

 無理矢理目を開けられ、目の前に飛び込んできた光景は、数時間前からずっと見続けてきた地獄のような光景であった。

 幻覚魔法を多用されすぎたせいなのか、若干視界のピントが合わなかったが、揺れる景色の中、一瞬だけピントが合った。


「うっ……ック……」


 一瞬だけでも見えたのなら、そこから先は今まで通りの単純作業。

 目をつむり、意識を天高く放り投げればそれで全て片付く。

 今までだってそうだった。

 嫌なことから目を背けていれば、いつだってすぐに切り換え、諦め、妥協し、楽な方へ移動した。

 文系科目でいい点を取れば理系の分もまかなえると思ってた。

 子供嫌いなんて直さなくても別に支障は無いと考えていた。

 叫んで悪夢から目を覚ませばそこから逃げられると知っていた。

 魔法が使えないのは嫌だったが、それでもどうにかなると高を括っていた。

 できないことは諦め、苦手意識は長所を努力することで目を背けた。

 過去も、現在も、そしてこれからも、この子供嫌いは治らないだろう。

 そう自分でも考え、そして諦めた。

 諦めたかった。だがこの世界はどうやらそれを許してはくれそうにない。


「あれ……俺、意識が」

「し、修也が意識を保った……」


 椅子に括りつけられながら、目を開けた修也。

 まるで今まで見ていた全てが幻覚で、そこから新しく生まれ変わったような感覚だった。

 産声は上げず、ただ、目には涙を浮かべていた。

 無理矢理目をこじ開けられ、目が乾燥したのか、それとも。

 どちらにしても、今まで逃げてきた男が初めて事実と向き合った瞬間でもあった。

 いつの間にか拘束は解かれ、手足の自由も数時間ぶりに手に入れた。


「やったな! 修也! お前とうとう子供嫌いを乗り越えたんだな!」

「子供はまだ嫌いなんだが……いや、まあ、なんだ」


 頭をかき、口をもごもごさせながら目を少し泳がせていた。

 よほど言いにくいことがあるのだろうか。


「言いたいことははっきり言いなさい! もぞもぞしてたんじゃ私たちの達成感が損なわれるわ!」

「あ、ああ、そうだな」


 頭をかくのをやめ、目も全員の方をしっかり見て、深呼吸を一つ。そして。


「ありがとう!」


 たった一言。

 照れ臭かったのか、これ以上を言うことはなかったが、ここにいる全員はその一言だけで時間に見合った十分な達成感を得ることができた。

 もうこれ以上拘束をする必要は無く、イオナが魔法を解除し、数時間ぶりに自由を取り戻し立ち上がる。


「よ、よかったでずぅぅうう」

「ちょ、泣くなよ! 何もそこまでのことじゃ……うわ!」


 先ほど浮かべた涙とは違った歓喜の涙を浮かべるナノ。

 達成感か感動か、それともその両方か。

 感極まったナノは、最愛の人との感動の再開のような、勢いのあるダイブを修也の胸元に思いっきりぶつけた。

 その勢いからか、体制を崩して修也の体が後ろへと倒されてしまった。幸いにも、頭の着地点にはクッションがあり、普通の人が気絶するほどの強打はしなかった。


「うぅ、これでようやくちゃんとした旅が送れますね!」

「……」

「それに、魔法検定もこれで受けれるようになりますし!」

「……」

「本当に、本当に良かったですね!修也さん!」

「……」

「ナノちゃん、修也の顔、よく見て」

「え?」


 知樹に指摘され、抱き着いた修也の顔をまじまじと見る。

 先ほどまで自分達を見ていた目が、こんどは渦を巻いているではないか。

 返事がない、ただの屍だ状態になり果てた修也は、ナノの言葉に一切の返答を示さなくなった。

 つまり、いわゆるこれは。


「気絶……してるわね」

「気絶……してるね」

「気絶……してますね」


 先ほどの達成感はどこへやら。

 ここにいる全員の体に、一気に疲労感が襲ってきた。


「視界に入れるのが大丈夫になったと思ったら。今度は触られる方がダメになったのか」

「どうやらそのようね。でも、この世界で生きていくのにはもうこれで十分じゃないから」

「イオナさん。なんか投げやりになってませんか」


 疲労感か喪失感か。

 もうここにいる全員に、このどうしようもない男をもう一度感動の渦の中心に仕立て上げるような気力は残っていなかった。


「とにかく、私はもう疲れたから寝るわ。明日の試験はお昼過ぎにやるから、ちゃんと復習しておくのよ」

「あ、は、はい」

「それから、今日はもうみんな疲れたでしょ。後片付けをしたら帰っていいわよ」


 そう言い残すと若干半開きの目をこすりながら、書斎の扉を開けて部屋から出て行ってしまった。

 残りの職員は修也の子供嫌いを直すために使ったであろう様々な道具を片付けている。


「えっと、何か手伝うことは」

「あ、大丈夫です。知樹様もナノ様もさぞお疲れでしょうし、今日は宿でごゆっくりお休みください」

「あ、は、はい、わかりました」


 冒頭の結束力はどこへやら、目標を失った途端にどこかよそよそしくなってしまい、さほどコミュ障でもない知樹が言葉拙く返事を返した。

 早く帰りたいのか、テキパキと後始末をする職員達を背に、修也を担いで部屋を出る知樹とナノ。

 親友という立場の知樹もさすがに疲れとイライラが溜まったのか、宿の部屋に到着してすぐに、修也をベッドへと投げ飛ばし、自分はそそくさと風呂へ直行した。

 視界の次は触覚。

 成長したのかしていないのか全く分からない変化をして、今日という日は幕を閉じた。

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