12. 言質確保
「……うぅ……ここは」
「あら、ようやく目が覚めたのかしら? あんた、六時間も眠ってたわよ」
「うわあぁぁああああ!」
目の前には先日あったばかりのイオナの姿があった。
そして自分がベットで寝かされていることも確認しないまま、また夢の中にダイブしようとする。
「させないわ! 『ウォーターフォール』!」
イオナは勢いよく後ろに飛びのいて、地面に着地する前に魔法を放った。
修也の瞼が閉じようとするその瞬間、真上から突如としてバケツをひっくり返したかのような大量の水が覆いかぶさってきた。
「どうかしら? 顔も体も洗えて一石二鳥。朝の身支度にはぴったりだと思うわよ?」
「ああそうだな、服と布団が濡れなければどれほどよかったか……」
夢という安置から強制的に引きずり出された気分はさながら悪夢のようだった。
そんな彼に対してのこの皮肉っぷりに、修也も目の前の幼女に対してツッコミを背ざる負えなかった。
「ちゃんと乾かしてあげるわよ。感謝なさい、『ドライ・ウィンド』」
イオナが右手をかざすと、そこから乾いた風が吹き出してきて、修也の濡れた体や服を見る見るうちに乾かしていった。
「そっちからやっておいて感謝って……」
「もう一回くらいたい? 今度は熱湯よ?」
「すいません、ありがとうございました……」
「とりあえず、会話をまともに成立させるためにも、一旦は幻覚魔法をかけてあげるわ」
「上から目線で腹が立つけど、ありがたくかけられとくよ」
修也はこの魔法なしには町に出ることすらままならまいため、何でもないこの魔法が彼の前でだけ麻薬並みの中毒性を誇るのである。
イオナが修也の目の前に手のひらをかざすと、修也から見たイオナの姿が見る見るうちに修也の好みの見た目へと変化していく。
「いやー助かった。これでようやくベットから出ることができる」
そう言ってベットから飛び降りる修也。
改めて今いる部屋を確認するとあたり一面本で埋め尽くされており、まるで昨日来た図書館のようだった。
そしてベットの他には本や何かの書類が散らばった机と、赤を基調としたゴシック調の椅子だけがあった。
だがここはあくまでも部屋であり図書館のように縦に長くもなければ横にも広くない、強いて言うならば。
「書斎……か?」
「そうよ、図書館内にある私のために作られた私の書斎。書類関係の仕事なんかはいつもここでこなしてるわ」
「ふーん」
四方を本で囲まれた部屋は、圧迫感などはなくむしろ本独特の香りが部屋に充満しているからか不思議と心が落ち着く。
改めて部屋を一瞥する。
本だらけの部屋は机こそ無造作に書類が散らばっているが、壁一面にビッシリと敷き詰められた様々な本は、その種類やシリーズごとに丁寧に配列されており、所有者の几帳面さが伺える。
「それで、俺をここまで運んできた張本人様はいったいどこにいるんだ」
「図書館で適当に過ごしててと言ってあるわ」
「そうか、それじゃあ俺も」
「まちなさい」
扉に向かって歩いていく修也をイオナが止める。
振り返れば幻覚魔法により修也の望む姿に修正されたイオナがこちらを見据える。
過度な修正を行っているからか互いの目線は全く交差しない。
「なんであんたはそこまで子供を、私たちの容姿を嫌うの? それに図書館でのあの悶えよう。明らかに普通じゃない何かがあった。それはいったい」
「なんでそんなことを聞くんだ。それが何に関係ある?」
質問の答えは『答えたくない』だった。個人のプライベートに踏み入った話のためか、それとも他に何かがあるのか。
「もういいだろ。さあ、早く試験をやろうぜ。この世界じゃあEランクも取れないような奴は笑い者になっちまうらしいからな。魔法が使えないってわかってても、それが努力しない理由にはならねえ」
そう言っておそらく図書館に通ずるであろう扉に手をかける。
「……あれ?」
しかし、扉は押しても引いてもスライドさせようとしてもビクともしなかった。修也よりもそこそこ大きい扉ではあるが、男子高校生の力でまったく動かなかったのである。
「そういえば、あんたに一つ伝え忘れたことがあったわ」
「は? いったいなにを」
渾身の力で扉と戦い少し疲弊した顔で振り返ると、その疲れも吹っ飛ぶほどの不敵の笑みでイオナが笑っていた。後ろから何かオーラがでそうな勢いである。
「試験は延期。あんたにはこれから、この世界に、私たちに慣れるための特別な訓練を受けてもらうわ!」
「……ちょっとまて、言ってる意味がよく分からない」
「私たちに慣れるための特別な訓練を受けてもらうわ!」
「もう一回言えって言ったわけじゃねえよ!」
状況が呑み込めない、っというよりも呑み込みたくない修也は何かの間違いかと思い、イオナに訂正の意とちょっぴり期待を込めて聞き返した。
しかし、それはむしろ修也をさらに追い込ませる結果になってしまった。
「は? 訓練? そんなのまっぴらごめんだ! それに試験はどうなる!」
「何度も言わせないで。延期よ、え・ん・き。それに、あんたもいいの? 魔法が使えないうえに、このままじゃ仲間のお荷物になるわよ」
「う……それもそうだが」
「この際あんたの過去に何があったかは聞かないでおいてあげる。でもね、あんたは今この世界で生きていくにはあまりにも重すぎるハンデを背負ってるの。それをあの子たちにも背負わせるのはあまりにも酷じゃない?」
イオナの理論には言い返す言葉もなかった。魔法が使えないという魔法で成り立っている世界で生きていくにはあまりにも重すぎるハンデ。
それに加えて見ただけで気絶するほどの子供嫌い。フィクションのような出来事がいまノンフィクションとして襲い掛かってきている状態だったのだ。
「……わかったよ。確かに、努力しない理由がない。むしろ努力しなきゃいけない理由ができちまったしな」
「っというわけよ。さあ言質も取れたし、さっさと始めましょうか、二人とも」
イオナがそう言うと同時に、どういった仕組みなのか、さっきまで開かなかった扉が内側にあっさり開いた。
その音を聞いた修也はさっきまでイオナに向いていた目線を扉の方へと向ける。
すると、そこには気絶する前に一瞬だけ目で捉えていた二人の仲間の姿があった。
「知樹にナノ! 何で扉の前に」
「私がスタンバらせたのよ。それに今回はこの二人からの依頼だったし」
「え?」
一瞬イオナの方を見たかと思うと、すぐに二人の方に向き直った。
修也と目を合わせるのが気まずいのか、二人とも明らかに目をそらしている。
「おい」
「いっやー俺は嬉しいよー。まさか修也が子供嫌いを直そうとしてくれるなんてなー」
「そ、そうですねー。これで私の負担も減りますし。本当に嬉しいですよー」
「よーしわかった。ナノはデコピンを、知樹はその頬をぶん殴って」
思わぬ仲間からのサプライズプレゼントに怒りを無表情の訴えとして表す。
そして怒りの感情のまま無表情で二人に近づこうとするが、
「チェーンバインド」
修也の思惑もむなしく、イオナが何かを唱えたかと思うと後ろから飛んできた光の鎖が修也を拘束して、そのまま後ろへ引っ張られ倒れてしまった。
「さあ、もたもたしてる時間はないわよ。何としてでもあんたの子供嫌いを直すんだから!」
「ちょっとまて! なんであんたが一番生き生きしてるんだ!」
「とにかくまずは視覚をどうにかしないと! 知樹とか言ったわね。あんた修也をこのまま椅子に座らせなさい!」
「は、はあ」
「人の話を聞け! っていうか人を実験体って呼ぶな! 何する気だ!」
「あはは、なんか騒がしいですね……」




